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無能なニートの復讐譚  作者: mobend
1/7

絶望。希望。絶望①

 『なんで⁉︎なんでお母さんが死なないといけないの⁉︎』

 大好きだった()()()を前にまだ幼い夏緒は必死に泣き叫ぶ。

 金属のような血の独特の香りが夏緒の鼻いっぱいに広がる。

 (気持ち悪い)

『夏緒、それはね、お母さんがお父さんと一緒になるためだよ』

 そう言ってずっと憧れだった父親は自ら母を刺し殺した包丁で自らの腹を何度も刺しだす。

 (誰か助けて)

『何…してるの…?お父さん…』

 目の前で何度も上がる血飛沫を前に夏緒は何もすることができず、ただひたすらに目の前で父親が人から肉の塊になるのを目の当たりにして恐怖で震えることしかできなかった。

 

 (こわいこわいこわいこわい)

 

 夏緒は後ろから抱きつく雪姉と共に震えるしかなかった。

 夏緒はいつもなら幸せの場所であるはずの雪姉の腕の中にいるのに全く震えが止まる気がしなかった。

 『やめて…もうやめてっ…!』

 そう夏緒の耳元で願うように雪姉は囁いた。

 

 ピピッ! ピピピッ!

 顔の近くでアラーム音が鳴り出すのを感じ、夏緒の意識は急に覚醒する。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 気分は最悪だった。

 寝ていただけなのに妙に疲れた気がする。

「なんでまたこの夢を見るかね。正直忘れたいってのに」

 心臓の鼓動は早いし、そこまで熱くないのに来ていた服は、汗でびっしょり濡れていた。

「正直何徹したか覚えてないけど、少なくとも三日ぶりの睡眠だってのに…

 いや、眠ってなかったからこそ悪夢を見たのか?」

 そんな悪態をつきながら夏緒はゆっくり息を整えて体の上にかかっているブランケットをどけて体を起こす。

 前を向くと嫌というほど見た自室が広がっている。

 大きなパソコンに大きなモニターにキーボード。それ以外にはベットぐらいしかない典型的なニートの部屋だ。

「ゲームでもして落ち着くかな

 …」

 

 樋口 夏緒は齢十八の大学受験真っ盛りという時期に若手の事業家である、姉の樋口 雪に養われるニート生活を送っていた。

 

 夏緒はいつものゲーミングチェアに座り、PCを起動する。そしていつもの『アトマス』と書かれたアプリを開く。

 ちなみに夏緒は【NO.HGT】というアカウントでやっている。ちなみに由来は名前の文字ごとのイニシャルをまんま当てはめただけだ。

 

 ニートということもあり、いろんなゲームをやり込み。

 最近ではこの流行り頭脳系のゲームとして名高い『アトマス』では配信日からやり込み、今だアジアサーバーで一位を他に譲ったことないほどやりこんでいた。

 なのでネットでは『触るな危険(アンタッチャブル)』なんて言われるほどそこそこ有名な廃ゲーマーだ。

 二つ名がつくほど有名なゲーマーなのだ。

 

 ピコンッ!

 夏緒はいつも通りソロで潜っていると大して使っていないスマホがなった。

 ちょうど一戦終わったとこだったのでスマホの画面を開く。

 【今日は十月の二十三日ですよ】

 そう淡白ながらも要件を的確に伝えてくる件名のメールを見て夏緒の顔はたちまち青ざめる。

「やば、忘れてた…」

 急いでスマホの日付画面を見ると件名通り十月の二十三日と記されていた。

 

 二ヶ月に一度は必ず一緒にご飯を食べること!

 これは雪姉が夏緒が引きこもる時に決めた決まり事だった。

 それはおそらく何も約束しなかったら本当に家から出ないであろう夏緒を案じた雪姉の引きこもる時につけた約束の一つである。


「このままだと遅れそうだな…」

 

 俺は現実を悟った俺は改めて急いで準備を始める。

 夏緒は精神安定剤としてやっていたゲームを急いで閉じ、散らかった部屋の物の中から上着とウエストポーチを取り出す。

 そしてウエストポーチの中に財布とあとは特に入れるものもなかったので、適当に持ち運べる携帯型ゲーム機を急いで入れて外へ出た。

 いつも通り駅前に六時半に待ち合わせなのだが、もう六時を回っていた。

 外はもう十月のということもあり、まだ六時だというのにだいぶ暗くなっていた。

 夏緒にしても雪姉と会うとき以外外にほとんど出ないので、実質二ヶ月ぶりのシャバの空気ということだ。

 そんなことを思い、少し新鮮な空気を体に取り込みつつ、急いでいつもの待ち合わせの場所に向かった。

 

「おっ 来たねぇ。」

「おう」


 夏緒が約束の場所に着くともうすでに雪姉はすでについていた。急いだ結果、なんだかんだでピッタリくらいについたのだが、雪姉は察するにもっと早い時間から余裕を持ってきていたようだ。


「じゃあ、行こっか」

「おう」


 俺たちはいつもご飯を食べに行く店に向かって歩き出す。

 

 夏緒と雪姉は四歳差で同時小学五年で両親がいなくなってから、精神的に不安定になった俺を高校を辞めてまで、一番近くで支えながら守ってくれたのが雪姉だった。

 常に笑顔で夏緒の味方でいてくれて、今も夏緒が生きているのは雪姉がいたからと言っても過言ではない。

 

「夏緒はさぁ、なんかさぁ、なりたいものとか興味ある職業とかはないの?」

「特にないな。あるとしたら姉に養ってもらってるニート生活かな」

「そっかーお姉ちゃん悲しいなぁ

 夏緒は本気出せばきっと私よりもっとすごいことができるはずなのにー」

「現役で国公立の医大に主席合格したお方はお世辞もうまいようで」

「お世辞じゃないよー。本気でそう思ってるんだよ。わかってる?昔だってすごい頭良かったじゃん!大して勉強してないのにいっつも成績上位だったじゃん!」

「そりゃあ、ありがとうございます」

 そんなことを言いながら、二人で歩く時間が夏緒は好きだ。

「本当だよ〜」

 そうなことを言うと雪姉の顔がすごし暗くなり、一言ぼぞっと呟く。

「…きっと母さんもそう思ってるよ」

「お姉ちゃんその話は…」

 俺は咄嗟に姉の腕を掴み、首を振った。

「ごっ!ごめん!お姉ちゃんが悪かったから!」

 そう言って謝った雪姉の顔は笑っていたが、明らかに無理をして笑顔を作っていた。

 

「夏緒もこんなに大きくなっちゃってさぁ」

 そうなことを言いながら雪姉は手を上に上げて夏緒の頭を撫でるように触った。

「なんだよ?俺だってもう十八歳なんだし、そろそろ子供扱いすんのやめろよ」

 そう言って俺は撫でてきた手をどける。

「あれれ〜?夏緒くんは誰のおかげで引きこもれてるのかなぁ?」

「うっ!それを言われると何も言えない」

「まぁそれくらい成長してくれてお姉ちゃんは嬉しいんですよ。

 まぁもうちょい社会に馴染めてるとお姉ちゃんもっと嬉しかったんだけどねぇ」

「へぇへえ、そりゃすみませんでした」

 そうなふうにそっけなく返しながら夏緒は信号が赤から青に変わった横断歩道を渡り出す。

 この横断歩道を通ればいつもの食事屋さんはすぐそこだ。

 

 (ニートの俺にとって雪姉といる時が一番落ち着くし、自分はまだ大丈夫って思える時間なんだよな)

 夏緒はそんなことを思いつつ姉の隣を歩く。

 すると、夏緒は横からものすごい光がものすごいスピードで突っ込んでくるのを感じる。

 俺が咄嗟にそっちを見た時には時遅く、何度も見たが、常に笑顔だった姉の初めて見る焦った顔。

 そしてその奥から眩い光が照らしている。

 

「夏緒!」

 

 そう言って姉が叫ぶのと同時に姉の手が俺の上半身に向けて押し出される。

 世界が反転する。 

 急に上半身を押される感覚がしたと思ったら同時に

 バン!!

 という何かと何かの凄まじい衝突音が響く。

 夏緒は地面に倒れ込んだが、その音が聞こえた途端咄嗟に音のなった後方の方に振り向く。

 そこで真っ先に目に入ったのは夏緒にとってこの世で唯一の家族であり、恩人であった姉が赤い液体を地面に広げながら転がる姿だった。

 

「は?」

 

 (理解が追いつかない。

 意味がわからない)

 さっきまで気にもならなかった心臓の鼓動が激しく波打つ。それがうるさくて仕方ない。

 夏緒は咄嗟に雪姉のそばにより、その体を起こす。

 身体自体はまだほんのり暖かいが、それ以上に体からダラダラと出てくる血が止まらない。

「おいっ!雪姉!雪姉ぇ!起きろ!」

 身体中あざだらけで血がダラダラ漏れ出る姉に向かって叫び続ける。

 もはや冷静に考える余裕などとっくのとうになかった。

 どれだけ揺らしても自ら全く動かない身体を前に自分の中で本能的に結論が出る。

 雪姉はもう助からない。と

 (認めない!認めたくない!そんな結論なんて俺が認めないっ!)

 夏緒は必死に自分に言い聞かせるがその現実にもう脳が結論を出してしまっていた。

「あ、あぁ、あぁぁ!」


 夏緒が理解が追いつかない状況に悶えていると、ずっと動かなかったら姉の目が薄く開く。そして赤く染まった手をこちらに向ける。

 

「よかっ………た………」

 

 そこで姉はまたもや動かなくなった。

「ぅぁ…ぁぁぁあアァぁ!!」


 そこからはもうほとんど記憶にないままことが進んだ。

 見ていた人が救急車を呼んでくれたらしく、数分後には救急車が来たが、その時にはもう姉は冷たくなりかけていた。

 それでもまだ微弱ながら脈はあるらしく一応のため病院に運ばれることになったが、医者曰くおそらく無理だと言われた。


 夏緒は姉の病室のガラス張りのところから機械に囲まれた姉の顔を眺めていた。

 顔も見えないほど機械だらけの部屋はさっきまでピンピンしていた姉が寝ているとは思えないほど物々しかった。

 夏緒は長椅子に座り、気持ちの整理をする。

 

 (また…失った…)

 夏緒はゆっくり目を瞑ると七年前の母の最後の姿と姉のさっきの姿がぐるぐると目の前で回っているのを感じる。

「クソッ!クソックソッ!」

 夏緒はそれを払うように声を荒げたが、それでもやはり二人の凄惨な姿が脳裏に浮かんで仕方なかった。


 いつしか夏緒はニート生活のゲーム続きで不足していた睡眠時間に加えてこんな事件があった疲れで瞼がだんだん重くなってきた。

 沈んでいく意識の中で夏緒の脳は走馬灯のように幸せだった頃の記憶が蘇る。

 幸せな家族の時間。

 それは父親によって一夜で壊された家族の形だった。。

 

 

 夏緒は何かオレンジ色のような暖かい光が顔に、主に目に当たっているのを感じた瞳をゆっくり開けると、さっきまで見ていた姉の病室前とは全く違う空間が目の前に現れる。

 まるで雲の中のような鮮やかな色をした果ての見えない空間だった。

 どう見ても病院ではない場所だった。

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