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おもちゃ箱 ~あき伽耶 童話と児童文学作品集~

「さがさないでください。おにぎりより」

作者: あき伽耶

冬童話2023「ぬいぐるみ」参加作品

挿絵(By みてみん)

バナーは瑞月風花様https://mypage.syosetu.com/651277/に戴きました。

風花さん、とても素適なバナーをどうもありがとうございます。




『さがさないでください』


 ボクは、あやちゃんの水色の折り紙に、赤いクレヨンで、そう書いた。

 誰が書いたかわからないと困るなあと思って、ボクの名前もちゃんと書いた。


『おにぎりより』





 ボクは、あやちゃんが生まれた時にこのおうちにやってきた、モチフワのおにぎりのぬいぐるみだ。ふっくらした白い三角形の体、お腹と背中には、黒くて四角いフェルトがぺったんとついている。お腹のフェルトの少し上には、刺繍された目と鼻と口もちょこんとついてるよ。そして三角形の体には、ちょっと短くて細いけど、巾着紐の手足だってちゃあんとついてるんだ。


 あやちゃんが生まれた時から、ボクはずっと、いつもあやちゃんと一緒だった。もちろん寝る時だってそうさ。

 そう、あやちゃんの枕の横は、ボクの指定席!


 ……だったのに。


 今、ボクの指定席で気持ちよさそうに寝てるのは、昨日このおうちにやってきたばかりの、真っ白でモフモフなウサギのモピーだ。

 あやちゃんのおばあちゃんが、モピーをプレゼントしたんだ。あやちゃんたら、とっても喜んでね、夜寝る時モピーと一緒に寝ちゃったの。ボクのことなんかすっかり忘れちゃってさ。

 ボクはお布団のすぐそばで待ってたんだけど、あやちゃんたちがお布団にもぐったときの勢いで、こんころりんっ、て転がっちゃったの。おにぎりだから仕方ないんだけどさ。それで、畳の上で一人ぼっちになっちゃった。

 畳って、ひんやりしていたよ。

 ボク、いつもね、あやちゃんと一緒におでかけしてるとみんなに言われるの。


『あらぁ、おにぎり? 変わったぬいぐるみを抱っこしてるのねえ』って。

 

 ボクって、変わっているのかな。 

 そうだよね。あやちゃんのお友だちは、たいていモフモフの動物ぬいぐるみを抱っこしてるもんね。

 そのことを思い出したら、なんだか鼻がツーンとしてきたけど、お腹のフェルトが濡れちゃうから、ぐっと我慢したよ。


 そうか、わかった。

 あやちゃんは、変わってないモピーが良くなっちゃったんだ。

 もうボクは、いらない子になっちゃったんだ。

 きっと、そうなんだ。


「……だからボク、このおうちを出て行きます!」


 そうしてボクは、『さがさないでください。おにぎりより』って書いた水色折り紙を、モピーと一緒にすうすう寝ているあやちゃんのそばに置いた。





 窓を開けると、冷たい夜の風がびゅうびゅう吹いていた。

 いつもあやちゃんと一緒にお出かけしていたボクだけど、初めて一人だけで、お外へ一歩、踏み出した!


 だけどボクは知らなかったんだ。

 あやちゃんのおうちが、坂道のてっぺんにあったということを!

 坂道だとボクは立っていられない。だってボクは、おにぎりだもん。


 おにぎりころりん、こんころりん!

 おにぎりは、どうしたってころがっちゃう。


「わーん、一体ボク、どこに行っちゃうの~!?」


 おにぎりころりん、こんころりん!

 ボクの体は、止まれない。


 坂道をこんころりんところがって、道端に落ちていた石にポーンとはじかれて……。

 ボクは排水溝に落ちちゃって、やっと体は止まったよ。

 大丈夫、ぜんぜん痛くなかったよ? だってボクはぬいぐるみだもんね。


「おやおや、あなたはだあれ?」


 ボクに話しかけてくれたのは、赤ちゃんをたくさん抱っこした、引っ越し途中のネズミのお母さんだった。


「ボクは、おにぎり」


「おにぎりさん、あなたにお願いがあるの。赤ちゃんたちが眠るには、ここは背中が痛くって。どうかあなたのモチフワの体をかしてくれないかしら?」


 ボクは喜んで引き受けた。

 その夜、お母さんネズミと赤ちゃんたちは、ボクのお腹の上で眠ったよ。


「おにぎりさん、ありがとう。なんて気持ちの良いモチフワでしょう。おかげで赤ちゃんたちもぐっすり眠れたわ」


 ボクは嬉しくなって、モチフワの体が(あった)まっちゃった。


「えへへ、どういたしまして!」


 お母さんネズミと赤ちゃんたちにお別れしたボクは、排水溝をころがった。


 おにぎりころりん、こんころりん! 

 うんうん、だいぶ慣れてきた。

 おにぎりころりん、こんころりん! 

 さあさあ、次はどこに着く?


 ざっぶーん!


 今度は川に飛び込んじゃった。

 大丈夫、だってボクはぬいぐるみだもんね。

 水の上にプカプカ浮いて、どんどん流れたよ。


「ねえねえ、君はだれ?」


 ボクに話しかけてくれたのは、お空を飛んでるカモメさんだった。


「ボクは、おにぎり」


「おにぎりくん、君にお願いがある。海から飛んで来たら迷子になっちゃって。どうかそこで休ませてくれない?」


 ボクは喜んで引き受けた。

 その夜、カモメさんは、ボクのお腹の上で眠ったよ。

 夜の間にプカプカ流れて、朝には海に着いちゃった。


「おにぎりくん、おかげで疲れが吹き飛んだよ!」


 カモメさんはクンクン匂いを嗅いで辺りを見回した。


「潮の匂いだ、海についた! 君のおかげだ!」


 ボクは誇らしくなって、三角体をそっくり返しちゃった。

 

「えへへ、どういたしまして!」


 そうボクがお礼を言ったとき、とても大きいお魚が、カモメさん目がけて、大きな口を開いてジャンプした。

 その歯には、ピカっと光るものがついてたよ。

 カモメさんはびっくりして、慌てて空へ飛び上がる。

 ボクは波にゆさぶられて、海をゆっくりころがった。


 おにぎりこおろりいん、こんこおろりいん! 

 あわわわ、こんなの初めてだあ。


 お魚は、カモメさんを食べようと、またまたジャンプした。

 ボクは、おもわず叫んだよ。


「ボク、おにぎりだよ! おいしいよ?」


 ボクの声を聞いて、とても大きいお魚は、こっちをぎろりと見た。


「おにぎりだって? そいつは御馳走だ、いっただっきまーす!」


 ばっくん! 


 ボクは怖くなかったよ。だってボクはぬいぐるみだもんね。食べられることはないのさ。

 それよりね、お魚の歯がモグモグ体に当たって、とってもくすぐたかったよ。

 お空のカモメさんは、心配していたよ。


「ボク、ぬいぐるみだから大丈夫!」


 それを聞いたお魚は、すぐにボクを吐き出した。


「ぺっぺっ、本物のおにぎりじゃないのか! …おや? おやおや? 取れた、取れたぞ!」


「お魚さん、どうしたの?」


「釣り糸がオレサマの歯に引っかかって、ずっと困ってたのだ。おまえのおかげで釣り糸が取れた。助かった、ありがとな!」


 そんなつもりじゃなかったボクは、恥ずかしくって、三角頭のてっぺんを掻いちゃった。


「えへへ、どういたしまして!」


とお礼を言ったとたん、ボクの背中に何かが引っ掛かって、海の上にビューンと持ち上げられちゃった! 


「わーん、ボク、どうなっちゃうの~!?」


 おにぎりころりん、こんころりん!


 ボクは、船の甲板の上を転がった。

 釣りのおじさんは、ボクを見て、びっくり仰天!


「魚じゃなくて、おにぎりが釣れたぞ!?」


 隣のおじさんもびっくりして、ボクをのぞき込む。


「本当だ! これまた大きなおにぎりだ! ……あれ? おい、このおにぎり、『あやちゃんのおにぎり』じゃないか?」


 今度はボクが、びっくり仰天!


「おじさん! どうしてあやちゃんの名前、知ってるの?」


「そりゃあ、おにぎり。今、みんなでおまえさんのことを探しているんだぞ?」


 おじさんは、スマホのドウガを見せてくれた。

 ドウガには、ボクが映って、あやちゃんがわんわん泣いていた。


『おにぎりー! どこいっちゃったのぉ!? あや、おにぎりが、おにぎりがいないとぉ……』


 ドウガのあやちゃんは、真っ赤な顔で、涙をぽろぽろ流してた。


(……あやちゃん、すごい泣いてる、あやちゃん……)


 ボクの鼻がツーンとした。


『帰ってきて~~!!……会いたいよお~~、おにぎりー!!!!』


 気がつくと、ボクの小さい目から、大粒の涙が流れてた。


「うわーん!……あやちゃん、ボクも会いたいよ~~!!!!」


 ボクは、ドウガのあやちゃんを見ながら、わんわん泣いた。

 さがさないでくださいって、手紙を書いたけど。

 おうちにいたくなかったけど。

 でも今はボク、とっても帰りたい気持ちだよ。


「ボク、あやちゃんのところに帰りたい! でも、どうやって帰ったら……」


 おじさんたちは、にっこり笑うと胸を叩いた。


「よし、おにぎり! おれたちに任せとけ!」


 おじさんたちは、海の水で重くなったボクの体を絞ってくれた。それから港のクリーニング屋さんに連れて行ってくれた。


「わかったわ、任せて!」


 クリーニング屋さんのおばさんは、ボクをいい匂いの石鹸で洗って、気持ち良い風で乾かしてくれた。

 ボクはあやちゃんの家にいるときよりキレイになっちゃって、ちょっぴり困っていたら、おばさんがウインクして言った。


「あやちゃんに会うんだろ? おめかししなくちゃね」


 それからおばさんは、宅急便屋さんに連れて行ってくれた。

 宅急便屋さんのお兄さんは、段ボール箱に小さい風船をいっぱい並べたベッドを作って、ボクを優しく寝かせてくれた。


「俺に任せて! 明日の朝にはあやちゃんちだ、ゆっくりお休み」


 それからお兄さんは、あやちゃんちの玄関まで連れて行ってくれた。


「ピンポーン! あやちゃんのおうちですか? おにぎりをお届けに来ました」


 聞き覚えのある足音がドタドタと聞こえて、段ボール箱の天井がぱっと明るくなって。 

 ――――そこには、あやちゃんの笑顔があった。


「おにぎり!!!」


「あやちゃん!!!」


 おにぎりころりん、こんころりん!

 ボクは、あやちゃんの腕の中へ飛び込んだ。


 あやちゃんはボクをこれでもかっていうぐらい、ぎゅうっと抱っこしてくれた。

 モピーも、ボクと一緒に抱っこされてたよ。

 でも、ボクは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 だって、ボク、なんだかモピーとも仲良くなりたかったんだ。


 あやちゃんの目は涙でいっぱい。

 モピーの目も涙でウルウル。

 そしてボクもせっかくキレイになったけど、お腹のフェルトがたっぷり濡れちゃって。

 ……塩味濃いめのおにぎりになっちゃった。





 ねえ、あやちゃん。

 ボクはずっと、あやちゃんのおうちにいるからね。

 だから、


『さがさないでください。おにぎりより』





お読みいただき、どうもありがとうございました。

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この作品は、音楽業の作者が文章のリズム感(聞き心地、言い心地)を配慮しながら作成してみました。お子さまと読み聞かせや朗読でもお楽しみください。


冬童話2023に他作品も参加しています。

   ↓ ↓ ↓

「赤いぬいぐるみカー レッド・ジョウの恋」

大人向けの遊び心ある作品を目指しました。よろしければこちらもご覧ください(^^)



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― 新着の感想 ―
[良い点]  おにぎりの大冒険ですね。ときにせつなく、ときに楽しく読みました(*´`*)   『おにぎりころりん、こんころりん!』。  こんころりんの箇所で音楽が聞こえたような気がしました♪ 文章のリ…
[良い点] とっても可愛い、素敵なお話ですね。 拝読して、ホッコリした気持ちになりました。 この優しい世界観や文章のリズム感……「童話」の素晴らしさを、改めて感じさせてもらいました。 [一言] バナ…
[良い点] 優しさ溢れる大冒険ですね。 とても面白くて「どうなっちゃうの~?」と私もおにぎりと一緒にドキドキさせて頂きました。 ぬいぐるみと人が普通にお話できる世界観が童話らしくてとても良かったです…
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