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   一

 目的の人物は昼寝をしているふり。ここへ約束の男が来ると思っているはず。目的の人物へ真っすぐ歩を進めながら今までにない緊張を感じているシシリーは、左肩に程よい重みと温かさにそっと手をやる。肩に乗っているのはピヨちゃんと名付けた黄色い小型の連絡鳥。

 コーツ校内で使われる連絡の為の鳥は入学まもなく自ら選ぶ。様々な種類の鳥がコーツで作られ、飼育され、訓練されて、さらに合格した鳥だけが生徒に与えられる。

 生徒は自分の気に入った鳥を選ぶと同じ(くしろ)が足に付けられる。(くしろ)には訓練された鳥だけが解る特殊な波長があり、それを目印にして主人の所へ飛んで来る。(くしろ)も連絡鳥もコーツで開発されたもので、コーツの内でしか用をなさない。

 短い草を踏む音と共に目的の人物の近くまで来ると、寝たふりの男が声をかけてきた。

 「あれあれ? おれさまが呼んだのはあんたじゃないんだけどな」

 云いながら上体を起こして、シシリーを横目で見てから意地の悪い口調で続ける。

 「お・ひ・め・さ・ま」

 お姫様という言葉に一瞬血が上ってしまい、

 「そんな云い方しないで」

 強く云い返してしまった。

 男はにやけた顔を向けてシシリーと向かい合った。

 「大丈夫ですよ~。この辺りにはおれさまとあんただけ。一番近くにいるのはあんたの友達くらいだ。分かりゃしないさ」

 「そんなの分かんないよ。気をつけてよね」

 シシリーが落ち着いてきたようなので男はつまらなそうに息を吐いた。

 「ユーリー、私は自分の意志でここへ来ました」

 ユーリーは先を続けるように目で促し、視線は別の方へ。

 「ランスと勝負して欲しいの」

 勝負と云われ、目を見開いてシシリーを見据える。

 「それっておれさまに何か得ある?」

 シシリーはユーリーが話を続けようとしていると判断して、昨夜の打ち合わせ通りに話を進める事にした。




 事の起こりは二日前。

 いつもの昼休み。シシリーとランスは女友達三人といつものようにおしゃべりをしながら昼ご飯を食べていた。

 女四人に男一人のグループは一人の男を女たちが取り合っていると思われた。だが実際はシシリーとランスは同郷で元々仲が良い。

 また一人の女に男は何らかの仕事を依頼しているらしく、二人の会話は「納品はいつか」「新しいアレは手に入るか」など。他の二人はシシリーをとても気に入り、男はシシリーの家来だと思っている。そうして状況が分かってくると誰もそんな目で見なくなっていった。

 そこへ、初めて見る男が現れた。その姿は(まさ)にキテレツで目を引く。まず服装が目立つ。ジレー型の制服以外は自由なのだが、フリルたっぷりのミニスカートにロングブーツから網目模様のタイツが覗く。制服の襟は外されて、胸に羽の飾りがあり、三重の首飾りがしゃらしゃらと音を立てて揺れている。髪は黄色と水色で縞のように染められ、紫色で縁取られた目は周りの人々を莫迦にしたように細めて、口元は片側の口角だけが僅かに上げられている。

 「ランス」

 どこか艶めいた声をかけて真っすぐランスの背後へまわる。後ろからランスの頬を撫でながら耳元で囁く。ランスの顔色がみるみる強張っていく。

 「じゃ、二日後に」

 微笑みながらその男ユーリーは去って行った。

 ユーリーの名前を知ったのは彼が去った後、上級生が教えてくれた。七年留年しているが成績は常に上位。年度末の試験を受けないから留年しているという。ほとんどの授業は出席せず、留学制度を利用して一年の内十二か月は外に出ている。残りのひと月はコーツの敷地をぶらぶらしているらしい。

 ランスは視線を落として何か考え込んでいる。と思ったらすぐ立ち上がり、「ちょっと出て来る」と云ってどこかへ行こうとした。昼食はまだ残っていたのでシシリーは残すのかと尋ねる。残すのなら貰っていいか、と。ランスの頭の中は先程の男で一杯だった為、曖昧な返事を返す。貰ってもいいと受け取ったシシリーはランスの昼食の残りを自分の前へ引き寄せた。

 「シシリーちゃん」

 スーラが声をかける。スーラは手足が長く細身で長身。整った顔立ちを編み込んだ髪で囲っている。シシリーがコーツに入学して出来た二人目の友達。

 「今後こういうのやっちゃだめだよ」

 真珠色と黄色の化粧を施した切れ長の目が真面目に云ってくる。

 「やっぱり不作法、だよね」

 シシリーは恥ずかしそうに視線を下げる。もったいないし、と心の中で思う。

 「そうじゃないの。食べかけを食べていいのは恋人と親だけ。ランスは僕従(ぼくじゅう)だから、だめ」

 意外な言葉に驚いたシシリーだが、リニーも大きく頷いている。リニーはスーラと仲良しで同じ目標を持っている為いつも一緒にいる。当然シシリーとも仲良くなった、三人目の友達である。

 「あなたが残したものを僕従がありがたく食べるのが普通。僕従の残したものを主人は絶対に食べちゃだめ」

 独自の解釈での事だ。

 このやり取りを見ていたシシリー最初の友達エヌは口を挟む余裕もなく呆然と眺めている。

 シシリーはスーラの言葉に小さく頷いて納得している様子。だが手はさりげなくランスの残した副菜を口へ運んでいた。

 そして戻って来たランスがひと言。

 「あれ、おれの昼メシは?」 

 副菜は残っていたはず、と続ける。全員が口をつぐみ、シシリーが最後のひと口を飲み込む。ランスがそれに気づき、彼女を見る。シシリーは目だけ動かしてランスを見返して答える。

 「残すなら食べていい?って聞いたら『ああ』って云ったから・・・」

 「云った? おれが?」

 エヌ、スーラ、リニーそしてシシリーも大きく頷く。

 ランスは男が立ち去った直後を思い出そうとする。あの時はユーリーの云った事で頭が一杯で記憶が曖昧。ばつが悪いなと思うと小さく息を吐く。ランスはシシリーの前に細長い金属の棒を置いた。 

 「今夜来てくれ」

 それだけ云うと昼食を終わりにして行ってしまった。

 シシリーは部屋番号と使用時間が刻まれた金属の棒をじっと見つめた。これを申請してきたのか。それだけ深刻な事態なのか────そう思うと自然にランスの後ろ姿を追ってしまう。

 スーラとリニーはシシリーの隣に移動して初めて見る金属の棒を眺めている。その金属の棒は通信談話室の鍵で、申請が必要。コーツと生徒の保護者が直接通話が出来るその機器は入学が決まると申請すれば貸し出される。シシリーの父親はこれを使って学校での娘の様子をランスに報告させている。


 その日の夜、シシリーは鍵に刻まれた部屋に時間通りにやって来た。既にランスは準備を進めていてシシリーは座って待つ事にした。

 「お前、最近食べ過ぎじゃないか?」

 ランスの唐突な言葉にシシリーはどきりとしたが平静を保つ。

 「そんな事ないよ」

 惚けてみる。

 「そうか? ま、いいか」

 納得していないようだがそれ以上の追求はなく、準備が出来た。

 ランスは大きな四角い枠の前から脇へ移動した。枠の中にはピグマを利用して作られた薄い(サニダ)が貼り付けられていてそこに相手側が映し出される。 

 ヴヴヴと羽音のような音がした後、枠の中の水面のような(サニダ)に現れた人物にシシリーは瞳を輝かせた。

 「お父さま」

 甘えるような声のシシリーに、

 「会いたかったよ」

 とあちらも甘い声で答える。

 画面越しに見つめ合う親子にため息を吐くランス。歳の離れた恋人かよ、と心の中で呟くと、自分の姿を画面に映せるようにシシリーの隣に腰を下ろした。

 「本題に入っていいですか?」

 ランスは真面目な話だと念を押す。真っすぐ画面の向こうにいる後見人でありシシリーの父親を見据えた。

 「あいつはハイズの人間だと云った。その上で本家の持つ種苗の権利を寄こせと云ってきた」

 「ハイズ?」

 シシリーが尋ねてきた。

 「うちの一族で本家に次ぐ勢力の家だ。今まで本家の力を削ぐような真似はしなかったんだが・・・・・気が変わったのか?」

 「ハイズの長男は父親と折り合いが悪い。後継ぎは次男にすると云っているらしいし。だから奴の独断だろう」

 シシリーの父親がさりげなく云った。ランスには初めて聞く内容だ。

 「おれは初耳。それ、あんた自慢の情報やから?」

 シシリーの父親が情報通なのは広く知られている。

 「まさかぁ」

 シシリーの父親は愛嬌のある笑みを浮かべながら云った。この笑みは危険だとランスは心の中で呟く。今までに何度も見ているその笑みの後には必ずといっていい程面倒な事を押し付けてくるのだ。こっちが断れないと分かっていて。

 「君達の入学前にコーツへ行った時に聞いたんだよ。学校関係者にね」

 笑みに重みが増す。何か良からぬ事を考えているとランスは直感した。大体何しにわざわざ学校へ行った?

 不審な目を向けてくるランスと画面越しに笑みを湛えた父親との間に割って入ったのはシシリー。

 「ねぇ、今回の事とその学校関係者の人の話はどうやって繋がるの?」

 「その人はね、留年を続けるユーリーが気掛かりで、そろそろ卒業した方がいいと考えているんだよ。でも切っ掛けがなければ卒業しにくいのではないかと考えていて、その切っ掛けをランスが与えればいいんじゃない?」

 シシリーとランスは同時に驚く声を上げた。二人の反応がぴったりと合って可愛さを感じた父親は思わず本気で微笑んだ。

 「ユーリーの云った種苗の権利と彼の卒業を賭けて、年度末試験で上位を競う」

 コーツでは年に二回の試験がある。中間と年度末である。中間試験は生徒がどこまで理解しているかを見る。年度末試験は進級の為のもの。受けなければ進級も出来ないし卒業も出来ない。ユーリーはそもそも年度末試験をずっと受けていない。

 「丁度いいと思わないかい?」

 試験は目の前。ユーリーはそれに合わせて接触してきた訳ではないのだろうが、あまりにも丁度良すぎる。これも画面の向こうの人の策かと疑うランス。しかし肝心な事に気づいていないのか。

 「おれもあいつの事を調べてみたよ。あいつ、おれが本気出しても勝てるかどうか」

 ランスにしてはしおらしい。いつもは自信たっぷりで余裕があるのに。シシリーは不安を感じて彼を見る。これでは始める前に終わってしまうのでは? 

 ところがそんなのは杞憂だった。画面の向こうの父親はとんでもない事を云ったのだ。

 「試験は八百長で勝て。準備は整えてやる」

 シシリーとランスは凍りついた表情で画面を注視する。彼は片手で胸元にある何かを掴む仕草をして、その表情はまるで悪意そのものだった。



 そして現在、シシリーはユーリーと対面している。

 あれから毎夜、父親とランスと三人で打ち合わせをした。父親はユーリーとの交渉にまずシシリーが話すように勧めた。

 シシリーは自信がないと断るが、父親は優しく手取り足取りでどう云えばいいのかを細かく教えた。そうしている内に何となく出来ると勘違いをしてきたシシリーは自信たっぷりで頷く。

 しかし相手はユーリー、そうそう上手く運ぶわけもなく、練習した通りに話を進めても彼はするりと交わし、シシリーを追い込んで来る。

 見た目にも焦り顔になっていくシシリーを面白く見ているユーリーは期を待つランスに心の中で語りかける。早く出てこい、と。でないとおれさまが目の前のチビっ()を摘んでポイしちゃうよ。

 「だからね、間違った事教えられてるんだよ。それにあっても役に立たないものなんだって」

 シシリーは一所懸命説明をしているがユーリーは全く聞いていない。聞く気のない男の様子にシシリーは頬を膨らませてさらに高い声を出す。

 「聞いてる? 権利は、な・い・ん・だっ・てーっ」

 ユーリーにとって初めて聞く高温の叫びは耳に障り、目の前の子にはもう行ってもらいたくなっていた。

 結局この子は何しに来たんだかと大袈裟なため息を吐いた。

 「ああ、もういいよ」

 吐き捨てるように云った。

 「分かったから、もう行けよ。おれさまはランスと話したいんだよ」

 口角を上げてこい願うように見つめながら云うユーリーに呆然としそうになる。

 そこへ後方から草を踏む音を立ててやって来たのはランス。シシリーではもうユーリーの相手は出来ないと判断しての行動だった。

 やっと現れた目的の人物にユーリーの口角はさらに上がる。そこには意地悪さが溢れていた。

 ランスはシシリーの背中を摩って労った。

 「後はおれが話す」

 そう簡潔に云い、戻るように促してにやけ顔の男を見据えた。

 「で、本気か? おれさまとの勝負」

 ユーリーは莫迦にするような視線を投げつけた。


 勝負の方法はシシリーの父親の考え通りになった。

 二回目までは。

 三回勝負で二回勝った方の勝ちとなり、一回目は年度末試験でより上位の方が勝ち。二回目は試験のおまけとしてある実技試験。それは遊びのようなもので成績には関係ない。しかし剣術は本格的。

 コーツには学園都市の警備としてダルーナが派遣されている。ある時一部の生徒が彼らに師事したいと訴えた。彼ら曰くダルーナの剣術を身に付けて、故郷の人々をあっと云わせたいというものだった。本来ならダルーナの修行でもないのに剣術を教える事はあり得ないのだが、ここは特別な学園都市。特例が多い所なのでダルーナ長老会の了承を得て身を守る程度の稽古が行われる事となった。

 そうしていつしか年度末試験の結果発表翌日に実技試験が行われる事になった。

 最もダルーナに師事して剣術を習う者は次第に少なくなり、形骸化しているところもある。

 それでもたった一人の生徒が師事していれば、実技試験という名の催しは続いている。

 そして今回は特別な申し入れをして勝負の一つになった。

 三回目は酒勝負。

 実技試験の夜には宴会が催される。この試験は受ければ進級と卒業の資格が得られるので祝いの宴なのだ。成人している生徒もいるので特別に酒も用意される。成人しているかどうかは手首の(くしろ)で確認されて特別エリアへ入れる。ランスも十六歳、成人に達している為ユーリーがこの勝負を持ちかけたのだ。

 ユーリーがこの勝負を選んだ理由は不明だが彼にはかなりの勝算があるようだ。



 試験は二人の勝負を含んで始まった。










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