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かつらがとんだら  作者: くさき いつき
第2幕

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気分転換

 親愛なるお姉様へ

 新緑の色増す季節、いかがお過ごしでしょうか。


 そんな挨拶で始まるダニエルからの手紙を読んで癒される休日の午後。思わず溜め息がこぼれる。

 校外学習を終えたものの、自分の立ち位置がどうにも悩ましい。明るく返信できる内容じゃないわね。

 ラッセとの友人の縁を切りたいとは思わない。でも、第一王子と男爵令嬢という取り合わせは、この国において醜聞に近い。表立って言えば不敬になるけども。交流のある国においても注目される点になるのなら、懸念事項にはなってしまう。

 前世の死の遠因とも言える男爵令嬢に転生したのは、皮肉なものね。


 そもそも、何故わたくしは死に追いやられねばならなかったのか。実の所、分かっていないのよ。

 当時、側妃とも愛妾とも言えず、立場が曖昧だったアンナさんを盤石なものにするために正妃が邪魔だったのか。

 権勢を誇るアールクヴィスト公爵家の勢いを削ぐ必要があったのか。

 単純にレオナルド様とアンナさんに、わたくしが嫌われていたのか。とはいえ、嫌悪感だけで人を殺せるほどの胆力が、あの二人にあるとも思えない。


 そうなると、やはりアベニウス侯爵家の動向が気になるところなのだけれど、男爵令嬢でしかない私では探る伝手もないのが現実なのよね。

 オリアン男爵家の謎の情報網を使えればあるいは、と思うけど、嫡男ではない私にはきっと引き継がれることはないだろう。

 結局、推測することしかできない。

 もう一度溜め息をついた私は、気分転換に散歩することにした。


 休日と言っても、同じ構内に学生寮があるのだから、あちらこちらに学生の姿はある。校外学習を経たことで同学年はもちろん、上級生との繋がりができたことも大きいのだろう。小さな茶会が開かれている様子も見受けられる。

 まぁ、ソールバルグ様との茶会は……なしね。招待されたら断れない家格差だけども。男女二人で会うことはバルグリング王国も推奨はしていない国風だから大丈夫でしょう。

 ……気分転換に出たつもりが結局考えちゃってるわ。


 一人になれる所の方が落ち着けるかしら。とはいえ部屋に戻っても堂々巡りする予感がある。

 私の足は、構内の奥へと自然と流れていく。

 考えてみれば、こんな風に一人で歩くこと自体、前世含めて初めてかも? 前世は護衛や取り巻きが常にいたもの。今世も十歳までは外に出る機会も限られていたし、出掛ける時はマーヤがいたわ。

 でも、学生身分の男爵令嬢は割と自由が利くのだ。アンナさんがレオナルド様と交流を深められた一因かも?

 なんてアンナさんのことを考えていたせいかしら。

 突然の美少女顔に、私の息が一瞬止まる。


「オリアン嬢?」


 声をかけられて呼吸を思い出す。


「カールソン様、昨日ぶりですわ」


 何だか変な挨拶になってしまった。カールソン様も目をパチクリされているわ。今、前髪が左に流されているから、よく見えるのだ。


「そうですね。こんな所でお会いするとは思いませんでした」


 こんな所、そうね。学園の中庭を突っ切って奥へと進んだ先にある、木々に隠れた四阿。すぐそばに池があり、夏場などは清涼感のある場所になるだろう。けど、春を過ぎた辺りの今の季節では、緑が強く、少し暗く感じる場所だ。

 何より周りに誰もいない。お茶会の気配がまるでなくて、先ほどまでの差が大きい分、変な感じだ。


「カールソン様はいつもこちらにいらっしゃるの?」


「ええ。お昼などはこちらに。誰にも会わなくて、少し安心するんです」


 奥まったところだけど、校舎からさほど離れているわけではない。隠れ家としてはちょうど良いのだろう。


「お邪魔してしまいましたわね」


「いえ、大丈夫です」


「そうですの?」


 誰だって一人になりたい時はある。私もそんな心境だったからよく分かる。邪魔をするのは本意ではないのだけど……。


「オリアン嬢は、もうこの顔をご存知でしょう?」


 困ったように眉尻が下がる。それだけで、とても庇護欲をそそる。恐ろしい美少女顔だ。わたくしを死に追いやったかもしれない女の顔。

 私は、一度、まぶたをきつく閉じる。それから息をついてまっすぐに見据える。

 違うわ。アンナさんじゃないわ。カールソン様だわ。


「ええ。もう見慣れたわね」


「でも、きっと多くの人を驚かせてしまうし、不幸にする顔だから……」


「だから隠れるように素顔を見せているの?」


「正直に言えば、長い前髪って視界が悪いし、地味に目が痛かったりするし、邪魔なんです」


 ちょっとした秘密を打ち明けるように苦笑を添える顔は、それでも美少女だ。


「殿下は呪いなんてない、っておっしゃってくださったけど、僕はまだ弱いままなんだと思います」


 一朝一夕で性格が変わるものでもないものね。今までの経験の積み重ねがあってこそのものだわ。


「別に急いで強くなる必要もないのじゃないかしら?」


「そうですか?」


 少し驚きを滲ませた声。

 カールソン様の今までの人生はお世辞にも楽しいものとは言えないだろう。自身を否定し続けるような日々だったのだから。


「私も、今、あの木を切れと言われてもできませんわ」


 適当に目についた木を指差す。特に大木というわけではないが、きちんと年輪を重ねた木だ。令嬢の非力さでは、剣や斧を使っても切ることはできない。


「でも、稽古をすればいつかは可能かもしれませんわ」


「それは……そうかもしれませんね」


 否定をしようとして、けれど納得してくれる。優しい人なのだろう。


「だから、カールソン様が強くなりたいと願うなら、自分のペースでなさってくださいませ」


「そうですね。ありがとうございます」


 柔らかい笑顔だ。

 一人になって気分転換、とはならなかったけど、この笑顔を見られたなら良かったのかもしれない。そうね、私も焦る必要などないのだわ。


「とりあえず、前髪を切ってみようかな」


 小さく決意を口にするカールソン様。なかなかアグレッシブではないかしら。でも否定しない。自己肯定感を上げるためにも、前向きな気持ちは大切だわ。

 明日の教室の騒動は、明日考えましょう。


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