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   三

 卒業の日、前日。

 シシリーは見慣れない鳥から手紙を受け取った。そこに記されていたのは─────

 「ピヨちゃん、お散歩楽しいね」

 肩に乗るピヨちゃんに声をかけながらシシリーはこれから行く所に少々の不安を抱いていた。手紙で呼び出したのはユーリー。鳥を必ず連れて地図の通りに来るようにと書かれていた。ランスには内緒で一人で来るようにと。広大なコーツの敷地の中で生徒が行くような所ではないし、辿る道が細かくてたびたび地図で確認しながらの道中だった。

 生い茂る高い草を抜け、壁と壁の隙間を通り、背を低くして(シシリーの場合はそれ程低くする必要はなかった)監視の目を誤魔化して着いた所は今は使われていない丸い塔。

 廃墟に呼び出しってどういう事?

 シシリーは増した不安を振り切って塔の中へ足を踏み入れた。

 中は思ったより寂れた感じはなく、むしろ古いながらもきれいに片づけられているようだった。

 入ってすぐの所は何もなくて、壁に沿って階段がある。その螺旋状階段をおっかなびっくり登り始める。ピヨちゃんは肩から飛び上り、先導するようにシシリーの前を飛ぶ。途中に小部屋があったが、中はから。誰もいないと確認してから再び登る。

 「こっちだよー」

 上からユーリーの声が響いてくる。

 階段の手すりを掴んで上を見るとにこやかな顔のユーリーと目が合う。

 「おれ以外いないから早く上がっておいで」 

 優しい口調に不信感しかないシシリーは返事をしないで歩を進めた。

 早まったかな、と思ったが引き返す事はしない。こんな事をする彼の真意を確かめなければ。

 さらに登ると開けた最上階へ辿り着いた。大きな窓が四つ、天井近くには細長い窓がぐるりと塔に沿ってあり、そこから鳥たちが出入りしている。

 部屋の中心には円形のテーブル、椅子が一つ。その椅子にユーリーが座っていた。

 鳥たちがシシリーの方を向いて一斉に警告の鳴き声を出す。侵入者と思われたのか、その高い声にシシリーは怯む。ピヨちゃんがすっと一羽の鳥へ近づき小さくさえずると警告の鳴き声は止んだ。

 「ここにいる海松茶(みるちゃ)色の鳥たちはコーツの警備鳥だよ。この色の鳥たちはコーツ中を飛び回って不審者や問題がないか目を通して常に報告してる。ダルーナに」

 ユーリーが教える。

 「ダルーナに?」

 「そう。ダルーナはコーツ全体の警備を担っているからね。今日は誰の当番? カザヤ? レービンス?」

 ユーリーが鳥たちに向かって尋ねる。

 「カザヤだよ」

 一羽の鳥から人の声が。

 「こちらはおれ達の大事な方、覚えておいて」

 ユーリーは一羽の鳥に紹介する。するとシシリーの前に一羽の鳥が目の位置まで下りて来て、その鳥に人の姿が重なって見えた。シシリーが驚嘆の声を上げるとその人が喋った。

 「カザヤです。よろしく」

 口を開けて驚いていたがすぐに返事をする。

 「こちらそこそ、いつも見守ってくれてありがとうございます」

 カザヤと名乗ったダルーナは笑みを返すとゆっくりと人の姿を消していった。

 今の出来事はシシリーの興味を引いた。頭上にいる海松茶(みるちゃ)の鳥を見回し、一羽一羽を見つめていく。

 「ここはコーツの物見櫓だよ。今は鳥とダルーナの目があるから使わないけどね。一人になるにはもってこいだ。ここを貴女へ進呈する。おれの卒業後ここを自由に使えばいい」

 ユーリーの突然の申し出にシシリーはどう返事をしたらいいか戸惑う。黙っているとユーリーは口角を上げてさらに続ける。

 「空が見えて、遠くまで見通せて、一人になれる場所、必要でしょ?」

 どうしてそう思うのか、シシリーは黙したまま彼を見つめ続ける。

 「ティラス空域の中でなら鳥は自由に行けるから、出かける時は鳥も連れて歩けば安全だよ」

 ユーリーはピヨちゃんの嘴を指先でつついて、ずっと楽しそうに話し続けている。

 それからユーリーは真面目な表情に変わるとシシリーの前で片膝をついて僅かに頭を下げる。

 その行為の真意を計りかねて見ていない素振りをする。

 「おれはベレン・ハイズ-ワインダー」

 彼の名乗りに驚いたシシリーは思わず一歩下がって見下ろした。ユーリーの(くしろ)が赤く点滅する。本名を名乗ったからだ。これから何が起きるのか平常心を保つのがやっとのシシリーは強張った顔。

 「今後、国へ戻りハイズ家とワインダー一族、さらに国の為に尽くします」

 (くしろ)が再び赤く点滅する。

 ユーリーには驚かされるばかりだ。何故自分に本名を云うのだろう。云うべき人は別の人ではないかと思っているのに。今すぐ彼を呼ぶべきでは?

 彼は立ち上がると混乱ばかりのシシリーに意地の悪そうな顔を見せた。

 「じゃ、そろそろあいつを呼ぶか」

 次に何が起こるのか全く想像できないシシリーの手首を掴んだ。この後自分はどうなるのだろうと思った瞬間、ユーリーはぐいと乱暴に腕を引っ張った。実際はそう見せているだけだった。

 しかし、ピヨちゃんはそれに反応した。目を赤くし、甲高い声を上げ、シシリーの頭上を旋回し始めた。

 「ピヨちゃん? どうしたの? 落ち着いてピヨちゃん」

 シシリーが叫んでも鳥は泣き止む様子はない。おろおろするシシリーと逆にユーリーは冷静。

 「やはり付けていたか。これは防犯システムだよ」

 狼狽の表情を向けるシシリーに落ち着きはらったユーリーが説明する。

 「ランスが君の鳥に後付けしたんだろう。君に何かあれば自分の鳥に伝わるように」

 ユーリーは掴んだ手を漸く離した。

 鳥の状況に心穏やかになれないシシリーはピヨちゃんを目で追いかけている。鳥はずっと赤い目で警告の鳴き声を続けている。初めて見る鳥の様子に不安が大きくなっていく。

 一方のユーリーは落ち着きはらいシシリーを見下ろして笑いかけた。

 「あいつが来るまで話でもしましょうか」


 コーツの真実を教えよう。そう云ってユーリーは話し始めた。

 コーツはシシリーが聞いていたものとは大きく異なっていた。

 出身も本当の名前も隠して素顔の自分と親しくなる人達はこの先ずっと友情を育んでいけるだろうと云われていた。

 好きな事を好きなだけ出来る貴重な時間を楽しみなさいと云われていたシシリーは改めてこの学校を勧めた父親に感謝し、それを賛成した母親に感謝した。

 でも、それだけの学校ではないとユーリーから聞かされた。

 ここで学ぶというのがどんな影響をその人に及ぼすのか、それはその人の頑張り次第なのだ。

 コーツの一年目がもうすぐ終わる。

 二年目はもっと充実した日々を送ろう。そんな事を考えていると見覚えのある鳥がすい、と羽音を立てずにシシリーの前に現れた。ランスの鳥だ。

 鳥がやっと来たのをユーリーも気づき、階段の方を見る。もうすぐ彼が現れるはずだ。階段を登る音にユーリーの口元が緩む。楽しそうな表情でシシリーを再び見下ろす。

 「では、殿下。帰郷の際には正式に挨拶に伺います」

 大袈裟な礼をすると階段へ向かって歩き出した。ちょうど階段を登り切ったランスと向かい合うとひと言。

 「おっせーなァ」

 耳元で囁く。ランスは情況を把握していないので何も返せず見送ってしまった。

 正面にシシリーがいるのを確認すると急いで近寄る。ピヨちゃんは防犯の鳴き声を止めて止まり木で静かにしている。

 「大丈夫か?」

 急に鳴った防犯アラーム、初めて来た場所。ユーリーがシシリーに何かしたとしか思えない状況でランスは念のため尋ねた。

 シシリーは彼を見上げて問う。

 「ねぇ、殿下って何?」

 


 その日の夜、シシリーは再び通信談話室にいた。今回の鍵は寮付きの世話係が持ってきた。これはランスに内緒で一人で来るようにという意味で、彼女の父親の手配と思われた。

 部屋へ入ると全てが整えられていた。父親の協力者がやっておいたのだろう。

 時間になると通信が始まり、画面にゆったりとした椅子に座る父親が現れた。今夜は以前と違い、シシリーも父親にも笑みはない。

 「あの人は私に本名を明かしました。これはお父さまの望んだ結果なの?」

 シシリーは挨拶もせずいきなり質問から入った。それを予想していたのか、父親は落ち着きはらった様子で答える。

 「予想の範囲内だ」

 「それならどうしてランスに彼と勝負をさせたの? 酒の勝負も予想の範囲だった? あれは二人にとって大変な勝負になってしまったのに・・・・・」

 「ユーリーの尊敬する人は誰だと思う?」

 急に話題を変えた父親に困惑して知らないと云ったつもりで不快な表情を返す。父親はこの可愛らしい態度に口元を緩めた。

 「ランスの父親だよ」

 シシリーは息を呑む。

 「ベレン・ハイズ-ワインダーは小さい頃に彼と出会って彼に憧れた。彼のような大人になりたいと、ね。酒も真似て飲むようになったらしい。だからさ、その息子がどれ程の人物が自分で確かめたかったんだろう」

 くすくす笑う父親を画面越しに見ているシシリーには笑う父親に対して不快感が増す。自然に唇を尖らせていた。

 「それで、君はその後何をした?」

 急な父親の質問に何を聞かれたのか戸惑ったが自分がした事を答えた。

 「いつも通り薬酒を」

 「作って持って行ったんだな?」

 シシリーは頷いたが、それがまずかったのかと思ってしまった。

 「ランスとユーリーに」

 「もちろん。あんな飲み方して、当たり前じゃない」

 前に乗り出すように答える口調は僅かに震えていた。娘の必死な姿に満足感を覚えた父親は核心を突く。

 「それだよ。君の心づくしに感動した彼が君に本名を明かしたんだ」

 その言葉はシシリーの心を抉った。私が余計な事をしたから?

 硬くなった表情で娘の心の内を感じとった父親は今日初めて優しい笑みを向けた。

 「君は君のままでいい」

 シシリーは改めて画面の向こうの父親を見た。

 「そのままでいい」

 もう一度云うと一方的に通信を切った。



 卒業の日。

 式の出席者は卒業生と教師だけで校長が卒業生の四年間(一人だけ十年もいたが)を称えて卒業証書を一人づつ渡して終わる。

 コーツの卒業式はその(あと)が本番。

 全生徒参加の野外宴会が催され、食事、音楽、演劇、スポーツなどの娯楽で卒業と一年の終わりを祝うのだ。在校生だけは来期へ向けての準備と終了式の為に帰国はまだ出来ない。

 そして、一年に一度だけ鳴らされる鐘の()は卒業生にとってコーツの生徒から自分自身へ戻る合図。本名を名乗り、カードの交換というコーツ独特の社交もある。カードの交換は自分の本来の姿を教えてもいいと思う相手同士が予め本名、連絡先が記されたカードを交換する事。交換した時その場で相手のカードに自分の指紋を登録して鍵をかける。開けられるのはこの世で二人だけ。コーツの持つ技術が込められている特殊なカードなのだ。

 そのカードの交換を行いたくない人や自分の身分を明かしたくない人もいて、彼らは宴会を早々に切り上げて港へ行く。そして鐘が鳴り終わると出国する。

 ユーリーは出国組だった。

 めざとくランスを見つけて近づいて来る。自信に満ちた表情で相手を睨めつけて

 「おまえ、試験、八百長しただろ」

 と囁く。ランスは相手にしなかったが、ユーリーはさらに続けて

 「コーツの試験に満点はないんだよ」

 思いもよらぬ言葉にランスは目を見開いて、ユーリーを見返す。

 「常に上はあるという意味でいつも一点減点するんだよ」

 ユーリーはランスの顔を覗き込みながらさらに続ける。

 「大変だな~お前。来年から絶対満点取れないから、一年目は奇跡ってな」

 笑いながら去って行く。

 ランスは手を固く握りしめながら思う。

 いったい誰が誰に嵌められたのか。描いたのはあの人なんだろうな────と。


 「ランス」

 シシリーがいつの間にか側にいる。少し憐れむような、申し訳なさそうな表情で見上げてくる。

 「エヌの新しいお菓子、一緒に食べに行こう。ほら、この間送られてきた材料を使ってるんだって」

 そう云ってランスの手を取り、屋台の方へ引っ張って行く。ランスは菓子は食べるがシシリーのように大好物ではない。新作だってすぐに食べなくてもいい。これは彼女なりの慰めなのだと感じる。きゅっと柔らかく握って引いて行くシシリーの後ろ姿を眺めながら、今はそれに乗っかっていようと思う。


 その様子を港の入り口でユーリーが見ていた。自分をコーツから卒業する気にさせた手腕は見事だと彼は思っていた。コーツの内部に協力者を作り、勝負というやり方で子供たちを関わらせ、彼らの為人(ひととなり)を示した。

 何て明察力だ。おれがおれでいられなくなりそうだ。こういうやり方、気に入らないんだよ。帰国してもこれを企んだ人とは会わないと強く心に刻む。

 こうしてユーリーはコーツを後にする。



 野外宴会場を見渡せる見晴台でその人はランスとユーリー、そしてシシリーのやり取りを眺めていた。

 「感謝します、マソホさま。長年の懸案だったユーリーの卒業を実現出来ました」

 そう呟くと黒のワンピースと揃いのガウンという正装で、ガウンと帽子に付いている金の房を揺らして宴会場へ降りて行った。



 

最後までご覧いただきありがとうございます。

この話は本編ルーシアンミスと同じ世界ですが別物です。

現在ルーシアンミスは二章が終わったところですが、コーツ縁の登場予定でない人物が二人登場してしまった為、この話を発表する事にしました。

ルーシアンミスをご覧の方は誰が誰か気づかれると思いますが、初めての方はそのままお読み下さい。

一応登場人物紹介を次の 「追記・登場人物紹介」の載せてあります。未登場の人も多いのですが、そこはご容赦下さい。

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