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男爵夫人の判断

 男爵家のタウンハウスなんて、庭もなければエントランスさえろくにない。平民の宿が少し大きくなっただけじゃないか。なんて言われてしまうところも多いことを考えると、オリアン家は裕福な部類になるのだろう。新興貴族ではなく、スコーグラード王国建国時から存在する貴族というのもあるかもしれない。ヴェロニカが学生だった頃、同じクラスだったのも単純に成績どうこうだけでなく、そんな背景も考慮されたのかと思う。三代前の陛下の王弟が公爵位を賜ってできたアールクヴィスト公爵家より、実は歴史が長いのだから。

 その年月を表すように、オリアン家の庭園には常緑樹が多く植えられ、季節折々の花も楽しめるようになっている。今はちょうど薔薇が見頃で、見た目にもとても華やかだ。


「カロリーナとこうしてお茶を飲むのも久しぶりねぇ」


 ただお母様と向かい合って眺めている状況は、妙に緊張する。

 ちらりと脇に控えるマーヤを横目で見るけど、澄ました顔をしている。王族からクッキーをもらっただなんて報告してないよね?

 コクリ、と一口紅茶を飲んで喉を潤す。


「お母様は、最近はパーティーの準備で忙しそうだもの」


「ふふふ、カスペルが喜んでくれると思えば何てことないのよ」


 娘の前でも名前で呼び合う夫婦は、お互いに深い愛情を持っているのだと思う。今年のお父様の誕生日パーティーも心温まるものになると、今から確信できる。


「カロリーナも色々準備しているみたいだしね?」


 お母様は男爵夫人。家の一切を取り仕切る主人は、当然娘のお金の使い道も把握しているという訳だ。


「ええ、ダニエルと一緒にね。お父様には何も言ってない……よね?」


「もちろんよ。あの人がどんな顔をするか今から楽しみねぇ」


 お父様は貴族としては感情豊かに表現される方だと思うので、確かに楽しみ。感涙とまではいかずとも、喜色満面の顔を見られたら嬉しいわ。


「カロリーナとダニエルの新しい服も楽しみね」


 家族の誕生日に合わせて新しいドレスを仕立てられるのだから、男爵家の中でも裕福なのだと改めて思う。主役の分だけでなく、家族四人分だし。


「そういえばダニエルの新しい服はまだ見せてもらえてないわ。仮縫いの時も別の部屋でしたのよ?」


 外のお茶会にまだ出られないダニエルの着飾った姿を見られるのは、今の所オリアン家主催の行事だけなのだ。それも後継としての顔見せの意味合いが大きいものに限られる。だからこそ貴重な瞬間を余すことなく見届けたいのに。


「あら、それはますます当日が楽しみになるわねぇ」


 それはそうだけど、ダニエルが姉を避けてないか心配になるわ。思春期、反抗期にはまだ早いよね? ヴェロニカには弟がいなかったから分からない。とても、とても大事なことなのに!


「子供の成長は早いものね」


 お母様、心を読んだようなことを言わないでください!

 一息つくようにクッキーを一つまみし、紅茶に再度口をつける。

 お茶会は思ったよりも和やかに過ごせている。ダニエルが勉強している時間にお母様からお呼びがかかった時は、怒られるのではないかと少しびびったのだけど。主に王子様関連で!


「本当に、子供の成長は早いものねぇ……」


 もう一度つぶやくように言われた言葉は、より実感がこもっているようだった。


「お母様? どうかされました?」


 まばたきをした瞬間、お母様の表情が変わった。母親ではなく男爵夫人の顔だ。


「カロリーナ、あなたも十歳になって外に出る機会も増え、見える世界も広がってきていることでしょう」


 その静かな声は、普段のおっとりした口調とは違う。今からがこのお茶会の本題なのだと分かる。


「教養を得て、マナーを覚えれば、カロリーナ自身ではなく貴族として判断しなければならないと思う時も増えるでしょう」


 やっぱり先日のことはマーヤから報告が上がっているのだろう。お父様からではなくお母様からなのは、家庭内のことを取り仕切っているのが夫人だからか。ワンクッション置いたということなのか。

 私の表情で、何の話をしているか理解していると判断したようで、お母様は一度頷いた。


「けれど、その判断をする時に噂を混ぜないようになさい。噂が入り混じった途端、信憑性はなくなるでしょう。そうなれば本当の信頼を得ることはできません」


 レオナルド様のかつての側近候補たちが思い浮かぶ。噂を取り入れた判断をしたが故に、彼らは廃嫡されるに至っている。未来の国を担う貴族たり得ないと見られたのだ。


「今後も関わるか、関わらないかは、今は保留としましょう」


 誰とは言われなかった。現状は茶髪の裕福な平民でしかない。


「ただ関わっていけば、様々な話を耳にすることになるわ。判断に迷うこともあるでしょう。その時は遠慮なく私たちに相談すること。よろしいですね?」


「はい」


 頷いた声が、真摯に響いているといいな、と思う。十歳の娘ではなく、一人の貴族令嬢として接してくれたお母様に、きちんと報いる行動をしていきたい。

 お母様が朗らかに微笑むと、またお茶会の空気が戻った。母親と娘、二人きりのお茶会は温かだった。意識して呼吸すれば、気品ある薔薇の香りがする。


 実際問題として、ラーシュ殿下に積極的に関わっていきたいとは思っていない。ヴェロニカの記憶があるが故に、拒否反応を起こしがちというのはある。何といってもレオナルド様とアンナさんの息子なのだ。かと言って、アンナさんがラーシュ殿下をあの時身ごもっていなければ毒殺されていなかったかと言えば、それも違うだろう。レオナルド様の寵愛は常にアンナさんに向けられていた。遅かれ早かれの話なのだ。

 前世のことを刺激されちゃうから、ちょっと複雑な気持ちになるな、というのが今、ラーシュ殿下に対して思う正直なところだ。


 ただ気になる所があるのも、また事実だった。

 お母様の言葉はだいぶ言い含められていた。まだ十歳のカロリーナは得られる情報が少ないし、ヴェロニカの記憶ではこの十二年のことは分からない。ラーシュ殿下のことは何も知らないと言っていいだろう。

 ただ二回しか会っていなくても、違和感はあった。

 王族と言うには、痩せた体。日焼けした肌も、高位の子息では少し珍しい。身綺麗な格好をしているだけに浮いている。

 見張りの護衛はいるが、そばに控える護衛がいないまま一人で街に下りてきているのも気になるところだ。

 二回とも貴族街から離れた所で遭遇しているしね。商店への案内は慣れていたから、裏通りの先に迷って入ったとは考えにくい。

 そして、ヴェロニカの記憶によれば、あの裏通りの近くには王城からの隠し通路の出口がある。


 つまり、第一王子が王城を抜け出している。


 単なる息抜きならまだ良いけど……。何とも言えないわね。そういった部分も含めてきちんと判断しなさいということなのだろう。

 まぁ、とはいえ、あまり気にしても仕方ない。会う約束をしている訳でもないんだし、そうそう関わることもないんだからね。

 紅茶を飲み干したところで、私は考えを切り上げた。

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