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素敵な毎日

作者: 雉白書屋

 ある朝。目覚めた老人は、猫のように体を伸ばし、大きな欠伸をした。

 今日もいい天気だ。太陽がレースのカーテンの向こうから差し込むのを見て、老人もまた窓に向かって微笑む。

 老人は起き上がるとまず、トイレに向かう。用を足すと顔を洗い、軽く身体を拭いてから着替えて、外に出る。

 朝食前の散歩も、彼の日課の一つだ。いつもの公園に行き、ベンチに座る。人がそばに来て話をし、去って行く。その後、また別の一人が来て、と自然と人の流れができるのだ。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


「あら、おはようございます」

「はい、おはよう」


「今日はいい天気ですね」

「そうですねぇ」


「今日も元気そうですねぇ」

「ええ、おかげさまで」


「おはよー!」

「おお、おはよう。これから幼稚園かい? いってらっしゃい」


 その人の流れが途絶えると、老人はベンチから立ち上がり、家に帰るのだ。

 そして朝食を食べ、その後少し眠る。

 起きたらトイレに行き、昼食を食べ、テレビを見るかまた散歩して誰かと会い、そうして老人の一日が終わる。

 何とも退屈だと思う人もいるかもしれないが、老人はこの日々に満足していた。

 穏やかで危険もない、素敵な毎日が続く。不変の日々。若い頃ならこうは思わなかっただろうが、今はこれでいいのだ。せかせかと流行を追う必要などない。これが老後の過ごし方。幸せとはこういうものなのかもしれない。これでいい、これで……。


「おはようございます」

「おはよう」


「あら、おはようございます」

「はい、おはよう」


「今日はいい天気ですね」

「そうですねぇ、今日も――」


 今日もいい天気だ。いつもと同じ。そう、いつもいい天気だ。春、花壇に咲く花はいつも可憐であり、風にくすぐられ、揺れている。

 昨日も晴れだ。その前もたしか晴れだ。その前もたぶん。それから……その前も。

 ……何と言うんだったかな、こういうの。確か……そうだ、『ループ』だ。私は同じ日を繰り返している……なんてな。そんなこと、あるわけがない。……もし、そうだったら恐ろしいが、しかし、もっと恐ろしいことがある。私の頭が――と、そろそろ家に帰らなくては。

それで朝食を食べて、それから…………。



「22番さんにもっと光を当てて。はい、オッケーです」


「35番さん、予定通り排泄が済みました」


「……君、新人? 予定通りなら、いちいち言わなくていいから」


「あ、はい。すみません。昨日からです」


「あ、そう。46番さんのところはもっと風を強めるように」

「はい」

「あの」


「うん、なに?」


「あ、いえ、一人一人の設定を小まめに変えるんですね」


「当然でしょ。老人は日に日に感覚が鈍っていくんだから。聴覚、触覚、味覚に差が、お、58番さん家の中に入ったよ。光を弱めて」


「そう、ですよね……」


「なに? めんどくさい? ははは、これでもだいぶ楽になったんだよ。昔と比べてさぁ」


「いえいえ! めんどくさいなんて、そんなこと思ってないです。しっかり管理されてるんだなぁと感じて……」


「ふーん、なんか不満そうな感じが、ああ、可哀想とか思ってる? あのねえ、そう言って辞めていく人も多いけど、君、嫌でしょ? 入居者の下の処理をするのさぁ。うんちを投げつけられたりすることもあったりしたってさ」


「昔の話、ですよね。聞いたことあります」


「そうそう。ああして体を固定した今のほうがずっといいよ。みんなにとってさ。あ、21番さん、ご飯食べるよ。誤嚥に注意してね。と、ああなんだ、もうチューブだったか! じゃあスプレーでいいよ! 鮭味だけで十分だからね」


「はい……そうですね。そう……」


「はいはいそうそう! 13番さんと57番さん、あと60番以降眠りまーす。ベッド、横にしまーす。44番さんは光が足りないでーす。縦のままゆっくり回転させましょーう」


 とある介護施設でVRゴーグルを装着し、まるで蜘蛛の巣のような網の『ベッド』に固定されている老人たち。彼らの素敵な毎日はこれからも続く。時に強いられるように、息絶えるまでずっと。

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