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着々と

 ヴェロニカの記憶を思い出して半月が過ぎていた。

 十二年前と今の違い、公爵家と男爵家の違い、そういったものが目についてしまうことが多かったけど、その感覚の差にも馴染んだように思う。

 前世を思い出したきっかけがかつら……ではなくラーシュ殿下だっただけに、余程王家に思う所があったのかと少し考えてみたけど、私自身としては特にどうしたいということは思い浮かばなかった。そもそも貴族令嬢と言っても、男爵家の娘がそうそう王族に会うことなんてないし。


 いや、ラーシュ殿下には会っちゃったけど……平民のラッセだからノーカウントってことにしておきたい。


 十歳だから外には出られるけど、今はもう目の前に迫ったお父様の誕生日パーティーの準備が進んでいることもあって、お茶会に出かけるなんてこともない。すると王族どころか同年代の貴族令嬢と会うこともないのよね。以前参加したのも、片手で数えられるぐらいだ。お茶会に参加するのだってドレスが必要なのだ。

 毎日のようにあちこち呼ばれていたヴェロニカの方が異常だったのだ。


 そう考えると、アンナさんの存在はだいぶ突飛なものだったのだな、と改めて実感する。男爵家でかつ庶子だったというのに、レオナルド様をはじめとした高位の子息たちと交流を持ち続けられたのだから。

 学園に通い始めたら今の私でも可能なのか? と考えてみた時に、たくさんの男子生徒に囲まれている自分なんてまるでイメージできない。

 ヴェロニカは自由に生きたかったと最期に言い残した。でも、欲する自由はそんなものじゃない。


「お姉様?」


 そう、今欲するのは、この可愛い声が曇らないことよ! ダニエルに心配そうな声を出させたのは誰? え、私?


「お姉様、大丈夫?」


 思考の海に沈む内に顔までうつむいてしまっていた。ダニエルの覗き込むような顔を、今すぐ抱きしめたくなるけど、驚かせちゃうから我慢!


「ええ、大丈夫よ。それよりもう書き終わったの?」


「ううん、まだだよ」


 今は、お父様の誕生日に渡す手紙を一緒に書いている。語学を習い始めてまだ間もないダニエルは、ちょっと不安だったらしく、そばで見てあげることにしたのだ。

 まぁ、私も十歳だし、周囲から見たら子供二人で遊んでいるように見えるかもしれない。ヴェロニカの記憶があるから、国家間のやり取りもできるくらいに書き慣れているんだけどね。ダニエルの教師のやる気を折ってしまわないようには気をつけないと……。

 というか私の文章、硬過ぎ? 十歳らしくない?


「むむ……」


 思わずうなってしまう。


「やっぱり体調悪い?」


「大丈夫よ!」


 いけない。またダニエルを心配させちゃったわ。本当に優しい子ね。


「ダニエルの方こそ大丈夫? あまり書いていないみたいだけど」


「改めて書くと、ちょっと恥ずかしくて……」


 天使かな? 照れる顔も可愛すぎる。こんなに可愛いダニエルが着飾ったら、どうなっちゃうのかしら!


「お父様に普段口では伝えられない感謝の気持ちを書けばいいのよ」


 ニヤニヤ、ではなくにっこり笑みを浮かべて提案する。


「うん、頑張る!」


 そう意気込んだダニエルの前に、お菓子が追加される。嵩が減っていたクッキーが、山盛りになる。お皿から顔を上げれば、マルクスの微笑みがある。黒髪と控えめな表情が相まって、とても落ち着きを感じる。しかし、私には分かる。マルクスもダニエルの可愛さにハートを撃ち抜かれた一人だ!

 同志を見つけたみたいで、何だか嬉しい。同志がダニエルの専属執事なのだから、こんなに心強いことはない。


 あら? 何だかマーヤの表情が……少し悔しそう? 分かったわ。マーヤも同志に入りたいのね。


「マーヤもこちらにいらっしゃいな」


 相変わらず音もなく近づいたマーヤに同志の証としてクッキーをあげようとしたら、その前に更にクッキーの山が大きくなった。


「次は出遅れませんのでご容赦ください」


 んん? 何か思った反応と違うわ。というか今どこからクッキーを出したの? 思わずポットなどが載っているワゴンと見比べてしまう。だいぶ距離はあるはずなんだけど……。

 専属侍女独自の技があるのかもしれない。


「マーヤとマルクスも一緒に食べましょう」


「いえ、仕事中ですので」


「あら、ダニエルと二人じゃこんなに食べられないわ」


 マーヤは困った顔をする。主人の子供たちと一緒のテーブルにつくことができないのは分かる。でも、今は同志なのだから。


「ダニエルも一緒に食べたいよね?」


「うん!」


 素直なダニエルの返事に、再び撃ち抜かれたらしいマルクスが先に陥落した。


「感謝致します」


「ええ、どんどん食べて?」


 ふんわりと微笑めば、マーヤも今回限りと折れてくれた。

 和やかだ。節度を保ちつつも距離が近いのは男爵家だからか、オリアン家だからか。食事は、王家の時は半ば処刑宣告の時間になっていたし、公爵家でも厳格にされていた。マナーとしてはダメでも、私はオリアン家の方がいいな、と思う。


「ねぇ、お姉様、明日プレゼント受け取りにいくんだよね?」


 手紙にも一段落ついたダニエルが、思い出したように尋ねてくる。


「そうね。今朝、仕上がりの手紙が届いていたから」


「僕も見てみたかったな」


 ちょっと拗ねたような顔も可愛い。一緒に選んだプレゼントなんだから確認したいよね。大丈夫、お姉様は分かっています!


「ダニエル、ラッピングは二人でしましょう?」


「え?」


「マーヤとマルクスが包装に必要なものを用意してくれたのよ?」


「じゃあ、渡す前に見られるの?」


「もちろんよ!」


 ダニエルは満面の笑顔になった。マルクスは落ち着いた表情を維持できずに口元を抑えた。マーヤは何かを悟ったように頷いていた。

 ヴェロニカの望んだ自由は、きっとこんなふうに温かいもののはずだ。オリアン家で過ごす中でヴェロニカの記憶が、魂が癒されたら、そこからカロリーナの本当の人生が始まる気がする。

 何一つ根拠なんてないのに、胸の底に確信があった。

 まずはお父様の誕生日パーティーを楽しい思い出にしよう。

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