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クロイツ子爵家

 校外学習もようやく後半戦だ。


 カールソン様に関わることでヤキモキしたり、モヤモヤしたり、落ち着かない気持ちになることが多かったけど、大きな問題はなかったと思う。良き交流の場となっていると思えば、校外学習の意義を達成していると言えるだろう。少なくとも尻拭いするばかりだったヴェロニカの頃に比べれば、明らかに有意義だ。

 後半戦は、そんな交流の本番とも言える子爵家への訪問なのだけど……。


「やぁ、ここで会えるとは思わなかったよ、赤薔薇の君」


「……ご無沙汰しておりますわ。ソールバルグ様」


 廊下での待ち伏せ、いや、偶然のご挨拶以来だろうか。校外学習で慌ただしくなってからはお会いすることもなかったのだけど、きっちり覚えられていたらしい。赤薔薇の君という呼び名は、相変わらず違和感しかない。

 カーテシーの傍ら、ちらりと視線を横にずらす。曖昧な笑みを浮かべるのは、エステルとベアトリス。


「今は同じ学生の身だ。堅苦しい挨拶は不要だよ」


「ありがとう存じます」


 ソールバルグ様の言葉は、今回ばかりは少し正しくないかもしれない。

 何せ今日から子爵家での校外学習になるのだ。礼儀作法の習熟度を測る場である以上、あくまでも男爵令嬢として接するべきだろう。


「そうだな。学生として過ごせる時間は短い。より良い友誼を結ぶ機会とすると良いだろう」


 ラッセ、それは名目上とはいえ主催であるクロイツ子爵が言うべき言葉よ。


「ふふ、私も良き交流の場を提供できるよう、努めさせて頂きますね」


 まぁ、当のクロイツ子爵はにこやかな笑顔で、気分を害した様子はない。王子殿下と隣国の公爵家嫡男を迎える状況でも気負いは感じないし、大物なのだろうか?

 ……あ、いや、ヴェロニカの時の校外学習でもクロイツ子爵家で過ごしたことがあったわね。もちろんレオナルド様付きで。あの時の苦労を父親から聞いて、耐性ができているのかもしれない。うん、深く気にしない方がいいわ。

 ほほほほ、と淑女の笑みを貼り付けて、乗り切った。


「――それにしても、二人がソールバルグ様と同じグループだとは知らなかったわ」


 挨拶の後、それぞれ客室に通されたのだけど、エステルとベアトリスとすぐに合流していた。


「班分けの時はラーシュ様に全て持っていかれちゃったからね」


 エステルは苦笑を浮かべつつ椅子に背を預けて、細く息を吐く。あまり淑女らしからぬ恰好だ。


「はしたないですわよ」


「ごめん。ずっと気づまりだったから」


 エステルはすぐに姿勢を正す。注意したベアトリスも、でも少し疲れた表情だ。


「分かりますけどね。隣国の公子様と一緒だなんて、私でも気楽に話せないもの」


 子爵令嬢のエステルならいわんやだ。


「晩餐の場も少し気が重いわね」


「あら、カロリーナはラーシュ様で慣れているのではなくて?」


「え? 私が?」


「ラーシュ様の隣にいても変な気負いがないでしょう?」


 ベアトリスの意外な言葉に、疑問符を飛ばしてしまう。晩餐の場だったら不敬まっしぐらの態度だ。


「カロリーナはマナーの授業はいつも満点だもんね」


「それは、男爵令嬢だから甘く見られているんじゃない?」


 エステルは、まさか、と笑う。


「子爵家なんて、王族の方々の前じゃ男爵家とどんぐりの背比べもいい所よ? でも、全然甘く見てなんてもらえないわ。子爵家も男爵家も、侯爵家は無理でも伯爵家の侍女になることはあるんだからね?」


 屋敷の女主人やご息女の身の回りの管理をする侍女は、当然、それにふさわしい教養と気品が必要になる。マナーが雑で良い訳がない。分かるけどね。次期王妃の教育を受けた記憶があるからかしら、なんて冗談でも言えないわ。


「お父様の選んだ家庭教師が良かったのかしら」


 とりあえず誤魔化した。

 エステルはもちろん、ベアトリスも親しくなってからタウンハウスに招いたりもしていたから、私のお父様の人となりは一応知っている。感情を隠すのが不得手な割に、妙に掴みどころがないところがある。お父様の人脈は娘の私でも把握しきれていないのよ。

 仕切り直すように、ベアトリスがにっこり笑みを浮かべる。


「何はともあれ、カロリーナは今日の晩餐も問題ないってことね」


「ええ、まぁ。ただ子爵家のカントリーハウスで行われる王子様と公子様とご一緒する晩餐、ねぇ?」


「これってマナーの試験として適切なの?」


 皮肉気なエステルの口調に、私は苦笑しか返せなかった。


「まぁ、問題があるとしたら騎士クラスと平民クラスの方よね」


 ベアトリスの言葉に、確かに、と頷く。平民が王族や高位貴族と同じ席に着けるのだから、学生とは特殊なのだと改めて実感する。ましてや充分なマナーが身についていない状態で。

 そういう部分もレオナルド様の不満な部分だったわ。


「まぁ、ドレスコードが学園の制服なのだから、そう敷居も高くないのだし、大丈夫と思うしかないわね」


「そうね。本来ならドレスの用意も必要なのでしょうけど、そうなると侍女とメイドもとなるし、学園の行事では難しいもの」


 そもそも平民クラスの子では、裕福な商家であっても用意できるか微妙なところだ。


「でも、来年の校外学習ではドレスが必須なんでしょう?」


 エステルは不安そうな顔を浮かべる。


「ええ、マナーの修了試験も兼ねているそうだから。騎士クラスの子は護衛に徹することがほとんどね。平民クラスの子は人それぞれになる、らしいわ」


 つい前世の記憶でつらつら答えてしまった。ちょっと伝聞っぽくしたけど、無理があったかしら。


「班によってはドレス選びから難儀するわね」


 エステルが嘆息する。それに対してフォローは難しい。実際、来年も今年と同じ班になったとしたら、どんなドレスを用意するのが適切かしら。家格に合うもので王子殿下と公子に失礼にならない装い。なかなかに頭を悩まされるわ。


「今から来年のことを考えても仕方ありませんわ。まずは今晩のことを考えましょう? 見本となるマナーを示さなくてはいけませんことよ」


 ベアトリスの淑女然とした言葉に、私とエステルはさっと立ち上がり、カーテシーで応えた。伯爵令嬢に対する礼儀を示したものだけど、ベアトリスはちょっと唇を尖らせるのだった。

 ちゃんとした友人であることに変わりはないのだから、微笑んでほしいわ。


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