Mao 5. パジャマは防具ではありません
「おお!これはうまいのぉ!!なんというのじゃ?」
昼ご飯は機械的に食べていたまおちゃんが、感動の声を上げる。
「ふふふ。これは『卵焼き』っていうのよ!お砂糖、たくさん入れたから甘くて美味しいでしょう」
今日の夕飯は、ご飯と具のないみそ汁。おかずに野菜炒めと卵焼きが出ていた。
本当は野菜炒めだけにするつもりだったが、まおちゃんが警察の話で落ち込んでいたので、特別に卵焼きも焼いた。
味付けは子供が喜ぶ、甘甘風味だ。
「ふむ。『卵焼き』か!気に入ったぞ!これからもたまに作るがよい!」
まおちゃんはすっかり元気を取り戻したようだ。
(これからか...多分、ないと思うけど...)
「そうね。そうなったらいいわね」
ゆみちゃんは今日はこれ以上、この話はしないことにした。
「夜も『勉強』とやらをするのか?」
まおちゃんが聞いてくる。
「うん。もうちょっとだけやっておこうかな!」
ゆみちゃんがそう言うと、
「ゆみは勉強が好きじゃのう!そんなに楽しいか?」
「う~~~ん。成績下がったら、学費払えないから学校やめなくちゃいけなくなっちゃうし、将来のことを考えると、ね!」
「学校?!『学校』とはなんじゃ?!」
まおちゃんは学校に興味津々のようだ。
「みんなでお勉強をする所よ!」
(やっぱり、学校を知らない...ずっと、家庭教師だったのかな...)
「それは楽しそうじゃ!妾も学校に行きたい!!」
「そうよね...でも、その為には...」
ゆみちゃんの顔が暗くなる。
「何か必要なのか?必要なら用意するぞ!妾は大抵のことならできる!!」
「うん...その話はまた明日ね...」
「そうか。分かった。ゆみがそう言うなら明日まで待ってやろう!」
まおちゃんはゆみちゃんの顔色を見てなのかどうかは分からないが、大人しく納得をした。
(やっぱりそうよね。まおちゃんにも学校に行かせてあげないと!そのためにはやっぱり...)
ゆみちゃんはまおちゃんの為にも、ここに置いておくわけにはいかないと改めて思ったのだった...
そして夜も更け...
「それじゃ、もう寝ましょうか。私も明日は学校だし」
ゆみちゃんがテーブルを片付けながら言う。
「いいのう。ゆみは学校に行けて...」
まおちゃんはちょっと寂しそうだ。
「まおちゃんもそのうち行けるようになると思うよ!ただ、明日はお留守番しててね!」
「それは楽しみじゃのう!」
ゆみちゃんが言うと、まおちゃんは無邪気に笑った。
しかし、ゆみちゃんは何か寂しさのようなものを感じていた。
(やだ、なんでかしら...私も余計なことから解放されるし、まおちゃんも引受先が見つかるし、いいことだらけなのに...)
「それでどうやって寝るのじゃ?この床の上で雑魚寝か?」
まおちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「ああ、まおちゃんは布団を知らないのね!今から準備するから」
そう言うと、ゆみちゃんは自分用とお母さん用の布団を取り出し、二つ並べる。
「おお!『スリープ・オン・ザ・フロア』というヤツじゃな!妾は初めてじゃ!楽しみじゃのう!」
目を輝かせるまおちゃん。
(外人か!!)
ゆみちゃんは心の中で突っ込んでいた。
「あれ?そういえばみけは...」
ゆみちゃんはいつの間にかみけがいなくなっていることに気づいた。そういえば、昼以降、見た覚えがない。
「みけなら元に戻したぞ。必要ならまた召喚するが...」
まおちゃんが答える。
「えっ?!元に戻すって...」
ゆみちゃんは混乱するが、まおちゃんは何が不思議なのか分からないようだ。
(自由に外を歩き回ってるのかな...それで必要な時に呼び出すとか...ってどうやって??それにペットをそんな扱いしていいの??)
分からないことだらけだったが、これ以上、お金持ちの常識についていけないゆみちゃんはとりあえず、放置することにした。
(まあ、まおちゃんの様子だと、みけは大丈夫みたいね。そのうち理由も分かるでしょ)
それでいいのか?という気はするが、ゆみちゃんは布団を敷き終わるとまおちゃんの夜間着について考える。
「まおちゃんのパジャマどうしようか...」
すると、まおちゃんは、
「パジャマとはなんじゃ?」
と聞いてきた。
(そっか...寝る時は何もつけないんだっけ...)
ゆみちゃんはお金持ちに対する誤った認識をもとに赤面する。
「えっとね。まおちゃん家じゃ、どうだったか知らないけど、私たちは普通、寝る時はそれ用の服を着て寝るのよ!」
ゆみちゃんはまおちゃんに夜間着というものを説明する。
「なるほど!寝込みを襲われると危険じゃからな!それから身を守るための防具という訳か...」
まおちゃんは感心し、頷いていたが、
「ね、『寝込みを襲う』って...まおちゃん、どこで覚えたのかしら...おませさんなんだから!!」
ゆみちゃんは気まずそうな顔をする。
「妾もそのくらいは知っておる!それより早く見せてくれんか!どんな防具なのじゃ?!」
「もう!世間知らずに見えて、そんな所は進んでいるのね!」
そう言いながらゆみちゃんはタンスの奥を探していた。
「確か、この辺りに、昔の私のパジャマが...あった!」
ゆみちゃんがそう言うと、
「おおっ!」
まおちゃんが期待の声を上げる。
「あんまり可愛くないけど...」
そう言いながらゆみちゃんは古くなり、あちこちつぎはぎのあるパジャマを取り出した。
「あまり強そうではないのう。何か特別な効果があったりするのか?」
まおちゃんは期待外れといった口調でしゃべる。
「ゴメンね。うちにはこれしかないの。そのうち、買って...」
(ってそうじゃない!まおちゃんはそれなりの家か施設に引き取ってもらうんだから!!)
ゆみちゃんがふと口から出た言葉に葛藤していると、まおちゃんが言った。
「それなら今、装備している防具の方がマシじゃ!妾はこのまま寝るぞ!」
とそのまま布団に潜り込もうとする。
「ダメよ!せっかくのいい服がしわになっちゃうわ!いいから着替えて!心配しなくても襲われたりしないから!!」
「しかし...」
ぐずるまおちゃんの服を脱がせて、着替えさせようとするが...
「こら!やめるのじゃ!これはこう見えて、高い防御力と、魔法耐性、それに様々な特殊攻撃に耐性を持つ...」
まおちゃんは難しい言葉を次々に並べていく。
(また、お金持ち言葉!でも、これだけは譲れない!)
「分かったから大人しくそれを脱ぎなさい!こっちのほうが断然、楽だから!」
そう言って、二人はしばらく取っ組み合う。
ゆみちゃんの服が乱れ、大事な所が見えそうになっている。
それでも、なおもまおちゃんの服を脱がそうと格闘していた。
「わっ!わっ!下着を顔に押し付けるな!」
まおちゃんがそう言うと、ゆみちゃんはやっとまおちゃんから離れた。
スカートを手で引っ張って、真っ赤な顔をしている。
「仕方ないのう...ゆみがそこまで言うのなら装備を外してやろう」
そう言うと、まおちゃんはやっと、手袋、ブーツ、ワンピースと脱いでいってくれた。そして、
「えいっ!」
そう言うと、脱いだ服は全てどこかに消えてしまった。
「えっ!!服は?!どこに行ったの??」
「アイテムボックスじゃが...」
ゆみちゃんの問いに、まおちゃんは『何を当たり前のことを』という表情で答える。
「・・・」
ゆみちゃんは頭を抱え込んでしまった。
(また、お金持ちの秘密が増えたわ!もう私の理解を超えてしまっている...もう、考えるのはやめましょう!)
ゆみちゃんはそう思うと、まおちゃんにパジャマを着せてあげた。
「ふむ。変な装備よのう...」
まおちゃんは退屈そうにその様子を眺めている。
「普通はこうなのよ!まおちゃんも覚えないとね!これから...」
(ってここで生活するわけじゃないのに...でも大金持ちの家に預けられるとは限らないわね!やっぱり知っとかないと!!)
ゆみちゃんはさっきから言い訳ばかりしている。やはり、まおちゃんと別れるのが寂しいのだろうか。
パジャマを着たまおちゃんはあちこち観察している。
「う~~む。やはり防御力が心配じゃな。じゃが、楽でゆっくり寝られそうじゃ。安全な場所ならこれでも良いかもの」
とそれなりに納得しているようであった。
(そっか...命を狙われてるんだから、身を守ることには敏感なんだ...)
そう思ったゆみちゃんは、
「大丈夫!ここでは私が守ってあげるから、心配ないよ!」
とまおちゃんを安心させるように言う。
「そなたに妾を守れるとは思えぬが...まあ、ここなら勇者も気づかぬじゃろう。たまには気を休めるか...」
そう言うと、大人しく布団に入った。
「おお!ベッドで寝るのは久し振りじゃ!やはり快適じゃのう!」
まおちゃんは気持ちよさそうに布団に顔を擦り付けた。
「良かった!」
ゆみちゃんはまおちゃんの様子を見て、自分までうれしくなってきた。
そして、電気を消し、自らも布団に入る。
「さあ、寝ましょ!」
そう言った時にはまおちゃんは既に寝息を立てていた。
「ふふ。よっぽど気を張っていたのね。そりゃそうか。命を狙われてるんだもんね...私が守って...やっぱりそんなの無理!誰かに相談しないと...」
そこでふと、学校の理事長が思い浮かぶ。
「そうだ!理事長は名家の出身だから、まおちゃんの言葉も分かるはず!それに慈善事業にも熱心と聞いているから、きっといい場所を探してくれるわ!」
ゆみちゃんはどうして今まで気づかなかったのだろうかと後悔する。
「よし!まおちゃん!明日は私と一緒に学校に行って、理事長にいい所を紹介してもらいましょ!」
聞いてないことを承知の上で独り言を言ったのだが、
「ゆみと一緒に学校...楽しみじゃのう...」
「えっ!!」
「スー、スー」
覗き込むと、やはりまおちゃんは寝息を立てていた。
「寝言か...」
ゆみちゃんはまおちゃんの幸せそうな寝顔を見てから自分も目を閉じるのだった。