第三話
僕は彼女がYであることを認めた。Yとはヤリ……のことだ。
それはとても受け入れがたいことだった。物理の授業で、光は粒子であり波でもあるとか言われるより、ずっと受け入れがたいことだった。しかし僕は、なぜか不思議な程落ち付いていた。
僕は佐藤さんが入った男子トイレに入ることにした。だってそうだろう。佐藤さんがXだろうとYだろうと、僕は佐藤さんを観察するんだ。
心配には及ばない。Yの生態に詳しい訳ではないが、YがトイレでYセツな行為をするとしたら、個室の中のはずだ。僕が男子トイレに入っていったところで単なる足音としか認識されない。
そうと決まれば早速、スマホを録音モードにセットして、と。いざ。
「……あれ。おかしいな」
佐藤さんの姿は何処にも無かった。
小便器は全部空いていて、三つの個室も全てドアが開いていた。念のため個室の中まで入るが、誰も居ない。
僕は思いついて、掃除用具入れのロッカーの中を調べてみた。しかしそこにも何もない。何もないとはおかしいが、どういう訳か掃除用具すらない。
おかしい。僕はこの△△地区まで佐藤さんをつけてきて、彼女が男子トイレに入るところを確かに目撃した。ぐちゃぐちゃと下らない思考をしている間も、トイレの出入り口からは目を離さなかった。その間、佐藤さんはトイレからは出来てきていなかった。
だのに、だ。男子トイレの中に彼女はいない。
僕はトイレの奥に設えられた窓に目をやった。
窓には鍵がかかっていた。鍵を開けて外を見てみた。草の生えた小さい空き地のようになっていて、向こうの通りに出られそうではあった。しかし、彼女がここから出たとしたら、今僕が見たときに鍵が掛かっていた説明がつかない。内側からしか鍵は掛からないのだから。
僕は女子トイレに入った。
いいか、真実は一つだが、きみたちが考えているのがそうだとは限らないのだぞ。
「僕」は「私」かも知れないのだ。そういうことにしといてくれ。
女子トイレにも誰も居なかった。小便器は無かったし、個室は全て空いていた。掃除用具入れにも怪しい点はなかった。こちらには掃除道具一式がしっかり入っていたが。
女子トイレから出るところを目撃されてはまずい。だから僕は窓から出た。鍵はかけられないが、トイレの窓が全開になっていたところで大して怪しむ人間もいないだろう。
草の生えた小さな空き地に降り立ち、トイレの建物をぐるっと周ってもとの位置に戻ってきた。トイレの正しい出入り口だ。
僕は佐藤さんの手がかりを得るべく、唯一不審な点があった男子トイレの掃除用具のロッカーを再び調べることにした。