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やって来たのは昔の男? ならば貴様は許さない


 参翠高校内の図書館に隣接している図書委員室は十畳くらいの広さを持ち、中には長机が長方形の形で鎮座している。一つの机に対してパイプ椅子が二つずつ設置されている、会議室兼委員の休憩室だ。

 そこで放課後に開かれた図書委員会で挨拶をしたのは、ツツミちゃんと同じクラスの一年生の男の子だった。


「自分、鹿嶋枝かしましキョウタって言いまッス! よろしくお願いしまッス!」


 低めの身長でもガッチリと鍛えられた身体、威勢のいい声、直角に降ろされた坊主頭。どう見ても野球部にしか見えない彼の挨拶に、俺達はまばらな拍手を送った。

 春先から初夏に入るくらいの時期に案内があり、一年生が委員会にやってくる。ツツミちゃんも図書委員を狙っていたらしいが、クラスでの抽選に漏れたと悲しそうに話していた。その代わりにやってきたのが彼だ。


 他の委員からキョウタに向けられている視線は、まあ来るなら拒まないけども、という感じの微妙なもの。昨年に俺が受けたものと同じだ。

 一年経った今は肌も薄くなってきているが、当時はビーチバレーをやっていたこともあって全力で日焼けしており、図書館という空間にかなり不釣り合いだった俺。


 おそらくは彼も、同じ轍を踏んでいきそうだな。同志として、俺は応援するぞ。

 緑髪の三つ編みに丸眼鏡低身長童顔という、図書委員長のお手本のような見た目の三年生の女子、巻町まきまちマリア先輩が、彼にインタビューを始めた。


「よろしくね、鹿嶋枝君。何かスポーツでもやってたんですか?」

「うッス。自分、野球やってました。ポジションはサードッス」

「部活は兼部するの? 女子サッカー部と兼部してる私みたいに、色々と大変になっちゃうけど」

「正直、まだ迷ってるんス。やっぱ大変なんスか?」

「そうねえ。でも大丈夫、気合いがあれば何とかなるわ」

「温和な文系にしか見えないのに、相変わらず言動は体育会系だよな、マリア委員長って。なあアヤヤ」

「ッ!?」

「アヤヤ?」


 インタビューの様子をこっそり語り合おうと隣を見たら、アヤヤの様子がおかしいことに気が付いた。

 彼女は目を見開き、口は半開きになり、それを隠そうと右手で口元を覆ったまま固まっている。


「なん、で。あな、たが、ここに?」

「久しぶりッス、アヤヤ先輩」


 気が付くと、キョウタ君が俺達の目の前に立っていた。どうも一人一人前に立って挨拶をしていたらしい。

 律儀なのか何かを間違えた体育会系なのか、判断が難しい局面だ。


「色々ありましたけど。自分、やっぱアヤヤ先輩に会いたかったッス。昔のことは忘れて、また仲良くしてくれたら、嬉しいッス。隣の天然パーマの先輩も、よろしくお願いしまッスッ!」


 いや、そんなことはどうでもよろしい。このキョウタ君――いや、キョウタとやら、既にアヤヤと知り合いだと?


「よ、よろしく。俺は芝原ナルタカで、その。アヤヤと、知り合いなの?」

「うッス、パーマ先輩! 自分とアヤヤ先輩は、中学校で一緒だったんス」


 どういうことだ、確かアヤヤの母校は二つほど離れた街にあった筈。コイツ、わざわざ彼女を追いかけて来たってのか?

 あと誰がパーマ先輩だ、名乗っただろうが。


「は、はい。よろしく、お願いします、ね。キョウタ君」

「うッス、アヤヤ先輩!」


 ぎこちなく返事をしたアヤヤに対して、キョウタは満面の笑みを浮かべている。

 一体この二人の間に何があったのか。俺は胸がざわつくのを感じながら委員会を終えることになった。


 一年生を加えて始まった新体制。まずは後輩に仕事を教えることが、二年生である俺らの役割だ。受付、本の配架、予約・返却一覧の資料整理等、覚えてもらうことは山ほどある。

 それをマンツーマンで教えるという伝統がある為、先輩になった俺達は教え子を割り振るところから始まるのだが。


「キョウタ君は私にやらせてくれませんか?」


 アヤヤは真っ先に手を挙げた。キョウタ以外にも一年生はおり、それこそ同性である女の子なんかも候補にはあった筈なのに。

 結果、いま俺の目の前で繰り広げられているのは、図書館の受付コーナーで仲睦まじそうな彼らの様子。


「アヤヤ先輩、パソコンが壊れましたッス!」

「壊れてないですよ、ログインに失敗しただけです。相変わらず、パソコンは駄目なんですか?」

「そうなんスよー、スマホなら大丈夫なんスけど。パソコンって、なんかデカいじゃないッスか」

「大きさでパソコンに苦手意識持ってる人、初めて見ましたよ」

「キ~~~~~~~~ッ!」

「あとナルタカさん。昼ドラごっこか何なのかは知りませんが、図書館内では静かにしてください」


 ハンケチを噛んでいる俺に対して浴びせられるのは、アヤヤからの冷たいツッコミだ。

 図書館で静かにせにゃならんのは百も承知だが、人間生きていれば、必ずハンケチを噛み締めなければならない時が存在する。今がその時なんだろう。


「パーマ先輩って面白いッスよねえ。芸人でも目指してるんスか?」

「俺が目指しているのは、一戸建ての庭先にて愛する家族と水入らずで過ごす平穏な休日だ」

「その奇天烈な言動からは思いも寄らない程ピュアな夢語られて、動揺が止まらないんスけど」

「ほら、遊んでないで仕事しますよ。ナルタカさんも配架の途中でしょう、サボらないでください」

「うッス」

「はーい……」


 アヤヤに促されて、渋々仕事に戻る俺。今日は俺が教える後輩が風邪を引いて休んでいる為に、俺は一人ぼっちで棚に本を並べている。

 にしてもキョウタの奴、かなり親しみやすい性格をしてるな。マリア部長を始めとした先輩方にも可愛がってもらってるみたいだし、さっきみたいに俺との会話も軽快だ。


 アヤヤの知り合いだというだけで元カレという訳でもないし、今のところそういう素振りもない。俺の思い過ごしだったか。


「あっ、そうだアヤヤ先輩。今度の休みに遊びに行かないッスか? またランランランド行きましょうよー」

「なんですと?」


 事情が変わった。

 俺は本を置く予定だった棚板の間から首を出して、彼らの会話を拾わんと耳を傾ける。


 通りがかった生徒から「新種の妖怪?」というコメントをもらったが、それは横に置いておこう。


「い、いいえ。今週末は家族でのお出かけがありまして。それにちょっと前に、ランランランドは行ったばっかりですし」

「あー、そうなんスか。タイミングワリー。まあ、別にランランランドじゃなくても良いッスし」

「そ、そうですね。また今度、何処か行きましょうか」


 たまたま用事があって助かったが、アヤヤは乗り気である。

 何故だ。俺の頭に浮かんだのは、ランランランドの入り口での彼女の発言。


『……まあ、私は男の子と二人で来たことありますけど』


 アヤヤの言ったことは俺の脳みそに彫刻刀で刻まれているので、間違えようはない。彼女とキョウタの言動から導き出されるのは、たった一つの事実。


「キョウタ、お前だったのか。アヤヤと遊園地に行ったのは」

「ごん、お前だったのか。みたいなテンションですね、ナルタカ君」


 ふと声をかけられた。誰だと思って首を捻ってみれば、そこにいらっしゃったのは緑色の三つ編みを揺らし、幼い顔立ちに温和な笑顔を浮かべたまま、額に青筋を浮かべているマリア委員長だった。

 彼女が手に持っている配架途中と思われる百科事典を握る指には、必要以上の力が込められている。


 目の錯覚か、指が百科事典にめり込んでいるようにしか見えん。

 何キロの握力があったら、こんな芸当が可能なの?


「仕事サボって何を遊んでいるんです?」

「い、いえその。サボっていた訳ではなくてですね」

「では何故配架が終わっていないのです? 私が教えた通りにやっていれば、もう終わっている頃ですよね?」


 マリア委員長は昨年、俺に仕事をマンツーマンで教えてくれていた先輩だ。優しそうな先輩に当たったと喜んでいたのも束の間。体育会系であった彼女にしごきにしごかれ、すぐに最前線で仕事ができるレベルにさせられた覚えがある。

 同時に図書委員の仕事に対してめちゃくちゃ真摯でもあり、彼女を怒らせたらとても怖いということも知った。


 アヤヤと遊ぶ為に一度サボった時には、次に気が付いた時にはゴミ捨て場に捨てられていたくらいだ。

 何をされたのかすら、全く覚えていない。覚えているのは、優しそうな表情に青筋を浮かべた、今の彼女のような表情だけ。


「ナルタカ君。私はあなたのことを買っています」

「はい?」


 いきなり話が違う方向に飛んだ気がする。あれ、俺、今から怒られる流れじゃなかったの?


「特にアヤヤちゃんのことです。昨年、酷く男子との関わりを怖がっていた彼女にしつこく関わり続け、見事に立ち直らせてみせました。私は素直に感心したんです、あなたは誰かの為に頑張れる人なんだって。期待しても良いのかなって思って厳しめに仕事も教えてきましたが、あなたはそれすらも乗り越えてみせました。本当に凄い人です」

「い、いやー。照れますねー」


 棚板の隙間から首だけ出してるまま、俺は後ろ頭を掻いていた。

 先輩に真っすぐ褒められるというのは、思った以上にこそばゆいものがある。でへへ。


「にも関わらず」


 あっ、話が元の路線に戻った感覚。


「あれだけ教え込んで、まだその体たらくとは。私もまだまだだった、という訳ですね」

「いや、あの、マリア委員ちょ」

「鍛え直しましょうか」


 その後。伸ばしてきたマリア委員長の右手は俺の頭をがっちりと掴み、アイアンクローへと発展した。意識が飛んだ。

 次に目が覚めた時、俺は頭の中を埋め尽くす図書委員としての心構えを復唱しながら、素っ裸で豚と共に餌を頬張っていた。街の養豚場だった。


 本当に何があったんだろうか。


ここまで読んでいただき、ありがとうございますッ!

もしよろしければ評価、ブックマーク、感想やレビュー等、お待ちしておりますッ!

(=゜ω゜)ノ

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