瞳は語る
騎士としての力量を見極める慧眼。
はっきりと言ってしまえば、私にそんなものはない。私自身に武の心得はない。一応、護身のようなものは習ったけど、淑女の範囲を超えるものじゃない。基本、いかに護衛に身を任せ、危険から逃げられるかというものだ。そこは私もヴェロニカも変わらない。
行動を共にできる者と言えば、女性のダール以外の二人だと、難しい場面も多くなるわね。
かと言って平民出身の二人を雇う権限が、カールソン様にあるのかと言うと微妙かもしれない。ご両親との関係が良好とは言い難い様子だったし。
「どうしたものかしら?」
公爵令嬢であったなら、身辺調査を徹底的にした上でだけど、私の一存で雇うこともできたかもしれないけど……。男爵令嬢では、そんな予算、持っていないわ。
「とりあえず、訓練の様子を見てから考えましょう?」
カールソン様は、困り眉で提案してくる。
「そうですわね」
頷いた私の足は、屋外訓練場へと向かっている。
構内の施設でも離れた所にあるため、貴族クラスだと普段はなかなか目にすることがない場所だ。けれど、騎士クラスにとっては馴染み深い場所なのだろう。剣戟に加えて怒声にも似た声が、屋外訓練場に近づくほどに大きくなる。休日で利用者が多いことに加えて、武術大会を控えているから尚のこと気合が入っているのかもしれない。
屋外訓練場は観戦にも対応しているようで、闘技場のようにぐるりと座席に囲われている。ヴェロニカの頃にも訪れる機会のなかった場所なので、物珍しい気分になる。土埃が舞う施設は、貴族だと訪れるのを敬遠する人も多いかもね。騎士を目指す三男や四男だと馴染み深いかもしれないけど、少なくともレオナルド様が訪ねることはなかったわね。
「すごい気迫ですね」
カールソン様は座席に腰掛けながらも、視線は訓練する学生たちに向いている。
「ダール達はどこかしら」
各々が訓練しているため動きに統一性はなく、ごちゃごちゃして見えるわ。他の人も訓練している場所なら三人の実力も分かるかしら? なんて思って来てみたけど、それ以前に見つからないかも。
「あ、端の方にいますね」
「端の方?」
言われて視線を向けてみる。あ、他の生徒に隠れる位置にいたのね。
……三人だけなのかしら。もう一人いた方が組手としては良いような? ダールは女性だけど騎士爵家だけあって、三人の中ではリーダー格だ。でも男女三人で訓練するのは、パワーバランスも微妙なように思えるのよ。素人目だから見当外れだろうか。
「何だか遠巻きにされているのでしょうか」
カールソン様の疑問に改めて周囲をよく見てみる。
うん、剣術の訓練をしているのだから距離を空けているのかと思ったけど、違うわね。他の学生は合間に会話をしている様子がある。だけど、ダール、オーバリ、バーリの三人は他の誰とも話さないし、訓練相手を交代する様子もない。その癖、周りがちらちらと気にしている様子がある。端の方にいるのは、その視線を少しでも減らすためなのかも。
ノアから聞いた話も大袈裟ではないのだと実感する。この数日、周囲の様子にも気を配ってみたけど、赤薔薇の話も確かに聞こえてきた。廊下で言われた星が秘す赤薔薇の君は、校外学習を経て真実味のある噂になってしまったようだ。
「本当に、どうしたものかしらね」
「……父に手紙を出してみたのですが、さすがに一年目での判断は浅慮と思われたようで」
ぽつりとカールソン様が意外なことを告げる。いえ、男爵家当主としての言なら順当と言えると思うけど。
「手紙は頻繁にされるのですか?」
「あ、入学して初めて出しました。やっぱり唐突だとダメですよね」
確かに有望な騎士を囲うにしても根回しは必要だろう。
でも、私が驚いたのはカールソン様から家族と交流を持とうとしたことだ。カールソン様の顔を見れば、ご両親の懸念も分からないわけではない。躊躇う気持ちも。けれども、だからといって何の罪もない子供の心に傷をつけて良いわけじゃない。そんな親に手紙を書く勇気を出したカールソン様は、前髪を切ったことで内面も変わり始めているのかもしれない。
「そうね。武術大会で良い成績を残せば反応も変わるでしょうけど」
「そのためには武具を用意した方が良いのでしょうか」
「それは、正式に後見になってからでしょうね」
今のタイミングで用意してしまえば、三人の将来を本当に狭めてしまう。
それにダールはもちろんだけど、平民のオーバリとバーリも入学祝いとして武具を家族からもらっているそうだから、今すぐには必要ないだろう。平民が用意できるものなので、品質はそれ相応のものらしいけど、私自身は良し悪しなんて分からないから何とも言えない。
つまり、三人はサポートではなく、将来の約束を求めて昼餐の場を持ったというわけだ。
責任、その言葉を両肩に感じた時、そばで足音がした。
「カロリーナ嬢?」
陽光にプラチナブロンドがきらめく。ラッセがきょとんとした顔を向けていた。
私とカールソン様は慌てて立ち上がり、礼をとった。
「かしこまる必要はないよ?」
「ありがとうございます」
笑みを返したものの、ちょっと引きつっていたかもしれない。
何せラッセだけでなく、アルフォンス様とヴィンセント様も一緒にいるのだ。ソールバルグ様はさすがにいないけれど、代わりに公爵家の令息がいるのだ。学生たちの目も多い屋外訓練場で!
ダール達は、もう引き取る道しかないのかもしれない。
「ラーシュ様も見学ですか?」
「ああ。武術大会も近いからね。将来のためにも、毎年何度か見学しているんだよ」
「まぁ、そうなのですね」
頷きつつ退出の機会を探すけれど、学園とはいえ、王族から話しかけられているのに足早に立ち去るのは男爵家としては難しい。訓練場から視線が集まっているのも感じる。
うん、こそこそすることも無理ね。開き直ろう。
「ラーシュ様から見て有望な騎士候補はいますでしょうか」
「そうだね。まずはアルフォンスかな」
近衛候補の筆頭なんだろうね。今もそばに置いているのだから。そして、それは元騎士団長の家系の矜持を持つアルフォンス様にとっても僥倖だろう。少し安堵したように見えるのは気のせいかな。
「まずは、ということは他にも?」
「どうかな。実力があるのであれば平民出身でも、と私は思うけど、まだ分からないね」
ちらりと視線を向ける先では、剣戟の音が一瞬静かになる。
ラッセは、この数年で王族の雰囲気を確かにまとっているようだ。ほんの数年前まで裏通りを歩き回っていたなんて、誰も思いはしないだろう。それでいて、平民に対する視線も温かい。市井の生活を知っている瞳だ。
その瞳を受けた騎士候補たちに、ぐっと力がこもるのを感じる。訓練に一層気合が入るのが分かる。この方を守る剣になりたいと思わせる。それはカリスマなのかもしれない。
そして、私に向ける瞳が柔らかいことに気付く。
星が秘す赤薔薇の君。
もし、ラッセの耳にも入っていたとしたら、どう思われているのだろう。気まずいとも少し違う、居心地の悪さがあった。




