意外な波紋
グリーニング商会は確かに優秀な商会なのだろう。
朝に決まった昼餐の場を、きちんと過不足なくまとめてきたのが三男なのだもの。教育は行き届いているのね。男爵家が、商売相手として馴染みのある貴族だとしても。
男爵、商人、騎士。
校外学習の反省会という体だったので、ベアトリスとエステルは遠慮したため身分の幅は大分狭くなった。
敷居は高くなく、けれども落ち着きがあり、お茶会の面子が保てる格。豪奢過ぎず、華美過ぎず、さりとて貧相にあらず。
丁度良い塩梅の部屋には、身体を資本とする騎士を歓待することをメインに考えた食事が並んでいる。かと言って重すぎない。
何よりカールソン様の前髪の件はきちんと共有されているようだ。ノアは元より、誰も驚きを顔に出していない。お話にも集中できるわね。
「校外学習では護衛してくれたこと感謝するわ。ありがとう」
孤児院の訪問を終えてからは、護衛について学んでいたからね。雇用関係があった訳ではないけど、会話の切り口としては無難だと思う。
「いえ、学ぶことが多く、感謝を述べるべきは私たちです」
騎士の家の生まれであり、一番礼儀が身についているダールが頭を下げると、オーバリとバーリも慌てて礼を述べてくる。あくまで授業の一環なのだから、そこまでかしこまる必要もないと思うけれど、身分差は事実としてあるし、将来騎士になるのなら学園は自分を売り込む場だ。ある程度は仕方ないわよね。
「まずは食事を楽しみましょう」
いつまでも頭を下げたままだと、カールソン様の困惑を深めてしまう。
食事の合間に校外学習のことを振り返り、思い出を補強することで、結束を強めていくような感覚がある。ノアの礼儀を弁えつつも軽いノリは、会話を滑らかにスムーズに進めていく。
ちらりとノアを横目に見るけど、その笑顔は商人の顔ね。
和やかに食事を終え、紅茶で喉を潤した私は、にっこりと笑みを浮かべる。
「もうすぐ武術大会ね。騎士のクラスは盛り上がっているのかしら」
ピン、と緊張の糸が張った感覚がする。
「ええ。隣の平民クラスでももう話題に挙がっていますよ」
「そうなのね。私たちのクラスは基本観戦になるから、まだ話は聞こえてきていないのよ」
怪我や病気をしない限りは参加する騎士クラスと、商人が多くを占める平民クラスでは、校外学習よりも大きなイベントと言えるだろう。ほとんどの生徒が参加しない貴族クラスとは、温度差がある行事とも言える。
「オリアン様、カールソン様、恥を忍んでお願いがあります」
ダールが真剣な瞳を向ける。オーバリとバーリは緊張が滲んでいる。予想がつかない訳ではないけど、それでも確認しない訳にはいかない。
「何かしら」
「聞こう」
カールソン様も貴族として、改まった顔をする。瞳が見えるだけで、表情に力強さを感じるわ。
「私たちを騎士として後見頂けないでしょうか」
やっぱりね。
武術大会は、騎士クラスが年間を通じて一番活躍する行事だ。将来の雇い主を探す場であり、アピールする場となり得る。貴族クラスが基本参加しない理由でもあるわね。将来、爵位を継いだ際に信を置ける者を見極める場となるのだから。
もちろん騎士クラス以外の参加も認められている。剣術大会ではなく武術大会なのも、何でもありだからだ。多くはやっぱり剣ではあるのだけど、弓でも良いし、鞭でも良いし、格闘をする者ならメリケンサックも認められている。変わり種として、過去には鍬を武器に平民クラスが参戦したこともあるらしい。
そんな訳で、参加するなら自身で武具を用意するのが基本だ。
しかし、授業では学園が武具を貸し出すこともあって、自身ではまともな武具を用意することが難しい者もいる。入学して半年も経たない一年生なら尚のことだ。
そこで後見制度である。貴族が見込んだ騎士クラスの生徒に武具などの支援をする。もちろん無償で、という訳にはいかない。
「後見となれば、卒業後はオリアン家、もしくはカールソン家へ奉公することが実質確定することになるわ。男爵家というのは貴族の家格としては底辺よ。今決めるのは早計ではないかしら」
「そ、そうです。まだ校外学習を共にしただけでしょう?」
男爵家として将来の投資は大切だけれど、まだ信頼関係を結べたとも言い難い。騎士は友人ではない。仲良くしましょう、と気楽に応えるわけにはいかない。本来、後見は貴族から申し出るもので、騎士側から懇願するものでもない。
それは、恥と言うダール達も理解するところなのだろう。すぐに二の句が返ってくることはない。ただ、その瞳に焦りとも諦めともつかない、惑いが見える。
校外学習が終わってまだ二日だけど……何かあったのかしら。
「あのー、オリアンお嬢様」
緊張感を割くようなノアの声。朗らかな、でも憂いを含ませている。
「何かしら?」
「騎士クラスが貴族と縁を繋ぐ多くは武術大会です。でも、その次は校外学習なんですよ」
「まぁ、そうね。交流を持つとしたら、基本そこよね」
あとは寮とか食堂とかもあり得るわよね。
「で、気を悪くしないで頂きたいのですが、私たちの班は外れ班と思われていたんですよ」
「外れ班?」
「貴族クラスのお二人が男爵家ですからね。現実として騎士の就職先としては、ですね」
思わずカールソン様と目を合わせて苦笑してしまう。先ほど、自分たちもお勧めしないと言ったばかりだ。その見解は騎士クラスでも共通なわけだ。
「ところが!」
突然、声を大にしたノアに、ちょっとビクっとしてしまう。にこやかな笑みを浮かべているけどね。
「第一王子殿下が引率担当に!」
男爵家から王族にジャンプアップだ。確かにすごいけど、今度はすごすぎて現実的な就職先候補にはならないわよね。実際、レオナルド様は王家を守護する近衛騎士に守られているのだから。騎士爵や平民では狭き門だ。
「さらに、武の名門、バリエンフェルト伯爵家との交流が!」
騎士団長ではなくなったけど、その名声が騎士たちの間で落ちた訳でもないようだ。あの要塞のような家を思えば、どこが武の要か理解しているのね。
「さらにさらに、隣国の公爵家とも交流が!」
たしかに錚々たる面子だけれども、私やカールソン様が後見になったからって、ついてくる特典ではないわよ?
「とどめに!」
「え、まだ何かあったかしら」
思わずつっ込んでしまったら、じっと見つめられた。カールソン様と視線を合わせるも、答えは見えない。美少女顔があるだけだ。……ん?
「ええ。昨日までの三段攻撃もインパクト大でした。それこそ三人が私に相談するくらいには。そこに加えて今日になってカールソン様のご尊顔が露わになり、オリアンお嬢様の赤薔薇の噂も広まったのです」
星が秘す赤薔薇の君って、ソールバルグ様が勝手に言っていることじゃなかったの? 隣国公爵家の影響力を舐めていたわ。いえ、侮っていたわけではないけれども。
「結果、とんでもない当たり班に化けてしまったのです。この一日半ほどで、他の貴族家からも遠目に見られる三人になってしまうほどに」
情報の周りが早くないかしら。もう就職先を選べないような状態なの? 本当に?
いえ、そうね。そんなものだったわね。ヴェロニカの記憶が人の口の軽さを思い出させてくれる。実際、昨日はお茶会をしている所も多かったわ。
「一先ず、あなたたちの腕を確かめさせてもらいたいわ」
その上で、父たちとも相談します、としか私は言えなかった。
喉を潤した紅茶が苦みを教えてくれる。




