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かつらがとんだら  作者: くさき いつき
第2幕

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校外学習の始まり

 快晴。どこまでも続く青空。それでいて日差しは柔らかく、過ごしやすい春の陽気。絶好の校外学習日和と言えるだろう。

 そんな爽やかな気候に反して、重い溜め息がこぼれそうになる。結局、カールソン様とは交流を深めることができないまま当日を迎えてしまったから。そんな微妙な関係で一緒の馬車に乗る気まずさよ。


「天気にも恵まれたし、落ちついた行程になりそうだね」


 向かいに座るラッセは、のほほんとした笑みを浮かべているけども。隣のカールソン様は俯いているせいもあって、前髪で表情が全く見えない。学校の行事とはいえ、婚約者でもない男性と隣り合って座る訳にもいかず、二人と向かい合うことになったのは仕方ない。仕方ないんだけど、何とも言えない気分になってしまうわ。


「ええ、そうですね」


 頷いた顔は、曖昧な笑みになってしまったかもしれない。

 せめてもう一人いれば、と思うのだけど、私の隣は空席だ。騎士クラスの三人は護衛の練習も兼ねて、馬車に乗らずに馬でついてきている。平民であるオーバリとバーリは乗馬も入学してからだろうから、不慣れな様子が見受けられる。そこを三年の先輩とダールがフォローしている感じかしら。早駆けすることもないし、周囲の人に気をつければ良いだけだから大丈夫よね、多分。御者はノアともう一人の三年の先輩が務めてくれているのだけど、二人とも商人の家だからか手慣れた様子がある。

 正直、第一王子を乗せている馬車としては心許ない。距離を置いて、教師や雇われた冒険者たちが見守っているんだろうけども。それに校外学習は王都に住む者にとっても馴染みのある行事だ。それ故に高位貴族の子息子女が乗っている可能性が高いことは、周知の事実。わざわざリスクを冒す者もいないだろう。

 だから、外のことは置いておいて、目の前の二人に気を配ることにしよう。


「今日行く教会と孤児院は初めての所なのですが、運営状況はどうなのでしょう?」


「堅実な運営をしていると聞いているよ。ただ子供の受け入れも積極的に行っている分、人手が足りなくなりがちかもしれない」


 ラッセはきちんと情報収集しているようだ。本来なら、カールソン様とも当日までに話し合っておくべきことなんだけれど……。


「子供たちの様子に、気を配った方が良さそうですね」


 学園の行事に協力してくれるくらいだから問題ないと思いたいけど、気持ちに行動が伴っているとは限らないのが現実だ。その辺の事情は薬草売りをしていたラッセの方が通じている気はする。実際、ラッセの口から注意して見ておくべき点がスラスラと出てくる。そんなラッセを、カールソン様はじっと見ている。


「カールソン様も気になる点はありますか?」


「……いえ、孤児院には……行ったことがないので」


「教会にも?」


「教会になら何度か……」


 言いたいことがあるのかと話を振ってみたものの、どうにも歯切れが悪い。


「では、カールソン殿にとっても良い経験になりそうだね」


「はい」


 ラッセの言葉にも頷きはするけれど、会話が成立しているとは言い難い。学園でなければ不敬を問われるかもしれない。どうしたものか、と考えているとカールソン様がモジモジと落ち着かない様子を見せる。


「どうしたのかな?」


 ラッセの声が輪をかけて柔らかい。それこそ孤児院の子たちに掛けるような声音だ。


「あの、殿下。私に敬称などは不要でございます」


「そう? じゃあケヴィンと呼ぶことにするよ」


 てっきり敬称を外すだけかと思えば、いきなりの名前呼びに動揺しているのが見て取れる。ラッセも気付いているだろうに撤回する様子はない。


「……はい、よろしくお願い致します」


 結局、カールソン様は頷いていた。私も便乗できる雰囲気ではないわね……。ラッセも殿下呼びに訂正を求めることはないようだ。


 うーん、とても従兄弟の間柄には見えないわね。学友、先輩後輩とも違う。第一王子と男爵令息の身分格差を考えれば妥当ではある。でも、違和感がある。ヴェロニカの中のアンナさんのインパクトが強すぎるせいかしらね? 血縁者だからって性格まで同じになるわけじゃないのにね。

 色々な思惑の結果の班ではあるけど、何はともあれ一緒の時間を過ごすことになったのだ。できるなら仲良くなりたい。アマンダ様が気にされている理由を知りたい気持ちも確かにある。でも、それだけじゃなくて、せっかくの学園生活だもの。楽しく過ごしたいじゃない。

 校外学習は六日間あるのだ。焦らずゆっくり距離を詰めていくことにしよう。


 やがて、馬車は一つの教会の前で停まった。

 住宅の並びからは一歩離れた感覚のある場所に建つ教会は、こぢんまりとした印象があるものだった。司教座を有する大聖堂とは、対極にあるような質素さ。その分、近隣の住民には馴染みのある建物になっているのだろう。本来なら第一王子が訪れることはないような場所だ。まぁ、ラッセにとっては慣れた場所だろうけども。


 建物に戸惑う様子も見せないラッセはさっと馬車から降りると、手を差し出してきた。一瞬、躊躇いそうになってしまった。いやいや、これは紳士の嗜みよ。カールソン様の視線を気にしないようにして、そっと手を重ねた。

 少年とは違う、青年の手だった。

 にっこりと笑みを浮かべることも、手を差し伸べることも、紳士としての態度でしかないはずなのに。何故だか心臓の鼓動がいつもより気になった。

 小さく息をついてから、視線を上げた。


「ようこそおいで下さいました、学生の皆様方」


 教会の前には好々爺といった雰囲気の神父様がいた。両脇には柔らかな笑みを見せるシスターもいる。学校行事とはいえ、王族を迎える緊張感はないようだ。

 そっと辺りを見れば、ダールやノアたちも私の隣に並んでいる。カールソン様は少し気後れしている様子だけど、ちゃんと隣だ。ラッセも含めて学生として訪れているという意思表示。それを教会側も受け入れているということだろう。

 オリアン男爵家が懇意にしている教会とも似た空気感に、気持ちも落ち着く。これなら穏やかな気持ちで校外学習に臨めそう――。


「前髪なっげー」


――だと思ったけど、そうでもないかもしれない。子供の囁き声って、存外大きいのよね。神父様たちの後ろにいる子供たちは、隠れているつもりなんだろうけど。

 第一王子よりも先に注目を受けてしまったカールソン様は、小さく肩を揺らしていた。


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