Mao 2. 魔王の事情と使い魔
「そっか~~~。それでまおちゃんはどうしてここに来たの?」
「『まおちゃん』と呼ぶな~~~!!妾は偉大なる魔王様じゃぞ!もっと敬意を払え!!」
ボロアパートに住む女子高生、常春優美ことゆみちゃんは、いきなり現れた魔王ことまおちゃんに質問をしていた。
ちなみに『まおちゃん』というのはいくら名前を聞いても、『魔王』としか言わない為、ゆみちゃんが勝手につけたあだ名だ。
だが、当のまおちゃんはその呼び方が気に入らないらしく、口に出すと怒り出してしまう。
しかし、そんな様子も可愛らしくて、ゆみちゃんは思わず頬を緩めてしまう。
「まおちゃん、可愛い~~~!それで、お父さんとお母さんはどこにいるの?」
「くっ!マイペースなヤツじゃの。まあ、良い。先代の魔王は勇者によって滅ぼされてしもうた。よって、妾は一人ぼっちじゃ...」
まおちゃんが寂しそうに言う。
「えっ!!それって...」
ゆみちゃんは申し訳なさそうな顔をする。
「まあ、気にするな。遠い昔の話じゃ。おかげで妾は新しい魔王として覚醒することができた。成長した暁には、今度こそ世界を支配してみせようぞ!」
まおちゃんが得意気に言う。
「まおちゃん...」
ゆみちゃんはそれ以上、小さい子供に辛い思い出を聞くのは可哀想だと思い、まおちゃんの身の上を想像しだした。
(まおちゃんは多分、いいえ、間違いなく大金持ちの家に生まれた子供...)
ゆみちゃんがそう思うのには理由があった。
(お金持ちって、庶民は使わない言葉遣いをするらしいわ!...例えば、『おはよう』じゃなくて『ごきげんよう』とか...まおちゃんの言葉遣いもちょっと...というかかなり変!!)
ゆみちゃんのお金持ち像は多少、歪んでいた。
それに、まおちゃんの言葉遣いはむしろ、年配の人の言葉遣いに近い気がするが、ゆみちゃんはそれに気づいていないようだった。
(それと、着てる服!明らかに上質で新品だわ!しかも頭のアクセの手の込んでいること!こんなのお金がなきゃ、買えない!!)
普通の女子社員でも、服にお金を使っている人もいるので、それだけでお金持ちかというと断言できない気もするが、ゆみちゃんの経済事情からすると明らかに目の上の人であった。
(それに苦労してなさそうな顔に、物怖じしない態度!私たち貧乏人には他人の家に上がりこんで、堂々としているなんて無理!!)
そういうゆみちゃんも苦労してなさそうな顔だが、それは置いておこう。
物怖じしないのに、お金持ちかどうかは関係なさそうだが、お金にコンプレックスのあるゆみちゃんにはまおちゃんの態度がそう見えたようだ。
(そして、お金持ちは時々、訳の分からない単語を使う!...『サステナビリティ』とか『コンプライアンス』とか...まおちゃんも『結界』とか『温度耐性』とか訳の分からないことを言ってたわ!)
『サステナビリティ』とか『コンプライアンス』くらいは高校生なら知っておきなさい!っていうか学年トップなんでしょ?!
(そして、お金持ちの最大の特徴は、世間知らずということ!!まおちゃんは、和室に靴のまま入ってきたり、女の子がブラをつけてないのを見ても、変に思っていないようだった。明らかに世間知らず!!)
ゆみちゃんはお金持ちに対して、かなりの偏見を持っているようだった。まあ、お金とは縁のない生活をしてきたのでこうなってしまったのだろう。そこは同情に値する。
(ま、まあ、ブラをつけてないのに引かれなかったのは良かったけど...もし、下もつけてないって分かったら...ううん。余計なことは考えないの!わざわざスカートの中を覗くとは思えないし...)
そう思いながらも、ゆみちゃんは正座している両足をギュッと閉じる。
(と、とにかく、まおちゃんは全ての条件に当てはまる。よってまおちゃんは大金持ちである!!)
ゆみちゃんは得意の論理的思考で、まおちゃんを大金持ちに仕立て上げたのだった。
(後は、まおちゃんのご両親は『ゆうしゃ』という人に殺されちゃったらしいわね...どういうことかしら...)
まおちゃんが大金持ちなのは分かった(つもりだ)が、どうして、そんな裕福な家の主人が殺されるのだろうか。
(ま、まさか!噂でしか聞いたことがないけど、特権階級には派閥があるらしいわ!もしかしてその争いで...)
確かにそれなら納得できる。あくまで仮定が正しければだが...
(...お金持ちって『お金に不自由しなくて気楽だなぁ』って今まで思ってたけど、想像よりもずっと大変なのね...)
ゆみちゃんは初めてお金持ちに同情した。
(でも可哀想だけど私にできることはない...そうだ。お家を聞いて帰してあげないと!!)
そう思うと、ゆみちゃんが黙っているため暇そうに猫と遊んでいたまおちゃんに声をかけた。
「まおちゃんのお家はどこにあるの?」
するとまおちゃんは目を伏せ言った。
「妾の暮らしていた城は勇者の襲撃を恐れ、手放した。もう形も残っていないであろう...」
「ご、ごめんなさい!また、辛いこと話させて!!...そう。そうよね...ご両親の次は当然...」
「そうじゃ。それで妾は成長し、十分な力を手に入れるまで放浪の旅に出ておるのじゃ...」
「そ、そう...そうだったんだ...」
ゆみちゃんは自分の無神経な発言を反省すると共に、まおちゃんの境遇が自分の想像通りであることを確信した。
(お城で生活なんて、大金持ちの中の大金持ちね。それで敵対勢力の恨みを買って...戻ろうにも、お城は壊されちゃったみたいね...なんて酷いことを!まおちゃんはまだ子供なのに!!)
ゆみちゃんは憤慨しながらも対策を考える。
(そ、そうだ!お金持ちには、格闘技の達人で、家事全般なんでもできて、暗殺まで請け負う使用人がいると聞いたわ!!まおちゃんにも!)
相変わらず歪みに歪んだ認識だが、ゆみちゃんにとってお金持ちは想像上の生き物と同等の存在であるのである意味、仕方がない。
「まおちゃん!」
「な、なんじゃ!いきなり大声を出すな。みけが驚くではないか!」
ゆみちゃんは自分の名案に興奮しすぎたようだ。軽く反省する。
「ご、ごめん。あの、まおちゃんには使用人はいないの?一緒についてきてくれているとか...」
(そうよ!そうじゃなきゃ、今まで生活してこられない!お嬢様が何もなしで生きてこられたはずがないわ!)
ゆみちゃんは当然、『イエス』の返事がくると予想していた。そしてその予想はある意味、当たることになるのだが...
「『使用人』?なんじゃそれは。使い魔ならおるが...」
「そう!使い魔よ!それでその使い魔さんはどこに?」
(お金持ちは使用人を『使い魔』って呼ぶんだ...覚えとこ...)
食い気味に言うゆみちゃんに対し、まおちゃんは、
「今、目の前で妾に甘えているではないか。見えんのか?」
「えっっ!!」
ゆみちゃんは目をこすってよく見る。
しかし、まおちゃんの前には一匹の黒猫が戯れているだけだった。
「えっと...猫しか見えないんだけど...ってその猫、いつからいたの?!」
急に出現した猫に、驚くゆみちゃん。
「いや、少し前に召喚したのじゃが...気がついとらんだのか?」
まおちゃんは戸惑ったように言う。
「そ、そういえば、猫が見えていたような...って入ってきた時、猫なんていなかったよね?!」
「だから、召喚したと言っておるじゃろう。人の話を聞かんヤツじゃな」
まおちゃんは呆れ顔だ。
「・・・」
(よく考えるのよ!ゆみ!今、まおちゃんは『召喚』と言った。それがお金持ち言葉で何を意味するのか...)
ゆみちゃんは独特の思考回路を働かせ、現状を説明しようとする。
(...なんだ!簡単じゃない!この猫はドアの前にいたのよ。それで私が考え込んでる間に呼んだんだわ!まさに召喚ね!深く考えすぎちゃった...)
さらに『使い魔』という言葉の意味を考える。
(じゃあ、『使い魔』ってペットのこと?私は使用人って言ったんだけど...お金持ちには分からなかったのかしら?)
またしてもお金持ちとのコミュニケーションの難しさに直面するゆみちゃん。
(いえ、違うわ!もう使用人にも見捨てられたのよ...それを私が無神経に聞いたから、ペットの話にすり替えたんだわ...私...こんな小さい子に気を使わせて...)
勝手に反省したゆみちゃんはまおちゃんに優しく話しかける。
「可愛い使い魔ね!私も抱っこしていい?」
「こやつの名前は『みけ』じゃ。なかなか役に立つヤツじゃぞ!それ行け!みけ!!」
するとみけという黒猫がゆみちゃんに飛びかかる。
「おっと!!」
ゆみちゃんは、みけをしっかりキャッチしようと、胸に強く抱きしめる。
大きな胸がいいクッションになったようで、みけも気持ちよさそうな表情を見せる。
ゆみちゃんはみけを膝の上に乗せると、優しく撫でてあげる。
「ふふふ。みけちゃん、ふわふわで可愛い!」
(黒猫なのに『みけ』なのね...これもお金持ち言葉かしら...)
ゆみちゃんは漆黒の猫を見つめる。まるでまおちゃんの衣装を思わせる。そして、その目は金色に輝き、神秘さを感じさせた。
(なんか飲み込まれそう...ん??)
ゆみちゃんはスカートが捲れ上がっているのに気づく。みけが動き回ったようだ。
「ち、ちょっと!これ以上はダメ!!」
慌てて、みけを抱き上げ、スカートを直す。
「よいではないか、綺麗な足じゃ。見られて困ることもあるまい...それにしても、みけもゆみを気に入ったようじゃな」
と呑気に言うまおちゃんにゆみちゃんはつい、言ってしまった。
「私、今、下着をつけてないの!これ以上捲れ上がったら見えちゃうじゃない!!」
(はっっ!!)
後悔の渦にのまれるゆみちゃん。恐る恐る、まおちゃんの顔を見ると、固まっているのが見えた...