教室の視線と提案
まぁ、こうなるわよね。
深く納得しながら、教室へと足を踏み入れる。いつもひとりぼっちで、誰とも関わる様子を見せなかったカールソン様。注意して見ていなければ、存在すら見落としてしまうような希薄さ。
ひとり、という意味では同じかしらね。
ただ存在感は抜群だ。素顔を晒したカールソン様は。廊下側の端の席が輝いて見える。
仕方がない。ただの美少女顔ではないのだ。現王太子妃殿下と瓜二つなのだ。その視線に込められた思いは敬意なのか軽蔑なのか。
果たしてどちらなのか。少なくとも悪意の温床になって欲しいとは思わないわ。
「カールソン様、おはようございます」
「あ、おはようございます、オリアン嬢」
やっぱり居心地は悪かったみたいね。明らかにほっと安堵した表情を覗かせる。そのほんの少し口角が上がった表情だけで、愛らしさが倍増するのだから。素顔を見せたことはカールソン様にとっても良いことなのか、少し悩んでしまうわね。
「前髪、すっきりされましたわね」
「はい、思い切って切ってみたのですが、景色が見えやすくて少し感動しました」
「まぁ、ご自分で?」
前髪に合わせてサイドも整えられている。手先が器用なのだな、と感心する。
「はい。学園内に理容室があるのは知っていたのですが、その、驚かせてしまうかも、と思って」
広大な学園構内には、学生が過ごしやすいように勉学そのもの以外の施設も色々とあるのよね。一つの街として機能できるくらいには整っている。王侯貴族に接する可能性もあるので、信頼を置ける上で才能あるものしか就けない門戸の狭い職だ。だから、口が堅い者たちでもあるのだけど、まぁ驚くわよね、この顔は。
ちらりと視線を教室内に向ければ、カールソン様と知って驚愕している顔が並んでいるもの。
「カロリーナ、ご機嫌よう」
声をかけられて振り向けば、ベアトリスとエステルが微妙な笑顔で立っていた。
「あら、二人ともご機嫌よう」
「ええ。カールソン様? もおはようございます」
「はい、おはようございます」
三人の間に微妙な沈黙が落ちる。と言うかエステル、カールソン様に疑問符つけなかった? 疑っているの?
「校外学習では、三人はあまり話せなかったかしら?」
「より高位の方々がいらっしゃったもの」
ベアトリスは嘆息混じりの声をもらす。そっと頬に添えられた左手が可憐だ。まぁ上位者を差し置いてお喋りは難しいものね。
「では、今日のお昼、ご一緒しませんこと?」
「え?」
仲良くなる機会を改めて設けようと思ったら、カールソン様が戸惑いの声を上げる。
「お邪魔でしたかしら?」
「いえ、ただご令嬢方と僕一人は、その……」
やっぱり一人の方が良いのかな、と思ったら、もっと別の理由だった。顔面だけ見れば四人一緒でも全然違和感ないんだけどね。実際は男性一人なのだから、確かに気まずいかな。
でも、昨日話したカールソン様は前向きな気持ちを見せてくれていた。その気持ちを後押ししたいと思ってしまったのよ。お節介だったかしら。
少し思案した私の視線が、廊下を歩く見知った顔を捉える。
「あら、ノア、おはよう」
「え、あ! オリアンお嬢様、おはようございます!」
まさか教室内から声をかけられるとは思っていなかったのだろう。一瞬驚いた顔を見せるものの、笑顔で窓に寄ってくる。
「おや、皆さまもおはようございます! グリーニング商会にご入用ですか?」
早速、商機を見つけようとするのは商人の息子の性かしらね。皆、挨拶を返しながらも少し苦笑いだ。
「ノア、拙速は良くないわよ?」
「すみません。父にももっと落ち着けって言われるんですよー」
朗らかな謝罪が貴族の教室ばかりに響く。なかなかに強心臓だ。物怖じしない態度に、ベアトリスとエステルは少なくとも不快感を見せてはいない。だったら大丈夫かな?
「良い機会になるかは分からないけれど、ノアも今日のお昼はいかが?」
「では、麗しき方々に良き昼餐の場を用意させて頂きましょう」
明るさから一転、落ち着いた雰囲気で一礼をする様は、及第点ではないかしら。窓で半分隠れているけどね。カールソン様は少しついて行けていない様子で、瞬きを繰り返しているけどね。
麗しき方々、と校外学習を共にした商人が、当たり前にカールソン様を受け入れているのだ。聡い方々は対応を定めるだろう。
「あ、オリアンお嬢様、ダール達もよろしいでしょうか?」
少し元の明るさを戻しながら提案してくる。ダール達、ということは騎士クラスの三人とも、ということよね。
「そうね、校外学習の反省会でもするの?」
「それもありますが、武術大会のことでお話したいことがあるのです」
「武術大会のこと?」
意外な申し出に、カールソン様だけでなく、みんなパチクリして視線を合わせてしまった。




