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目は口程に物を言う

 校外学習二日目は、滞りなく終えることができた。カールソン様の壁が少し薄くなったのは大きいと思う。先生から特に指示がある訳ではないけれど、班員の構成上、どうしたって貴族の子息子女が引率する立場に就く。だから、カールソン様に積極性が出るだけで、スムーズに事が運ぶようになるのよ。

 ……まぁ、ライに関しては、ちょっと挙動不審のままだったけどね。その内、時が解決してくれるだろう。


「子供たちにとっても楽しい時間となったでしょう」


 別れ際、神父様はそうおっしゃっていたし、たぶん大丈夫。


 そうして迎えた校外学習三日目。

 行先は街の壁を越えた向こうの湖。私にとって、おそらくラッセにとっても思い出深い場所だ。つまり、子供の足でも辿り着ける場所である。自分たちで馬車を手配するのは不安要素ではあったけど、グリーニング商会に属するノアは手慣れたものだった。私が口を出す隙もなかったわ。

 何も問題がない。うん、問題がないはずだった。


――どうして、こんなに緊張感溢れる状況になっているのかしら?


 視線を右に向ければ、ふんわり口角の上がったカールソン様……の隣にラッセ。対して左に向けば、憮然とした様子のアルフォンス様。

 行先はいくつか候補はあるものの班ごとに分かれるほどあるわけじゃないから、別の班も湖にいることは想定していた。更に言えば、その班にアルフォンス様がいたことに安心さえしていた。

 なのに、この気まずさは一体どうしたことだろう。

 湖の傍に設営された天幕は、影が濃くなるわね。椅子もテーブルも安定しているはずなのに、不安定な気がしてきてしまう。


「アルフォンス様? 孤児院の方はいかがでしたか?」


 とりあえず無難なところから会話を広げてみることにする。


「ああ。伯爵領の孤児院と比べて施しが充分に行き届いている様子だったな」


「伯爵領とは、そんなに違いが?」


「建物は堅牢なのだがな。出される食事の質は王都の方が上だった」


「なるほど」


 バリエンフェルト伯爵領は、隣国の近くにあるわけじゃない。むしろ王都から近い。敵国が攻めてきた時に最後の砦となるのだ。故に孤児院でさえ堅牢になるのだろう。

 孤児院の資金源も王都の場合、色々な思惑込みで貴族たちが支援するけど、領地の場合は領主以外に支援する貴族はいない。バリエンフェルト伯爵領に限った話ではない。王都は王都で孤児院ごとに格差が生まれやすい問題があるし。

 孤児院の運営方針は、領民を預かる貴族としては悩ましいことが多い。私たちが訪れた孤児院も一見すると問題がなかったけど、日々のことは分からない。


「オリアン男爵領の孤児院も、改めて見直そうかしら」


 お父様なら堅実な運営を指示されていると思うけど……。今度、ダニエルと一緒に訪問してみよう。


「国の支援も拡充できれば良いのだが、全てを把握するのはなかなかどうして難しい」


 苦笑するラッセに、アルフォンス様は同意の笑みを向ける。


「国の目となって自領をまとめるのも、領主の務めの一つでしょう」


「そう言ってもらえると助かる」


 ラッセとアルフォンス様は、次代になっても良好な関係を築けそうだ。こうした縁を繋ぐのも学園に通う意義と言えるのかも。二人は学園以前から交流があったけれども。


「ケヴィンもカールソン男爵領の孤児院に行くことがあれば、状況を教えてくれると助かるな」


「はい。行った際には必ず。許可が出るかは分かりませんが……」


「無理することはないから」


「はい」


 カールソン様の呪い子としての風評は王都や他領で聞くことはなかったけど、自領での扱いは難しいのかもしれない。ご両親の真意次第な気もするけど……。アンナさんに瓜二つの容貌が領民にはどう映るのかも関係あるのかな。

 私が知るアンナさんは学園と王城での姿が全てだ。それ以前のことは知らないのよね。


「……なぁ、カールソンの奴は何があったんだ?」


 アルフォンス様の囁くような確認に、そうね、と少し口ごもってしまう。

 穏やかに口角を緩めるカールソン様に、アルフォンス様は違和感があるようだ。つい先日までは笑みを浮かべる姿なんて、まるで想像がつかなかったものね。


「ラーシュ様が、カールソン様の心を開かれた、ということかしら?」


「そうなのか? いや、そうなんだろうけど……」


 まぁ、腑に落ちない気持ちも分からないではないわ。学園でのカールソン様は誰かと交流されることはなかったし、コミュニケーション能力は皆無といった雰囲気だったもの。なのに、いきなり王族と親しくなるなんて不自然よね。カールソン男爵のことを考えれば尚のこと。

 だけど、安心してほしい。


「お二人は従兄弟ですもの。親しくなられても不思議はありませんわ」


「そういうことだ。何も案ずることはない」


 ラッセもにっこり笑顔を浮かべる。うん、この距離だもの。小声でも聞こえているわよね。カールソン様も困り笑顔だわ。


「従兄弟だから……と言われれば、そうですが」


 今まで全く交流なんてしてなかったじゃないか。そんな疑問と疑惑が隠しきれていない。まだ学生だものね。それに王族の傍にいるなら、これくらい警戒心がある方が安心よね。

 とはいえ、ずっと疑心暗鬼でも困るわ。何か納得してもらえる説明はないものかしら?


「あの、従兄弟であることを疑われるのでしたら、こちらをご覧ください」


 まだか細い声。それでも、カールソン様の瞳はまっすぐにアルフォンス様を見つめていた。

 そう、従兄弟の証拠としてアンナさんそのものの顔を晒していた。

 アルフォンス様の時間が止まったわ。

 凝視という単語をこんなにも示してくれるシチュエーションも、なかなかないわね。そして、カールソン様。従兄弟であることはアルフォンス様も疑っていないと思うの。

 天然なのかしら。


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