後編
透き通ったまるいトンネルを抜けたところは、つるつるのすべり台です。すーっと降りると、そこはもう畳の広がるお部屋になっていました。
置かれているのは、小さな木の家具とテレビ。それから……。
「ねぇ、大きなベッドとかソファーは、ないの?」
ほのかは家族で旅行に行ったときに泊まったホテルを思い出して、まずは聞いてみました。
「ここは洋室じゃにゃくて、和室にゃん。それに、このホテルは特別にゃん」
リリはそう言いはりましたが、ほのかは納得できません。
部屋の真ん中にあるものが気になるのです。
「ホテルにこたつって、あまりないんじゃない? そうでなくてもさ、十一月にこたつは早すぎるでしょ」
この地域は、まだ雪が降るような季節ではありません。だから、ほのかは思ったとおりに話してみました。
けれど、リリもミーもしっぽをだらんとたらして、急にしょんぼりしてしまいました。
「そうかにゃあ」
「そうかにゃあ」
しずんだ声に、ほのかはあわてて言葉をかけました。
「でも、暖かくていいね。こたつがあると、部屋中がぬくぬくする気がするよ」
ペットボトルのなかは、外よりもずっと暖かく感じました。内側の壁がくもっていたのも、そのせいでしょう。
「そうにゃん」
リリは気を取りなおしたようです。
「寒いときは、やっぱりこたつにゃん。もう冬みたいだから、こたつにゃん」
「そうにゃん。にゃーん、にゃん」
リリもミーも、寒がりなのでしょう。どうしても、こたつがよかったみたいです。
このところ気温の低い日が続いているので、暖かな部屋で過ごしたい気持ちには共感できます。
「わかったよ。一緒にこたつに入って温まろうよ」
「そう来にゃくちゃ。ほのかちゃんと一緒にゃん」
二ひきはさっさとこたつに入りました。
ピンク色のやわらかなマットに、朱色のふっくらとした座布団、それに赤い色のふわふわのかけ布団。木製の机も温かみが感じられます。
思わず赤い布団をめくって、ほのかは両足を入れます。途端に、足の先からほかほかとした空気が伝わってきました。
ほのかもこたつで落ち着いたところで、ミーがリモコンを手に取りました。
「テレビつけるにゃ」
「にゃにがいい?」
ほのかはいつも見ているアニメ番組の名前を口にしました。この時間にはやっていないと思いましたが、ちゃんと始まりました。
「ほのかちゃんに、あげるにゃ」
リリが竹で編んだかごを持ってきてくれました。そこには、オレンジ色のつやつやとしたみかんが二つ入っています。
こたつで温まりながら、ほのかは一ついただくことにしました。
「やっぱり寒い日は、こたつでみかんを食べるのがいいね」
みかんの皮をむきながら、ほのかはしみじみと話しました。
ところが、リリとミーは、聞いているのかいないのかはっきりしません。両前足で白いお皿を持って、とろりとした食べ物を夢中でなめています。
何か魚のにおいがします。大好きなおやつを持ってきたのでしょうか。
それでも、ほのかはみかんのほうがいいなと思っていました。適度にひんやりとしてやわらかく、何よりあまくておいしいのです。
みんなでこたつに入って、テレビを見て、おやつを食べて、ときには笑いながらおしゃべりをして、ペットボトルのホテルで過ごしました。
外は冷たい風が吹いても、ここは春の日差しに当たっているような暖かさです。
ほのかはとても心地よくて、だんだんと眠くなってきました……。
いつの間にか寝ていたようです。
ほのかは、はっと眠りから覚めました。
目をこすったあとに周りを見回すと、いつものほのかの部屋でした。
自分の机の前に座っています。ランドセルが床に置きっぱなしです。
「あれ、リリとミーは?」
そうです。リリとミーと一緒に、ペットボトルのホテルにいたはずです。眠ったとしても、こたつの上のはず。
けれども、自分の部屋の机にふせて、寝ていたらしいのです。
「なんだ、夢かぁ」
ほのかは両手を上げて、うーんと大きく伸びをしました。
「ネコがしゃべるわけないもんなあ。ペットボトルのホテルなんて、あるわけないし」
思い返せば、いつものペットホテルがペットボトル・ホテルになっていて、近所のネコがお店の人になっているなんて、おかしな出来事でした。
「わたし、小さくなったんだよね……」
ペットボトルがどんどん大きくなったのではなく、自分が小さくなって入れたんだと、ほのかは気づきました。
ネコたちも小さくなったけれど、ほのかと同じくらいの背の高さになっていたのでした。
「ペットボトルの部屋、あったかかったなあ。こたつがあって、テレビがあって」
思い出すと、足もとが暖かいような感覚がしてきます。
「リリとミーとおしゃべりできて、おもしろかったな。みかんもおいしかったし」
そのとき、手のひらから、みかんの香りがただよったような感じがしました。
「気のせいだよね……?」
ひとり、ぽつんとほのかはつぶやきました。誰も答えるものはありませんでした。
ほのかはもう一度思い返して、口を開きました。
「ぬくぬくしてて、楽しかったなあ」
次の日。学校からの帰り道、ほのかはペットホテルのお店の前へやってきました。
いつもどおりの青い看板で、間違いなく『ペットホテル』と書いてありました。受付にいるのも、普通の従業員の人でした。
「不思議な夢だったなあ」
ほのかはお店を確かめると、そのまま帰り道を進みます。途中、一軒の家の前で立ち止まりました。
ちょうど、おばさんが玄関前の庭に水をまいているところでした。
「こんにちは、ほのかちゃん」
「こんにちは」
ほのかは、元気におばさんにあいさつを返しました。
そのとき、玄関の戸が少し開いて、すき間からさっとネコが出てきました。飼いネコのリリです。
「リリ」
ほのかは思わず呼びかけます。リリはちらりとほのかをながめましたが、すぐにおばさんのところへかけていき、「みゃあ」とあまえた声を出しました。
おばさんがリリをそっとだき上げます。
そんな様子に、ほのかはやっぱり昨日のことは夢だったんだなと思いました。いつもと何も変わりはありませんでした。
ところが、おばさんの腕のなかで、ふとリリがこちらを向いて、ぱちぱちと目くばせをして、口をもぐもぐと動かしてみせたのです。
それはまるで「秘密にゃん」と、言っているように見えました。
そういえば、ペットボトル・ホテルのことは、秘密にしてねって言われていました。
気のせいかもしれません。
それでも、そう思ったほうが楽しいなと、ほのかは考えることにしました。
おばさんはリリを連れて家のなかへ入っていきます。ほのかも歩き始めます。
すると、遠くからおばさんの声が聞こえてきました。
「まあ、リリ。ペンキかしら。しっぽが黄色くなってるわ。どこでつけてきたの?」
ほのかは、公園に寄ってみることにしました。ミーをよく見かける場所です。
けれど、今日は寒いせいか遊んでいる子どもたちもいなくて、ミーの姿もありませんでした。
砂場やブランコのある広場は、ひっそりとしています。
ほのかは小さくため息をもらしました。
仕方なく帰ろうとすると、公園のそばの草むらに、しましまのしっぽのネコが入っていくのを見つけました。
「ミー」
呼ぶと、振り向いたミーと目が合います。ほのかは声をかけます。
「昨日は楽しかったね」
ミーは耳をぴくりと動かして、葉のかげにかくれました。
「もちろん、内緒だよ」
すぐさまつけ加えると、ミーはこっちをのぞいています。
「またこたつで温まろうね」
ほのかはミーに手を振りました。
けれども、ミーは前足を手のように上げることもなく、茂みに入っていきます。魔法が効いていないのでしょう。
言葉が通じているのかもわかりません。
そのままいなくなってしまうのかと思った、そのときです。草むらからミーの声がしました。
「にゃーん、にゃん」
おや。ミーがペットボトル・ホテルで『はい』と言ったときの言葉と、そっくりではありませんか。
ほのかは、ふわっと笑顔になりました。何だか胸のなかがぬくぬくとしてきます。
「約束だよ!」
大きな声で伝えると、ほのかは家へ向かっていきました。