買えるものなら金で買うのだ。手段なんか選ばない
やる気になってからの月日は早く、あっという間に球技大会が始まった。
その間もアヤヤは俺に対して必要最小限にしか関わってこなかったが、普段の調子を取り戻した俺はいつものように彼女と接していた。
それを見たクラスメイト達が、不登校の期間は一体なんだったのかと首を傾げていたらしいが、どうでもよろしい。重要なのはアヤヤ、彼女だけだ。
球技大会当日は雲一つない快晴で、初夏の太陽が燦々と俺達を照らしている。バスケットボール組は体育館で、ビーチバレー組は道路を挟んだ向こう側にある砂浜だ。
太陽にじりじり照らされて蒸し風呂状態になる体育館と、カンカン照りの砂浜とどっちがマシかと言われたら、うんこ味のカレー問題レベルで選ぶに選べないが。
俺は今、やる気に満ちている。うんこ味のカレーもカレー味のうんこも、まとめて平らげておかわりしてやるぜ。
「痛てて、昨日頑張り過ぎたかな」
寄せては返す波の音がする砂浜で、学校指定の白い半袖シャツに紺色の短パン姿で準備体操をしていた俺の元に、以前連絡したスポーツ刈りの男子がこそこそと近寄ってきた。
「後で発表するけど、頼まれた通りにしといたから」
「サンキュー。ほい、報酬」
「うはッ、まいど」
俺がポケットから金額の記載されたカードを取り出すと、彼はそれを嬉しそうに受け取ってその場を離れた。
スマホアプリ用のギフトカードを要求されるとは思ってなかったが、彼曰くこの初夏に周年記念イベントがあるらしい。そこで存分ガチャを回す為とかなんとか言っていたが、何はともあれ、これで準備完了だ。
やがて彼によって、俺達二年D組の面々が集められた。体調不良者はいませんかと聞いて回っている彼こそが、実はこのクラスの球技大会実行委員だ。
ここにいる面々がビーチバレー組であり、その中にはアヤヤの姿もあった。
同じ体操着姿の彼女。この季節は服全般の丈が短くなり、白い陶磁器のような腕と足、太ももが拝めるので大好きだ。
銀色の彼女の髪の毛も、太陽の光を受けて眩く輝いている。やっぱ天使か?
「それじゃ、クラスのチーム分けを発表しまーす。まず一組目が、芝原君と皐月さん。次が」
「ッ!?」
ポケットからギフトカードの角をチラ見せしている男子の声に、アヤヤが大きく反応を示していた。他の組の発表なんか耳に入っていない様子であり、ハッとした後で俺の方に首を向けている。
予定通りとなった俺は、ニッコリと微笑み返してあげた。
チーム分けの発表も終わって、クラスメイト達がてんでバラバラに動き始めた頃。露骨に嫌な顔をしたアヤヤが俺の元にやってきた。
「私とナルタカさんが同じ組になるなんて、こんなの絶対におかしいです。発表前に実行委員の彼と話をしていたみたいですが、まさか買収したりしてませんよね?」
「さあな。俺はただ、クラスメイトとの親交を深めていただけだ」
「親交ってスマホのギフトカードで買えるんですね、知りませんでした」
「資本主義って怖いな」
全部バレている感じはあったが、俺はシラを切り通すことにした。
「なんにせよ、もう手遅れだ。あいつはもう大会本部に班の申請まで済ませてる。担任にも話は行ってるし、今から代わりますは無しだ」
「ああ、そうですか。でもま、体調不良とでも言えば変われますよね」
所詮、これは学校行事の一つだ。ガチガチの大会ではないし、登録が済んでいたとしてもやっぱ代わりまーすは、いくらでも通りそうである。
彼女はさっさと本部に歩いて行こうとしているが、そうは問屋が下ろさんぞ。
「止めておいた方が良い。さっき体調不良の人はいませんかで、アヤヤは大丈夫ですって返事をしてたよな? 今さら行って信じられるとは思えん」
「急に悪くなった、と言っても?」
「そんな血色の良い病人がいるか。保健室のお婆ちゃんとか見る人が見れば、一発で分かるさ。仮病だってバレたら、生徒指導の鬼面にも目をつけられるかもな。良いのか、それで?」
「…………」
俺の半ば脅しのような言葉で、アヤヤは立ち止まった。いま彼女の中では、様々な想定がなされているだろう。
元々、目立つことが好きじゃないのがアヤヤだ。サボったなんて知られれば教師にも怒られるし、クラスの連中からも噂される。それは、彼女としても本意ではない。
今後先生やクラスメイトに疑いの目を向けられるのか、突き放した俺との数時間だけを我慢するのか。
彼女の中では天秤が、バッタンバッタン動いているに違いない。
「……さっさと終わらせましょう」
「っし」
アヤヤは短くそう告げた。彼女の足は、大会本部の方へは向かわなかった。
天秤は、俺の方に傾いたらしい。よし、第一関門クリア。これでアヤヤと一緒にビーチバレーの試合に出られる。俺は小さくガッツポーズをした。
では、次だ。
「アヤヤ。俺に最後のチャンスをくれ」
俺は彼女の前に立つと、真っすぐに彼女を見据えた。
「あんな終わり方は納得できん。だからこの球技大会で、一つ賭けをして欲しい。俺が勝ったらもう一回だけ、もう一回だけ考えてくれ。その結果駄目だって言うんなら、潔く諦める」
「…………」
彼女は俺を見返しはしたが、フッと視線を逸らすと俺の隣を通り過ぎて行こうとした。俺は彼女の腕を掴む。
「まだ話は終わっちゃいない。賭けの内容はこの球技大会で、俺はアヤヤと一緒にビーチバレーで優勝することに賭ける。アヤヤは優勝できない方に賭けてくれ」
「馬鹿なんですか?」
足を止めたアヤヤが、不機嫌さを隠しもしない顔で俺の方を見てくる。
「百も承知だとは思いますが、私はビーチバレー初心者で運動神経だって良くありません。そんな私を抱えて優勝するなんて、絶対に無理に決まっています。受ける義理もありませんし、そもそも賭けとして成立しません」
「いいや、無理なんかじゃない。それくらい、乗り越えてみせる」
彼女の拒絶の視線の負けないように、俺は語気を強めた。
「アヤヤへの想いはこの程度に負けないんだって、証明してみせる」
「ッ」
俺の言葉に微かに目を開いたアヤヤだったが、程なくして腕を振り払うと、さっさと行ってしまった。
賭けをするという約束が取り付けられなかったか、第二関門が難所だな。
「不味いな。今日を逃したら、それこそアヤヤに俺の本気を見せつけるのが難しくなりそうだし」
学校行事で優勝という分かりやすい結果を伴わないと、彼女に対して有効なアピールができん気がしている。日常生活に戻ってしまえば、状況は絶望的だ。
何せ、今日までの間にアヤヤに幾度となくアプローチしてきたが、全くと言って良い程に成果を上げられなかったからだ。
意固地になった彼女を揺るがすような大きなものが欲しいからこそ、この球技大会に目をつけた訳だが。
「こうなったら意地でも勝ち残って、アヤヤに認めさせるしかない」
口で言っても分からないのであれば、実力行使だ。有無を言わせない結果を残して、もう一度請うしかないな。
その為にも、一試合とて負ける訳にはいかん。絶対に優勝してみせる。
俺は決意を新たにし、歩き出した。まずは、一回戦だ。
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