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彼女が来てと手を開いたよ。だけど俺には分からない


 男子トイレで諸々を済ませ、パンツが少し汚れつちまつた悲しみを背負いつつ、何ともない顔をしてツツミちゃんの元に戻った。

 その後は競泳用水着を着た彼女の芸術的な姿に息子が再装填されるハプニングはあったものの、平和に女性用水着売り場から出ることに成功した。


 次は性交もしてみたい。


「じゃあ次はカラオケでも行くか」

「うんいいよ。そこでお昼ごはんも食べようか」


 買い物を済ませた俺達は、カラオケエリアへと足を運んだ。休日のお昼前ということで待たされることはあったが、程なくして入室完了。多分昼ご飯の後は絶対に入れないから丸ごと済ませてしまえ、という策は見事に的中した。

 入室してテーブルを挟んで向かい合って座った後。二人してハンバーグランチセットと軽くつまめるポテトフライ等を頼み、届いた後はドリンクバーのジュースで乾杯する。


 そのままランチタイムとなったが、普通に美味かった。

 デミグラスソースが沁み込んだハンバーグに、白米がよく合う。付け合わせの野菜も甘く煮てあったので箸休めには丁度よく、気が付くと完食していた。大満足だ。


「さて、と。じゃあ早速歌うか。まずはこれだァッ!」


 一通り腹も満たされた後、俺は最近流行りの映画の主題歌を入れる。その後は代わる代わるマイクを握り、彼女と楽しく歌を歌った。


「それにしても久しぶりだよね、先輩とカラオケって。ビーチバレー部の打ち上げ以来じゃないかな」

「そう言えばそうだな。めっちゃ久しぶりじゃん」


 ちょっと休憩をしようかと二人してマイクを置いた時、ツツミちゃんが昔を懐かしむような声を出した。

 俺が中学校を卒業してからはチャットこそしてても全然会ってなかったし、ツツミちゃんも受験勉強で忙しかったしな。


「懐かしいなあ。浜辺のマムシって呼ばれてた先輩の姿」

「俺ってそんなあだ名ついてたの?」

「うん。鬼気迫る顔で、しつこくボールに食らいついてくるからって」


 懐かしいなあと昔を懐かしんでいるツツミちゃんに対して、俺は一人合点がいっていた。

 中学時代に妙にマムシドリンクを勧められることが多かったが、あれはそういうことだったのか。おのれ当時の同級生共。


「先輩覚えてる? ボクを助けてくれたあの時のこと」


 不意に、ツツミちゃんから話を振られた。彼女を助けたあの時と言えば、俺の中で該当する出来事はただ一つ。


「ああ、覚えてるぞ。あれは確か、夏の頃だっけ」

「そうそう。部活が本格的に始まった、あの時さ」


 具体的に言うと、だ。俺が中学三年生だった当時、一年生だったツツミちゃんが入部してきた。

 当時から既に魅惑的な身体付きをしていた彼女が、ビーチバレー用のビキニを着て砂浜を元気に動き回っていれば、思春期の男子からしたら溜まったもんじゃない。


 かく言う俺も例に漏れず、当初はかなりエロイ目で彼女を見ていたのを覚えている。

 見ているだけなら、まだマシだった。彼女に手を出したのはOBの先輩達だった。


 たまたま帰ってきた男の先輩らは、ツツミちゃんを見つけて大いに盛り上がった。いきなり彼女を取り囲み、仲良くしようよと迫ったのだ。

 俺らの世代はお世話になった方々ということで、無下にすることもできず、彼らは連日顔を出しては彼女を困らせていた。


「お母さんが楽しそうにやってたビーチバレーなんか選ばなければ良かったって、あの時は本気で思ってたんだ」


 ツツミちゃんの顔が、曇っている。話を振ったはいいが、彼女としてはあまり思い出したくない記憶だろう。

 馴れ馴れしいだけであれば良かったが、ある日、事態は急展開を迎える。OBの先輩らが、とうとうツツミちゃんに手を出したのだ。体育館倉庫に彼女を連れ込んで、いよいよ襲ってやろうとしていた。


「先輩が来てくれなかったら、終わってたと思うよ」

「間に合って、本当に良かったと思ってる」


 割り込んだのは俺だった。偶然にも部活に遅刻していた俺は、ツツミちゃんを連れていく彼らの姿を目撃し、体育館倉庫に連れ込んだ時に割って入ることができた。

 先輩らは激怒したが、俺は猿もビックリな金切り声を上げて人を呼ぶことに成功し。結果としてOBの先輩らは御用となった。


 ツツミちゃんはずっと泣いており、それを慰めたのも俺だった。迷子になったハルルを見つけて慰めた経験が活きたのだ。


「怖くて声も出せなかったけど……でも。そのお陰で、先輩と仲良くなれた」


 ツツミちゃんは立ち上がると、俺の隣に座った。小さい彼女が微笑みながら、俺の顔を見上げている。


「助けてくれて、その後もずっと面倒見てくれて。先輩は当然のことをしてただけかもしれないけど。ボクがどれだけ嬉しかったのか、先輩がどれだけカッコ良く見えたのか。ボクにとって、王子様にしか見えなかったのか……知ってる?」

「い、いや」


 嬉しそうなツツミちゃんの顔が眩しくて、俺はそれを直視できない。


「小学校の終わりくらいから、急に胸が大きくなっちゃって。みんながみんな、ボクをそういう目で見てきて。正直、男の人が怖かったんだ。髪の毛を短くしたのも、ボクなんて言い始めたのも、女の子っぽく見えないようにする為。今はもう板についちゃったから、無理してる訳でもないんだけどね」


 彼女が持つボーイッシュさは、自衛の為だった。俺が出会った時には既に彼女はこんな感じだったから、てっきり生来のものかとも思っていたけども。


「先輩。卒業しても、ずっとボクに連絡くれたよね。どうして?」

「ど、どうしてって。ツツミちゃんは大事な後輩だし、言ってみればハルルみたいな、二人目の妹みたいなもんだし」

「そっかそっか。入れ違いで部活に来てくれたハルルちゃんとは、ボクも凄く仲良くさせてもらったよ。でもね、先輩」


 ツツミちゃんが俺の方に寄ってきた。手を俺の耳元に持ってきて、吐息と共に甘く囁く。


「……ボクは妹じゃないんだ。だから妹とはできないことも、してあげられるよ?」

「ッ!?」

「好き」


 彼女のとろけるような声に、俺の胸が高鳴った。


「好き、好き。先輩、大好き。ずっとずっと、先輩と一緒になりたいって思ってる」


 リアルASMRが、俺の耳をくすぐってくる。身体中を心地よいゾクゾク感が駆け巡り、血液が股間へと中央集権していく。


「先輩。ボクじゃ、駄目?」


 手を伸ばせば触れられそうなくらいの距離にいる為に、ツツミちゃんの良い匂いまで漂ってきていた。

 耳から、鼻から、甘く、柔らかく、俺を誘ってくる彼女。駄目かと問われて、首を勢いよく横に振りたくなった。駄目なんてことがあるのか。


「ボクにしようよ、先輩」


 彼女はずっと、俺を見てくれている。彼女は一度身体を離すと、両手を広げてみせた。


「来て」


 ツツミちゃん俺の到来を待ってくれている。年下なのに、この圧倒的な母性である。

 やはり母性とおっぱい様の大きさは比例するのか。今ここで身を任せてしまえば、とても心地よい時間が待っているんじゃないかということが、容易に想像できた。


「ッ!」


 そのまま身体が彼女の側へと流れようとしたところで、一人の女性の姿が頭を過った。銀色の髪の毛を揺らした、初めて恋をしたあの子の姿が。

 同時に、俺のスマホが震えた。取り出して見てみると、家事分担アプリが今日は買い物当番の日です、とご丁寧にリストと共に教えてくれている。


 同じ轍は踏まんと、今日はこのアプリだけ通知を切ってなかったんだったな、助かった。


「あ、あーッ! 今日は買い物当番だったのか、すっかり忘れてたわー、ハルルに怒られちゃうぞーッ!」


 わざと大きな声を出した俺は、スマホを持って立ち上がった。このままツツミちゃんのペースになってしまえば、なし崩し的に丸め込まれる可能性が高い。ここは外の空気でも吸って、仕切り直すのが吉と見た。


「……先輩のいくじなし。ヘタレ。オープンスケベの癖に、いざとなったら逃げ出すとか」

「グハァッ!?」


 ジト目になったツツミちゃんからの、容赦ない口撃である。全部、事実です。


「つ、ツツミちゃんジュースが空っぽじゃん。今すぐ持ってくるなッ! オレンジジュースで良かったよね。すぐに」

「ナルタカさんはここですかーッ!?」


 機嫌を直してもらおうと、彼女の使いっぱしりをしようとした、その時。カラオケのドアが勢いよく蹴破られて、真っ赤な顔をした一人の女子が襲来した。

 銀色の髪の毛を揺らして、紺色のブラウスとクリーム色のサテンフレアスカートを履いた、脳裏を過った彼女、アヤヤだ。


「あ、アヤヤッ!? な、なんでここに?」

「クラスのグループチャットでタキシード姿のクラスメイトが女の子とデートしてるとありましたが、やはりあなただったんですね」


 入口のところでクラスメイトを見た気がしたが、どうやら気のせいではなかったらしい。家事分担アプリ以外の通知を切っていたから気が付かんかった。

 チャットアプリを開いてみれば、タキシード姿の俺がツツミちゃんを引っ張って、女性用水着売り場に入っていこうとしている写真が共有されている。


 待って、この写真、出るとこ出たらヤバいやつでは?


「独り身でいてくださいって言ってるのに、油断するとすぐこれです。彼女作ろうったって、そうはいきませんよ」

「ま、待ってくれ。俺はまだ何もしていない」

「じゃあなんでおっ勃ってるんですか?」


 視線を落としてみれば、ズボンを内側から盛り上げて見事なテントを形成している俺の股間が目に入る。

 さっき出したというのに、また元気になっていたのか息子よ。


 言い訳が死んだ。


「こ、これはその。陰茎海綿体に動脈血が多く流れ込んで、血液が充満した結果こうなっただけで」

「誰が医学的見地から説明しろって言いましたか。ま、まさかCまで行ったんじゃないでしょうねッ!?」


 恋愛ABCとは1980年代に流行った男女間における関係の行為の隠語であり、諸説あるがAがキスでBが本番前の戯れ、Cが本番行為らしい。

 ってか、アヤヤ知っているんだ。俺は親父のエロ本コレクションから得た情報だったが、現代じゃもう死語だと思ってたのに。


「い、いや。俺はまだ童貞だッ!」

「じゃあなんでそんなことになってるんですか?」

「も、黙秘権を」

「耳と目、どっちが良いですか?」

「待って、何その不穏な二択?」

「とにかく、ナルタカさんには意地でも独り身でいてもらいますッ! こうなったらこいつで股間に鍵を」

「その鉄のまわしみたいなもの何ッ? それを俺に向けてどうする気ッ!?」

「……あーあ、もうちょっとだったのになあ」


 どったんばったん大騒ぎをしている俺達を、何とも言えない表情で見ているのがツツミちゃんだ。

 ヤベ、これ、もっかいどっかで埋め合わせしなしと駄目かもしれん。埋め合わせをしにきた筈なのに、更に埋め合わせなきゃならんくなるとか、増えるワカメか?


 結局、その日は解散することになった。何だかんだでアヤヤに振り回されっぱなしで、このままで良いんだろうか。

 ほんの少し手を伸ばしたら届いた、ツツミちゃんの温もり。それが惜しくなかったかと問われれば、俺の中でたちまち全俺人民代表大会が開かれるであろう。いや、開かれるようになってしまった。


 俺が追いかけるアヤヤか、俺を追いかけてくれるツツミちゃんか。揺れる自分の心を抱えながら、俺は二人の女の子の姿を見た。


ここまで読んでいただき、ありがとうございますッ!

もしよろしければ評価、ブックマーク、感想やレビュー等、お待ちしておりますッ!

(=゜ω゜)ノ

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