第二話
公衆トイレという言葉から連想されるものといえば――多目的トイレ。
昨今、多目的という言葉が想定していない目的で、トイレを利用する奴がいると聞く。
僕の脳裏に嫌な予感が走った。
佐藤さん、まさか、知らない男とトイレの中で……? それ以外に、女性が男子トイレに入る理由など何がある?
途端に、僕は胸が苦しくなってきた。心臓の鼓動も早くなってきた。軽度のふらつき。軽度の吐き気。受け入れがたい真実がもたらす心理的かつ身体的な不調。
まさか佐藤さんがヤリ……だったなんて!!
いや……でも待てよ。ちょっと待て。
真実はいつも一つしかない。僕が考えているのがそのたった一つの真実だという可能性は客観的にみて低い。考える角度を、思考の焦点を変えるんだ。
彼女は男子トイレに入った。
『彼女は男子トイレに入った』というセンテンスの中、僕は「男子トイレ」が受け入れられず拒絶した。しかしそれは「彼女」というワードを無条件に受け入れてしまった僕のミスだ。
であるならば今度は、「彼女」を拒絶してみよう。つまり、佐藤さんが「彼女」でないとしたら? 「彼」、だとしたら?
センテンスはこうなる。『彼は男子トイレに入った』
おお、何もおかしくない!! 全く自然だ!! 佐藤さんは「彼」だったんだ。男だったんだ!!
途端に、僕はまた胸が苦しくなってきた。心臓の鼓動も早くなってきた。軽度のふらつき。軽度の吐き気。受け入れがたい真実がもたらす心理的かつ身体的な――ええい、もういい。
客観的ではなく、常識的に考えろ。
お前は高校に入ってから一目ぼれした佐藤さんを、ずっと眺めてきたんだろうが。特進クラスに入る佐藤さんを観察したいがために、お前も必死こいて勉強して同じクラスに入ったんだろうが。
一度でも、佐藤さんが学校の男子トイレに入るところを見たことがあるか? 佐藤さんが男であるとここで早合点して、「ではなぜ学校ではリスクをおかして女子トイレに入っていたんだろう」なんて馬鹿な疑問の答えを推測するというのか?
違うだろう!!
ヤリ……なんだよ!! 認めたくないだろうが、佐藤さんはヤリ……なんだよ!! 佐藤さんは間違いなく女で、△△地区あるいは他の地区にいる男と秘密の行為を致すために、わざわざ電車に乗って学校の連中に見つからないような公衆トイレまで来るヤリ……なんだよ!!
それ以外に無いんだから、いい加減認めちまえ!!