Mao 7. 理事長とお話
「それでななのヤツがなぁ...」
「もう!その話はやめてったら!!」
「ふふふ」
「ほら!ゆみちゃんが笑ってる!」
「良かったじゃないか。ゆみに笑ってもらえて」
「そ、それは関係ないったらぁ!」
ゆみちゃんとすずちゃんとななちゃんが会話をしている。
何か、以前よりもずっと打ち解けている気がした。
(なんか楽しい!これもまおちゃんのおかげかな...)
ゆみちゃんがそんなことを考えていると、
「常春さん。理事長がお呼びよ!その子と一緒に理事長室に行ってね!」
教室に入ってきた志木先生に声をかけられた。
「じゃあ、私、行ってくる!行こ!まおちゃん!」
「うむ。よく分からぬがついていってやろう!」
そう言いながら二人は教室を後にする。
「では朝礼を始めますよ!みんな自分の席に着いてね!」
志木先生がそう言うと、生徒たちはおのおの自分の席に着いていった。
そして理事長室へと向かって、二人は手を繋いで歩いていく。
(こうやって二人で歩くのもこれが最後かな...)
ゆみちゃんは少しセンチな気持ちになっていた。
(ううん!喜ばなきゃ!まおちゃんもより良い環境で育った方がきっと幸せになれるわ!)
ゆみちゃんは気持ちを切り替える。
(まだ、会ってちょうど一日くらいなのよね...でもいろんなことがあった気がする...)
いつしか、ゆみちゃんは今までの事を思い返していた。
(まおちゃんが初めてうちに入ってきたときは驚いたなぁ!...あの時、私、下着をつけてなくて...)
その時の事を思い出すだけで赤くなってしまう。
(可愛い子だなぁ...って思ったけど、いきなり『しもべにしてやる』なんて、その後も訳分からないことばっかり言って困ったなぁ...)
あの時は困惑したが、今となってはいい思い出だ。
(いきなりTシャツごしに胸を見られたときは恥ずかしかったけど...純粋に『美しい』って言ってくれてなんかちょっとうれしかった...そんなまっすぐな気持ちで見られたことなかったから...)
ゆみちゃんは恥ずかしさとうれしさが混ざった複雑な感情だったことを思い出す。
(その後、名前を聞いたけど、『魔王』って言うだけだったなぁ...結局、『まおちゃん』って勝手にあだ名つけちゃった...)
今は普通に口にしているその言葉がなんだか新鮮に思えてくる。
(その後、境遇を聞いて...まさか両親を殺されて一人ぼっちだなんて...お金持ちなのにそんな辛い体験をしていたなんて...)
ふと、まおちゃんの横顔を見る。なんだか楽しそうだ。とてもそんな経験をしてきたとは思えない。それが余計にゆみちゃんの心を抉った。
(その後、下着について教えてあげたっけ。まさかセレブは下着をつけないだなんて...世の中には私の知らないことがたくさんあるのね!)
ゆみちゃんの勘違いはまだ、直っていない。一生、そういう目でセレブを見続けるのだろうか...
(でも下着の大切さを分かってもらえて良かった!...ちょっと勘違いしてるっぽいけど、思春期になるとさすがに分かるようになるよね!)
さっきから下着の話が多いが、そればっかりだったのだから仕方がない。
(その後、なんとか出ていってもらおうとしたけど...まさか警察にトラウマがあったなんて...でも仕様がないよね!庶民とお金持ちのコミュニケーションって難しいなぁ...)
そういう問題ではない気もするが、ゆみちゃんの中ではそれで理屈が通っていた。
(あっ!それと頭がすごくいいんだった!いきなり高校の参考書を解いた時は驚いたなぁ...もしかして私より...いやいやさすがに...でも私が苦労した問題も頭の中だけで解いてたし...)
ゆみちゃんは成績には自信があったので、子供相手とはいえ、ちょっと対抗心に駆られる。
(そして寝る時にも苦労したっけ...まさかパジャマを知らないなんて!噂では『寝る時は何も着ない』って聞いてたけど、まさか外出着で寝ようとするなんて...)
またセレブに対する誤った認識が語られる。しかし、オシャレな服で寝ようとしたまおちゃんの方が常識外れかもしれない...元々、常識などなかったが...
(そ、その時、まおちゃんの顔に...イ、イヤな思いしてないよね!特に何も感じてなさそうだったし...)
また、恥ずかしい思い出が頭をよぎる。
(まおちゃんと会ってから、恥ずかしいことばっかり!でも不思議とイヤじゃなかったなぁ...実は私...ってそんな訳ないじゃない!!)
ゆみちゃんは頭に浮かんだとある考えを否定する。これが合っていたとしたら、明日から恥ずかしくて、外に出られなくなるだろう。
(そして、今日、理事長に相談するために、この学校に連れてきた...)
理事長室が遠くに見えてきた。まおちゃんといられるのもあと少しだ。
(最後に、すずちゃんとななちゃんにも紹介しちゃったなぁ...二人とも喜んでくれて...ななちゃんの胸を凝視したときは焦ったけど、怒ってなかったみたいだし...)
四人で話した楽しい時間はほんの数分間の事だ。しかし、とても長い間だった気がする。
(すずちゃんとななちゃんとも仲良くなれた気がした...最後にそんなお土産までくれるなんて...)
理事長室の前に着いた。ゆみちゃんの足が止まる。
(ありがとう!まおちゃん!お金持ちの家にもらわれて幸せになってね!)
心の中でまおちゃんの幸せを祈る。
(それと...まおちゃんと一緒の時間はとても楽しかったよ!!...でもパーティはもうすぐ終わり...またいつもの日常が始まるだけ...うん。そうだよ!さあ、行こう!まおちゃんの幸せな未来に!!)
ゆみちゃんは理事長室のドアをノックした。
「常春優美です」
「お入りなさい」
中から優雅な声が聞こえる。
「失礼します」
ゆみちゃんは理事長室のドアを開けた。
理事長室の中では理事長が立って出迎えていた。それだけで謙虚な人物であることが分かる。
髪をアップにして、眼鏡をかけている。服装は落ち着いたフォーマルドレスだ。上流階級の鏡のような装いだった。
「1-Aの常春優美です。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」
ゆみちゃんは一礼するとそう口にする。
「まあ、その子が...確かに普通ではなさそうですね。とりあえず落ち着きましょうか。ソファにお座りなさい」
理事長はまおちゃんに何かを感じたようだ。
ゆみちゃんはまおちゃんと共にソファまで歩き、一言、
「失礼します」
と言った後、まおちゃんに言う。
「そこに座りましょう!」
「うむ!」
まおちゃんの言葉遣いに思うところはあったが、子供なので許してくれるだろう。
ゆみちゃんはまおちゃんに続いて、ソファに腰掛けた。
それを見て、理事長は対面に座る。
見ると、テーブルの上にはお菓子が用意してあった。
「どうぞ、ご自由に」
と理事長が言う。
「良い心がけじゃ!」
そう言いながら早速、まおちゃんがお菓子を食べる。
「こらっ!」
ゆみちゃんが無作法を叱るが、理事長が優しく言った。
「いいのですよ。子供だと聞いて、リラックスさせるために用意したものです。常春さんもどうぞ」
そこまで言われると食べないわけにはいかない。
「では、失礼して...」
ゆみちゃんも一つ、手に取って食べる。
「美味しい!!」
こんな美味しいお菓子を食べるのはゆみちゃんにとって、初めてだった。多分、高級なお菓子なのだろう。
「うまい!うまい!」
まおちゃんも夢中で食べている。
そして、皆がリラックスした頃、
「それで話というのは」
と理事長が切り出した。
「はい。実は...」
ゆみちゃんは説明しようとしたが、ふと考える。
(ここはまおちゃん自身に話してもらった方がいいんじゃないかしら...私、お金持ちの生態には詳しくないし、勘違いしていることもあるかもしれない...)
そう思ったゆみちゃんはまおちゃんに話しかける。
「まおちゃん。まおちゃんに起こった事、自分で話してみてくれるかしら。出来る?」
「それは構わんが、余計な事は言うなと言ったではないか!」
まおちゃんが言う。
「理事長にはいいのよ。本当の事を知ってもらわないと、適切な援助を受けられないわ!」
「ふむ。そういう事なら話してやろう...」
ゆみちゃんにそう言われて、まおちゃんは自分の身に起こったことを話し始めた。
自分は『魔王』であること。先代の魔王が勇者に倒され、自分が後を継いだこと。
主だった眷属は全て勇者に掃討され、残りの者もバラバラに逃げ出してしまったこと。
仕方なく、使い魔と共に、放浪の旅に出て再興の為に力を蓄えていること。
そしてこの地で『ゆみ』というしもべを得たこと。
ゆみは抜群のプロポーションで、将来、自分もそうなりたいということ。
『下着』という素晴らしいアイテムを教えてもらったこと。
ゆみは自宅では下着をつけていなかったということ。
学校というみんなで勉強をする面白そうな場所があるということ。
「そして、妾はゆみと共に学校生活を送る為にここに来たのじゃ...」
まおちゃんの身の上話が終わった。
ゆみちゃんは何度も話を止めようと思った。
しかし、お金持ちの言葉にはゆみちゃんの知らない意味が隠されている可能性がある。
とても恥ずかしかったがなんとか耐えた。
そっと、理事長の様子を窺う。
窺うといっても目を合わせられない。家で下着をつけていないなど恥ずかしすぎる。
理事長はセレブなので、特になんとも思っていない可能性は高いが、それでも思春期の女の子にとっては耐えがたいことであった。
「な、なんということでしょう!!!」
理事長が驚愕の声を上げた。
(何?何に反応したの?まさか、私が家で下着をつけていなかったこと??)
ゆみちゃんは次の言葉をドキドキしながら待つ。
「素晴らしいですわ!!まさか、魔王様にお会いできる日が来るなんて!!」
「えっっ!!」
予想外の言葉に思わず理事長の顔を見ると、その目はキラキラ輝いていた...