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思惑は誰のもの

 アルフォンス様が落ち着く頃には、見回りの先生方や護衛を任されていた冒険者たちによる講義が始まっていた。

 野草に触れる際の注意事項や、護衛に守られる際の留意点を先生方が説明する。一方で冒険者たちからは、護衛する側の心構え。そして、実際に学園から湖までの行程を見守った上での、いわゆるお説教だ。近場へのお出掛けだって、命の危険はあるのだ。中には貴婦人の扇による意図の説明まであって、平民にとって貴族の扱いは気難しいものがあるのだと、そっと息をついてしまう。

 今回の校外学習は、オーバリやバーリはもちろん、ダールにとっても初めての経験が多かった。ノアだって手慣れた様子だったけど、プロから見れば完璧とはいかないみたいね。今後の糧にしていければ良いと思う。


 一通り話が終われば、自由時間となった。昨日までは孤児院、明日からは子爵家に伺うことになっている。気が抜けるのは今くらいしかない。護衛について改めて考える時間を持った後なので、本当の意味での自由とは言えないけどね。


「カールソン、ちょっと良いか?」


 湖の辺りを散策でもしようかと思ったところで、アルフォンス様が声をかけてきた。生真面目さを作ったような顔は、怒っているようにも見える。でも、先ほどのやり取りで慣れたのか、カールソン様は素直に頷いていた。

 二人で話って何かしら……。一目惚れ、って雰囲気でもないわよね。いけないわ、ライのことがあったから、変な勘繰りをしてしまっているわね。


「二人が心配?」


 ラッセの落ち着いた様子を見ると、やはり考えすぎだと思う。


「心配というか、昨日のライのこともあったので、何となく?」


「あー、それは大丈夫だろう」


 苦笑を浮かべたラッセが、小さく咳払いをして腕を差し出してくる。


「ご一緒しても?」


 ふわり、と心が動く。でも、大丈夫かな。

 ちらりと周囲を見る。護衛役に徹するらしい騎士組三人とノアは何も言わない。目上であり先輩、何より紳士の申し出を無碍にするのも淑女に反するわよね。


「もちろん。お願いしますわ」


 手をラッセの腕にそっと重ねれば、ゆったりと歩き始める。

 一定の距離を空けて護衛がついて来る散策というのは、何だか不思議な感覚がする。男爵家とはいえ貴族の端くれ。護衛がそばにいることに慣れていないわけじゃないのに。


 だけど、それは、当然の感覚だった。

 隣を見上げれば、笑みを浮かべるラッセ。その面差しは確かにレオナルド様によく似ている。でも決定的に違う、笑顔。ヴェロニカだった頃を思い出すようで、記憶とは重ならない景色。そもそもレオナルド様にエスコートされた記憶なんて、もういつのことなのか分からないわ。レオナルド様の隣にいるアンナさんを見ていた記憶しか思い出せないもの。


 それなのに、今はラッセの隣を歩いている。

 男爵令嬢が王族の隣にいる。何とも心許ない気持ちにさせる。アンナさんはどうだったのかしら。愛だけで乗り越えられたのかしら。


「カロリーナ嬢、どうかした?」


 笑みを浮かべる瞳が、心配そうに揺れている。

 レオナルド様とアンナさんを結び付けた愛の結晶であるはずのラッセは、けれど幸福とは言えない幼少期を過ごされた。愛とは何なのか。それが分かればヴェロニカの無念も鎮まるのだろうか。


「いえ、少し物思いに耽ってしまっただけですわ」


「物思い?」


「ええ、愛とは何かしら、と」


「愛……いや、アルフォンスとケヴィンはそのような関係にはならないと思うぞ?」


 あら、まだお二人のことを考えていると思われてしまったようだ。だけど、仕方ないわ。ヴェロニカの記憶があるなんて思わないだろうし、上手く説明もできないもの。


「違いますわ」


 ささやくようにこぼした言葉は、ラッセの耳には届かなかったかもしれない。返事を聞くよりも先に、口を開く。


「けど、お二人は存外良い関係になれると思いません?」


 距離が離れたここからでは、何を話されているかは分からない。けど、険悪な雰囲気は感じられない。何よりカールソン様からも話しかけられている。


「そうだな。良い友人となってくれれば何よりだ」


「ええ。アルフォンス様の考え次第かもしれませんが……」


 カールソン様は良くも悪くも人付き合いがない。人付き合いはないけれど、少しややこしい立ち位置にいて、そう思うのは私だけではないのだろう、とここ数日のことで理解している。そのことをアルフォンス様がどう考え、処理するかによって変わるとは思う。だけど、悪い関係にはならないと感じるのだ。

 一抹の憂いはラッセもあるのか、青い瞳に陰りを覗かせる。

 私はそっと口元を扇で覆う。ちらりと後ろの四人を見遣れば、視線を伏せている。冒険者たちの説教の実践にも、丁度良い機会になっただろうか。


「ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラード殿下」


 あえて改まって呼びかければ、ラッセの顔が無表情に整えられる。ああ、やはり王族なのだ。その面差しに緊張感が増す。だから私も不敬を覚悟する。


「一つ、不躾な問いをご容赦くださいませ」


「良いだろう」


 間髪入れない了承に、内心安心している。王族でもラッセなのだ。


「御母堂様は甥御様に心配りをされると思いますか」


 ラッセの視線は再びカールソン様を捉える。


「おそらく気にかけてはいないだろう。存在すら認識しているかも怪しい。あの方にとっては、もはや生家も侯爵家となっているはずだ」


 なるほど。その辺の認識はヴェロニカと変わらないようだ。身内の情に篤いのなら、そもそもラッセが孤独な幼少時を過ごすことはなかったはずだものね。アンナさんがカールソン様に群がる鼻息荒い方々を蹴散らすようなことはない。

 では誰が?

 両親が実の息子から距離を置いてしまうような相手とは?

 男爵家がどうあっても太刀打ちできない相手、それは――。


「侯爵家、アベニウス侯爵家の思惑は別にありそうですわね」


 ラッセの肩が小さく揺れる。けれど否定の言葉が紡がれることはない。


「確証となるものは何もないが……」


 湖に落とした視線は、惑うように定まらない。それは肯定の表情に他ならない。

 ラッセから見ても、そしてお兄様、アールクヴィスト公爵の意向を受けているであろうヴィンセント様とアマンダ様にとっても、アベニウス侯爵家は曲者なのだろう。

 確かに嫡男は廃嫡されて、その名をこの世から消した。けれどもアベニウス侯爵家は今も昔も宰相の任に就いているのだ。騎士団長だった家は文官になっているのに。国一番の商会は表立った商いをできなくなっているのに。

 アベニウス侯爵家の目指すところは、まだ分からない。情があるのかどうかさえ。

 でも、顔だけでなく背格好もアンナさんに近くなったカールソン様の扱いは、これからますます注意が必要になっていくのだろう。


――アマンダ様もカールソン様に思う所があるのでしょうか?


――いえ? 今の所は特にありませんわ。


 アマンダ様の他意を滲ませなかった言葉が、不意に重くなった気がした。

 願わくばより良い友誼を。気付けば笑顔を浮かべ合っているアルフォンス様とカールソン様を見て、祈念する。

 扇は、しばらく口元から外せなかった。

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