晩餐会演習
「本日は前途ある若い方々を迎えて共に過ごせることに喜びを覚えております。どうぞ、より良い友誼となる時間を」
にっこりと微笑みを浮かべたクロイツ子爵が、グラスを傾ける。ワインではなく果実水だ。クロイツ子爵以外はみんな学生だからね。お酒は控えたのだろう。
一口飲み終えたのを見届けてから、私たちも喉を潤す。果実水はほのかに甘く、緊張を和らげてくれるようだった。
まぁ、実際のところはちっとも和やかな気分にはならないんだけどね。
ちらりと横に視線を向ければ、貴公子然とした笑みを浮かべるラッセ。王族のラッセに貴公子は不敬かな。でも、何というか、そんな感じの笑みなのよ。
しかし、今、問題なのはそこじゃない。
席順、どうしてこうなっちゃったのかしら。ホストであるクロイツ子爵が下座の入り口に近い席に座っているのは良いとして……。他はテーブルに向かい合う形で各班が座っているのよ。晩餐会ではあるけど、校外学習の一環でもあるの。分かっていたけど、忘れていたわ。指導の立場でもある上級生三人に挟まれる形で新入生は座ることになるのよ。うん、ヴェロニカの時は面倒なレオナルド様の対応は私に丸投げされていたから、この慣習が適応されていなかったの。今思い出したわ。
結果、隣は王族のラッセ、斜め向かいには公爵家のソールバルグ様という、場違い感がすごい席になっている。ちなみに隣の上級生も伯爵家よ。その更に隣に座るカールソン様は、左隣が騎士爵家と商家の方々だから、まだ気楽だろうか。
今、私の助けになりそうなのは、似たような状況の向かいのベアトリスくらいかしら。
「クロイツ子爵領では果樹の栽培が盛んと聞いておりましたけど、加工技術も高いのですね」
「本当に。すっきりとした飲み心地ですのに、甘みもほど良くありますもの」
無難にホストの領地を話題にするベアトリスに、私も乗って、更に一口飲む。うん、本当に美味しいわ。
「お気に召して頂けたようで、何よりです」
クロイツ子爵の笑顔も、少し深くなった気がする。
「今回の校外学習は良い機会となりそうですかな?」
おっと、にっこりでは終わりにはできないらしい。ホストとしては和やかな場にしたいものね。ちぐはぐな晩餐でも。
「ええ、こうして分け隔てなく交流できるのは、やはり貴重だからね」
ラッセの笑みは、ゆとりがあるわ。
「そうだな、バルグリングにはない催しで新鮮だよ。学生時代の交流が未来に繋がっている、のかな?」
ソールバルグ様の笑みは、何故だか意味深に映るわ。
「そのようになれば喜ばしいですわね」
「ええ、本当に」
ベアトリスもエステルも、しっかり淑女の笑みだ。晩餐の雰囲気としては和やかと言えるかな。とはいえ、言葉とは裏腹に騎士爵家や平民の学生が会話に参加してくることはない。男爵家のカールソン様もね。目上の会話に割って入らないのは、マナーとしては正しいのだけど、今回の校外学習の意義としてはどうだろう。
まぁ、男爵令嬢の私が真っ先に口を開いちゃっているのだけど……。
ちらりと様子を窺えば、カトラリーの扱いもぎこちない。緊張するわよね。
どうしたものか。上位者たちの会話に微笑みながら、一口、喉を潤す。そうして前菜に続いて運ばれてきたスープは……ヴィシソワーズ? 晩餐会で出されるものとしては少し珍しいかしら。でも、ヴィシソワーズね。ちらりとクロイツ子爵を見れば、澄ました顔。
私も何食わぬ顔で一口味わう。冷たいポタージュスープは優しい甘みがある。
「リーキの風味が活きていて美味しいわ」
「お口に合いましたかな?」
「ええ。リーキはカールソン男爵領の特産の一つでしたわね」
カールソン男爵領は寒冷の北部に位置していることもあって、年間を通じてリーキの味が安定して美味しいのだ。
「よくお気付きで。今回のリーキもカールソン男爵領のものなのですよ」
クロイツ子爵がにっこりとカールソン様に微笑む。
「あ、ありがとうございます。王子殿下にお召し上がり頂いたと知れば、領民たちも喜ぶかと思います」
少しどもりながらもカールソン様も笑みを浮かべる。頬が少し赤い。
そんな会話を横目にラッセが改めて一口味わう。
「丹精込めて作られたことが伝わる優しい味だな」
「は、はい、ありがとうございます」
それからは各領地の特産品の話へと移行していく。バルグリング王国とは地理が異なるが故に、作物の違いもあるみたいで興味深い。ヴェロニカの知識として知ってはいるけど、現地の、それも高位貴族の言葉は実感が違うわね。
そして、クロイツ子爵は校外学習に対して、心を砕いていることがよく分かるわ。スープに限らず話題のネタになる料理が並ぶのだもの。
おかげでカールソン様はもちろん、ぎこちない様子だったダールたちも和やかな雰囲気になっていた。ノアにとっては、グリーニング商会に持ち帰れる良い商機があったかしら? 有益な情報になっているといいわね。
晩餐会の雰囲気に満足していると、視線を感じた。そっと横を窺えば、やはりラッセだ。穏やかな笑みを向けられると、何だか落ち着かなくなる。
グラスを取る素振りで顔を前に向ければ、今度はソールバルグ様と視線がかち合う。その意味深な頷きは何ですの。ラッセとは別の意味で落ち着かなくなるわ。
赤薔薇の君とやらを撤回してもらうにはどうしたら良いだろう。解決案が浮かばない。一先ず果実水とともに飲み込んだ。




