表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

挿絵(By みてみん)

 十一月も終わりのある日のことです。

 ほのかは、学校から帰るところでした。小学校に入学した春のころは、ランドセルが重く感じたものですが、今ではすっかり慣れています。


 いつもどおり通学路(つうがくろ)を歩いていくと、ぴゅうっと風が吹きつけてきます。赤く色づいたカエデの葉がはらはらと落ちてきました。

 冷たい北風に(ふる)えながらも、ほのかは葉を()らせる街路樹(がいろじゅ)をあおぎ見ます。そうして、ふと木々の向こうに、目をこらしました。


「あれ、あんなのあったかな?」


 少し先に、いつもは見かけない看板(かんばん)がありました。

 黄色でよく目立ちます。

 ほのかはランドセルの肩ベルトをぎゅっとにぎります。もう少し近づいてみようと、そちらへ進んでいきました。




 看板には大きく『ペットボトル・ホテル』と書いてありました。


「ここってペットホテルじゃなかったかな……」


 ()っている犬やネコ、小鳥やハムスターなどの動物を、飼い(ぬし)が一緒にいることができないとき、あずかってくれるところです。


 普段(ふだん)は青い看板で、『ペットホテル』となっていたはず。

 それが、いつの間にか黄色い看板にすり()わっていたみたいなのです。


「変だなあ。今日だけちょっと違うのかな」


 ほのかはあたりを見渡(みわた)しました。看板の(ほか)には、特に変わったところはないようです。


 そのときです。


「いらっしゃいませにゃ」


 店の(おく)から声がしました。

 のぞいてみると、二ひきのネコが二本足で立っていました。しかも従業員(じゅうぎょういん)制服(せいふく)を着ているではありませんか。二ひきとも、ぱりっとした紺色(こんいろ)のスーツがよく似合(にあ)っています。

 一ぴきは青い目をした真っ白なネコで、もう一ぴきは緑の目をしたキジトラのネコです。


「もしかして、リリとミー?」


 どちらも、ほのかの近所にすむネコにそっくりなのでした。


「はいにゃ」


 白ネコのリリが返事をします。


「にゃーん、にゃん」


 キジトラネコのミーも声を上げました。


「ほのかちゃん、ミーも『はい』と答えているにゃん」


 リリが白いしっぽをくねくねとゆらして、教えてくれました。

 ほのかは思わず二ひきに(たず)ねました。


「ねぇ、今日はこんなところでどうしたの?」


 リリは、近所のおばさんの家で飼われているネコです。

 ミーは、近くの公園でよく見かけるのらネコです。


「今日は特別にゃ」


 はり切ったように、リリが答えます。


「今日だけリリとミーでこのホテルをやっているんだにゃ」

「ネコなのに?」


 ほのかの問いかけに、リリは大きくうなずきました。


「そうにゃん。リリはよくこのホテルのお客さんだったにゃん、今日は恩返(おんがえ)しをするにゃ。ミーはお手伝いしてくれるにゃ」


 リリが説明すると、ミーがそれに合わせたように、しましまのしっぽを()りながら言いました。


「にゃーん、にゃん」


「ミーもちゃんとしゃべるにゃ」

「ごめんにゃさい。人間の言葉、(むずか)しいにゃ」


 ミーは、いつもはあまり人なつこくないので、人の話す言葉をよく知らないのかもしれません。頭に右前足を乗せて、ぽんぽんとたたいてみせました。


 どうやら、今日はこの二ひきがペットボトル・ホテルのお店をやっているようです。


「今はお客さんを待っているところだにゃん」

「ふーん、そうなの」


 ほのかが返事をすると、二ひきは両前足を(むね)の下でちょこんとそろえます。それからぺこりと頭を下げました。


「ほのかちゃん、どうかお客さんににゃってくださいにゃ」

「にゃれにゃ……」


 ついネコたちにつられてしまい、ほのかは言いなおします。


「なれないよ。だって、お金持ってないもん」


 すると、リリが得意(とくい)そうな顔をします。


「ここのことを秘密(ひみつ)にしてくれたら、無料にゃん」


「そうなんだ」


 秘密、と聞いて、ほのかは急にこのホテルに行ってみたくなりました。


「じゃあ、内緒(ないしょ)にするよ。(だれ)にも言わないから」


 ほのかが約束(やくそく)すると、二ひきのネコはごろごろとのどを鳴らして、歌うように言いました。


「にゃいしょ、にゃいしょにゃ。決まりにゃん」

「決まりにゃん。にゃーん、にゃん」


 リリの前足がさし出され、そっとほのかの手のひらに肉球(にくきゅう)()れます。同じようにミーも前足をさし出します。

 ほのかは、ネコたちのふかふかの前足を取って、(さそ)われるまま建物の奥へと入っていきました。




 受付の向こうには、ペットのための小部屋がたくさんありました。しかし、そこには誰もいないようです。

 その先には、広間がありました。犬やネコなどの遊び場でしょう。そこにも、誰もいません。そして、中央にただひとつのものが()いてありました。


 ペットボトルです。


 二リットルの飲み物が入っているような容器(ようき)でした。横倒(よこだお)しでふたがついていないところを見ると、水分が入っているわけではなさそうです。

 ボトルの内側(うちがわ)がくもっているみたいです。なかに何があるのか、よく見えません。


「もしかして、ペットのホテルじゃなくて、ペットボトルのホテルなの?」


「そうにゃん」

「にゃーん、にゃん」


 ネコたちの答えに、ほのかはがっかりしました。


「お客さんがペットボトルってことでしょ。わたしは関係ないじゃない」


「違うにゃ。ホテルがペットボトルにゃ。ペットボトルがホテルにゃ」


 リリが高い声でしゃべりますが、ほのかにはまるでわけがわかりません。


「いつもはペットのホテルにゃ。でも、お返しは()ているけどちょっと違うところにしてみたにゃん。ペットボトルのホテルに、人を招待(しょうたい)するにゃ」


 首をかしげるほのかに、リリは懸命(けんめい)に話しかけます。


「リリは黄色いペンキを()って、ペットボトル・ホテルって書いた看板も作って、お客さんを待ってたにゃん」


 よく見ると、リリの白いしっぽの先が黄色くなっています。がんばりすぎて、ついペンキをつけてしまったのでしょう。

 そんな努力(どりょく)(みと)めてあげたいところです。それでも、ほのかはゆっくりと問いかけるのです。


「ペットのホテルは、小さくて人間は入りづらいでしょ。ペットボトルのホテルなら、小さすぎてもっと入れないよ?」


 リリは首を横に振りました。


「このペットボトルのホテルなら入れるにゃ。どうぞこちらにゃん」


 なぜかリリは自信たっぷりな態度(たいど)です。

 ほのかは疑問(ぎもん)に思いながらも、ペットボトルのすぐそばまで、ネコたちとともにやってきました。




「ここをのぞいてみてにゃ。このお部屋は()いてるにゃ」

「にゃかがホテルにゃ」


 ミーも一緒になって話します。ペットボトルの中身(なかみ)は、小さな部屋になっているみたいです。


「なかがホテルになってても、入れないでしょ?」


 ほのかの言葉に、リリは力強く返事をします。


「大丈夫。リリは、びんのにゃかに船が入っているのを見たことあるにゃ。だからペットボトルのにゃかにホテルを作ったにゃん。今日は特別に恩返(おんがえ)しの魔法(まほう)で、いろんなことができるんだにゃん」


 ボトルシップなら、ほのかも知っています。

 小さなびんのなかに、風を受ける()のついた立派な船、底には海を(あらわ)透明(とうめい)な青い色。

 どうやってびんのなかに船を入れるのか、作りかたは知らないけれど、見ていて楽しいものです。


 リリはそれをまねたホテルを作ったというのでしょう。特別な魔法があるみたいです。

 

「恩返しの魔法って?」


 ほのかは尋ねてみました。


「昔から、いろんな動物が恩返しをしているにゃ?」


 問い返されて、ほのかはよく考えてみます。


「えーと、つるの恩返しとか?」


「そうにゃ。恩返しの魔法はいろんなことができるにゃん。たぬきやきつねじゃにゃくても、人間に変身(へんしん)できるし、食べ物や乗り物やお部屋を出したり、いろいろできるにゃ。リリも今日は恩返しの魔法を使えるにゃん」

「へぇ。すごいね」


 ペットホテルがペットボトル・ホテルになったり、ネコがお店の人になったりできるって、(たし)かにすごい魔法でしょう。


「リリはすごいにゃん」


 自慢(じまん)げにひげをぴんとさせると、リリはほのかをせき立てます。


「ほのかちゃん、もっと近づいて、(あな)をよく見るにゃ」


「こう?」


 ほのかはしっかりとのぞいてみます。すると、どうでしょう。

 穴はふくらむように、どんどんどんどん大きくなっていきます。


 あっという間に、体が通れるくらいに広がっていました。


「あれれ、ペットボトルが大きくなっちゃった」


 ほのかはおどろいて、後ろを振り返ります。すると、二ひきのネコが自分と同じ大きさになっていることに気づきました。


「あれ、リリとミーもちょっと大きくなったのね」


 立ちあがっても、ネコたちはほのかの背丈(せたけ)の半分もありませんでした。それなのに、今はほとんど同じ高さにまでなっているのです。


 リリもミーも目を(ほそ)めて、くすくすと笑いながら答えました。


「小さくにゃったにゃ」

「小さくにゃ」


「小さく?」


 どういうことなのか、ほのかにはよく理解できません。


「それより、どうぞ奥に入ってにゃ」

「どうぞにゃ」


 せかされて、ほのかはペットボトルの口の部分へ(のぼ)ると、そのままくぐり()けていきました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] きゃー。とっても素敵なお話! 最初から引き込まれました♡ 小学3~4年生の教科書で、こういうお話を読みたい~♪ 絵本でもいいし、挿絵でもいい! 可愛い童話♪ 自分の子に読ませたいお話…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ