Mao 1. 押し売りはお断りです
「ピシャ~~~~ン!!!」
雷が近くに落ちる。
強い風と降りつける雨の中、怪しい影が、とある街に迫ろうとしていた。
「くっ、くっ、く。ここはなかなか良さそうな所ではないか。しばらくはここで力を蓄えるとするか。のぉ、我が使い魔よ!」
「ゴロゴロゴロ」
『使い魔』と呼ばれた影は喉を鳴らし、愉快そうな様子を見せていた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「はあ、良く晴れたわね!昨日は台風でボロ屋が揺れてどうなることかと思ったわ!さて、こんな日は洗濯、洗濯!」
ある日の朝、四畳半一間の、古いアパートで洗濯機に服を放り込んでいる少女が一人。
少女はかなりの美少女だ。アイドルだと言われても納得してしまう。
大きな目。すっと伸びた眉。唇はリップを塗っているわけではないのにピンク色に色づいている。
血色の良い頬に、すっと伸びた鼻。
髪は黒髪でサラサラだ。長く伸びた髪をポニーテールにまとめ、ゴムで縛っている。
身長は標準的だが、スタイルは抜群。
大きな胸にくびれた腰。ミニスカートから伸びる足は細く、余計な脂肪は一切、ついていない。
しかし、対照的に着ている服は貧乏くさい。
白無地のTシャツと、紺のミニスカートのみ。どちらもくたびれてしまっている。
スカートは中学生の時の制服のようだ。しかし、彼女はもう中学生ではないらしい。
なぜなら、部屋の中には高級そうなブレザーの制服が大事そうにかけられているからだ。
これが今の学校、おそらく高校、の制服だろう。
部屋を見回すと、あるのはタンス一つと小さなテーブルのみ。
壁の制服が浮いて見える。
押し入れもあるようで、布団などはここにしまっているのだろう。
タンスの上には小さな鏡が置かれている。これで身支度を整えているのだろうか?
水回りは台所と、冷蔵庫。それに一応、洗濯機がある。
トイレも部屋についているようだ。
しかし、それが部屋の全て。質素な生活をしているのが一目で分かる。
「・・・」
少女はおもむろにスカートに手を突っ込むと、スッと下着を下ろした。
見ると下着は白の綿のまとめ売り商品のようだ。お世辞にもオシャレとはいえない。
それもかなり使い込んでいるようで、汚れやほつれが目立っている。
「やっぱり、汚れてきてるわね。これも洗濯しないと...」
汚れに鼻を近づけると、一瞬、顔が歪む。
「うっ!...買い替えたいけど...そんなお金ないし...破れるまでは我慢かな...人には見られないようにしないと!」
そう言うと、下着をそのまま洗濯機に放り込んだ。
そのまま、洗濯機のスイッチを入れると、テーブルの前に座る。
畳の部屋なので正座をしている。
「ふう。できるだけ洗濯の回数を減らそうと思うと、こうなっちゃうのよね...まあ、私は下着、つけてない方が開放的で好きだけど!...って変態じゃないからね!人前じゃちゃんとつけてるし...」
誰もいないのに言い訳をする少女。みると大きく膨らんだ胸がTシャツからうっすら透けて見える。下着は...つけていない。どうやら、全ての下着を同時に洗っているようだった。
「まあ、どうせ誰も来ないし、乾くまでの我慢だわ!最悪、制服のジャケットで胸は隠せるし...でも制服は出来るだけ着たくないな...クリーニングは高いから...」
そう言うと、カバンから勉強道具を取り出す。
「さあ、家事も終わったし、勉強、勉強!!次のテストでも一位をキープしないと!学費免除の為!そしていい成績で大学に入って、奨学金をたくさんもらう為!!」
そう言うと、一心不乱に参考書に取り組み始めた。
少女が勉強に没頭していると、不意にドアが乱暴に叩かれた。
「ドン!ドン!ドン!」
少女は我に返る。
(えっ!お客さん??誰だろ?...居留守使っちゃおっかな...)
少女がそんな事を考えていると、
「早くここを開けよ!妾を誰だと思っておる。妾は魔王!不敬であるぞ!」
という、小さな女の子の声が聞こえてきた。
(魔王?一体、どういうこと?でも小さい女の子が??...そっか...『まよう』って言ったつもりなのか...じゃあ、迷子?それなら、入れてあげないと...でも、その前にジャケット!)
少女がそう思い、立ち上がった時、
「入るぞ!」
という声と共に、ドアが無理やり開けられた。
「キャ~~~!!」
少女が思わず悲鳴をあげ、両手で胸を隠す。
すると入って来た女の子は、
「なんじゃ、鍵がかかっておらんのか。不用心じゃな。まあ、鍵など妾の前では役に立たぬが...」
そう言うと、何事もないかのように少女のもとへと歩いてくる。ちなみに靴は脱いでいない。
そして、胸を隠し、うずくまる少女を見ると鷹揚に言い放った。
「そんなに怖がらなくてもよい!妾はむやみな殺生は行わぬ。安心するがよい!」
「そうじゃなくて、私、今、した...」
少女は何か言おうとしたが、赤くなって黙り込んでしまった。
「した?おお!なるほど!妾の偉大さに感銘し、素直にしたがう気になったか!良い心がけじゃ!そなたを妾のしもべにしてやろう!!」
「だから、どうしてそうなるの!とにかくジャケット着るからちょっと外に出てて!...って土足じゃない!!靴は玄関で脱ぐ!!」
少女は女の子のとんちんかんな返事に思わず、睨みつけ、強い口調で言う。
(しまった!こんな小さな女の子に...)
少女は女の子の姿を見て、自己嫌悪に陥る。
女の子は10才に満たないくらいの年齢に見える。
ただ、とても可愛い子で、将来は美人になると思われた。
くりっくりの大きな瞳に、子供らしい丸い顔。それでいて整っている。
真っ白な肌に血色のいい真っ赤な頬。目の色は綺麗なグレーだ。
髪は腰まで届きそうな程のブロンドのストレートヘアだ。髪質はとても美しい。
白人かハーフなのかもしれない。
子供体形だが、太りも痩せもせず、健康的な体つきだ。
身につけているのは全て漆黒の衣装。周りの光を吸い込んでいるかのような錯覚を覚えるほどの完璧な黒だ。
まず、頭には髪飾りをつけている。頭に冠るような細い輪っかで、美しい装飾が施されている。
体には大きなフリルの付いた丁寧に仕立てられたワンピース。裾が広がっていて、とても可愛らしい。
両手には肘まで届くシンプルな手袋。シルクのような滑らかさだ。
ワンピースの袖が肩までなので、二の腕が露わになっている。細く真っ白でとても美しい。衣装とのコントラストも抜群だ。
足に履いているのはロングブーツ。ワンピースの裾で見えないが、かなり長そうで膝下までありそうだった。
衣装の黒と肌の白。それに金に輝く髪が高度に調和し、それぞれの美しさも相まって、神々しさまで感じるような気品だ。
しかしそれ以上に見る者を魅了するのは、顔つきや小さな体から感じさせる可愛らしさ。小悪魔的なまでに見る者の母性本能を刺激した。
そんな女の子は少女の言葉に、怯んだ様子もなく、答える。
「靴は気にしなくてよい!結界で体を覆っておるから汚れはついておらぬ。というか、これも装備なので外すと防御力が下がるしの」
「結界???防御力???」
少女は頭が混乱して、女の子の言葉の意味が良く分からない。
しかし、女の子が歩いてきた畳の上を見ると、外はまだぬかるんでいるというのに、全く汚れていなかった。
未だ困惑している少女をよそに女の子は続ける。
「それになぜ、ジャケットを着る必要がある?今日はそんなに寒いかの?妾は温度耐性が高いので良く分からないのじゃ」
「温度耐性???」
次々に繰り出される訳の分からない単語に少女はつい、我を忘れてしまった。
「そういう事じゃなくて、これを見て何も思わないの!!」
大きな声でそう言うと、胸の透けているTシャツを見せつける。そして、また我に返り、羞恥心に襲われる。
「キャ~~~!!これは違うの~~!間違って全部洗っちゃって、代わりがなくて...」
少女はまた、胸を隠してしまった。
「おお!なんと美しい!妾も成長したらそのようなプロポーションになりたいものじゃ!秘訣を教えよ!!」
すると、女の子は目を輝かせ、少女を尊敬の目で見つめた。
(そっか、まだ小さな女の子なんだ...それなのに私ったら...)
何か急に羞恥心の薄れた少女は胸を隠すのを止めると、テーブルの向こう側を指差した。
「立ったままじゃなんでしょ。座ってゆっくりお話しましょう」
すると女の子が対面に座る。なぜか体育座りをしていた。
「椅子がないと座りにくいのぉ。まあ、良い。で、我がしもべよ。そなたの名前は?」
「『しもべ』って...まあ、いいわ。私は優美。常春優美よ!友達には『ゆみ』って呼ばれることが多いわ!」
「『ゆみ』か。良い名じゃ!妾のことは『魔王様』と呼ぶがよい!」
女の子は機嫌が良さそうに答えた。
これが、魔王と女子高生の奇妙なコンビのファーストコンタクトであった。