無作為の班分け
校外学習と聞いて過るのはヴェロニカの苦労だ。レオナルド様は、この行事を大層面倒臭がっていた。というのも、学習先がレオナルド様にとって疎んじるような場所ばかりだったからだ。
日程は一週間で組まれる。
一日目と二日目は、教会と併設された孤児院への来訪。
三日目は、近場の花畑もしくは湖への散策。
四日目からの二泊三日は、男爵家もしくは子爵家への滞在。
七日目は予備日であり、実質休息日だ。
尚、どの場所も収容できる人数には限りがあるので、男爵家もしくは子爵家への滞在を一日目から行い、教会と孤児院への来訪及び散策を四日目以降にするグループと分けられている。
教会では女神ヴィネア様への奉仕をし、孤児たちと触れ合うことでノブレス・オブリージュの意義を身をもって学習することになる。多くが商人の子息子女である平民の学生たちにとっても、自分たちの生活がどこと隣り合っているのか知る機会となる。
散策は馬車や冒険者たちの雇い方、王都の壁の外へ出る際の注意点を勉強し実践する。
そして下位貴族の家への滞在は、王都近隣の領地の家の協力の元、マナーの実践の場として行われるのだ。平民はもちろん貴族や騎士にとっても、勉強になる部分は多い。
一年生は入学しておよそ一ヶ月後に実施することで、今自分に足りないものを自覚することになる。学生だからこそ許される失敗の場なのだ。対して二年生は後期の秋に行われる。約二年間の学習の成果を見せる場だ。そして三年生は前期、後期、どちらかを選び下級生を監督・補佐する立場になる。
四年生以上の高等学部では、クラスが専攻ごとに分かれるため、学年全体の校外学習は行われないのよね。
そんな訳で、三年生までの初等学部では重要な行事ではあるのだけど、レオナルド様からすると、何故下々の者と関わらないといけないのだ、と不満たらたらな行事なのである。内心、こんな人が将来王となって大丈夫なのかとヴェロニカは嘆息しつつ、支える立場になるのだからと、あの手この手で説得していた。今にして思えば徒労でしかない。
……まぁ、男爵令嬢だったアンナさんを妻に選んだのだから、ある意味苦労は報われたのかもね? 結果、死んでるんじゃ笑えないわね。
さて、そんな校外学習の班分けは正確に言えばパートナー選びに近い。だからか、若干の作為を感じるのだけど、気のせいだろうか?
「よろしくお願いします、カールソン様」
疑念はおくびにも出さずに、にっこりと笑顔を浮かべる。
「……よろしく、お願いします」
消え入りそうな声だった。視線も合わせてはもらえず、うつむいた瞳はどこを見ているのだろう。長い前髪に遮られて分からない。
教室のあちらこちらで挨拶を交わす声が聞こえる。和やかな雰囲気ではあるけど、どこか夜会を思い出させる。今世では参加したことは、まだ一度もないけどね。
「他の方と合流しましょうか?」
「はい、そうですね……」
笑顔をキープしているけど、この調子で校外学習を無事終えられるのか不安になる。
他のペアも考えることは同じようで、教室の外へ移動を始めている。手には一様に班分けに使用された札を持っている。数字だと誰が上位だと面倒臭いことを言い出す人が過去にいたので、アルファベットが振られている。ヴェロニカの忍耐力は、今の私にも受け継がれているのだろうか。
教室を出ると、丁度隣のクラスも班分けが終わったようで、アルフォンス様に出くわした。
「そっちも決まったのか?」
「ええ、一通り決まりましたわ。今から騎士クラスと平民クラスに行く所ですわ。アルフォンス様も?」
「そうだ。これも慣習らしいからな」
そう、班分けはクラスを跨って行われるのだ。クラスの人数の関係で増えることもあるが、基本は貴族クラス二名、騎士クラス三名、平民クラス一名で構成される。そして、学園では平等であることを実践し、校外学習を円滑に進めるために貴族クラスが他のクラスの班員を迎えに行く習わしなのだ。
まぁ、その実践が本当に心構えに影響するかどうかは人によりけりだ。校外学習を経て、レオナルド様のご学友枠をもぎ取ったエドヴァルドは、確かに優秀だったんだろう。並大抵の精神力では傍にい続けられないと思うもの。
前世に思いをはせていると、アルフォンス様の視線が隣に向く。
「アルフォンス・バリエンフェルトだ、よろしく」
「あ、えっと、ケヴィン・カールソンでございます」
……アルフォンス様は友好的な笑みを浮かべているんだけど、肉食動物と草食動物の遭遇にしか見えない。家格差を考えればおかしくないと言えなくもないけど、単純にカールソン様の気が弱すぎるせいかもしれない。二人で会話を続けるのは難しそう。
「校外学習で困ったことがあった際には、ご助力お願いしますわ」
「ああ、そっちもな」
班は違えど、散策等の行き先が同じになることはあるからね。
早々に会話を切り上げて騎士クラスに向かうことにした。別れ際のアルフォンス様の瞳に憐みに似たものが浮かんでいたのは気のせいだ、きっと、多分。
騎士クラスは三クラスあるのだけど、同じ班員はすぐに見つかった。やはり騎士を目指しているからだろうか。どのクラスもきっちりと整列して待機していて、確認すれば迷うことなく前に進み出てきてくれたのだ。
「アーベル・オーバリです」
「コニー・バーリです」
「アイナ・ダールでございます」
うん、騎士クラスは貴族クラスや平民クラスと異なり、既に身分がごちゃ混ぜのクラスでもあるから、貴族に対して気後れはないみたい。男の子のオーバリとバーリは平民らしさがある一方、女の子のダールは貴族ではないけど騎士爵の家系なのだろうと推察できる。騎士クラスには、きっと貴族の三男や四男もいることだろう。
「校外学習ではよろしくね」
「はい!」
直立した三人の声は綺麗に揃っていた。騎士クラスと言ってもまだ一年。学習進度の都合で分けられているだけであって、この一ヶ月で習うことが一般教養であることに変わりないはずだけど、貴族クラスとは全く別の学校みたいだ。
そして、それは平民クラスにも言える。がやがやと賑やかなのだ。その中でも一際元気なのが、私の班員らしい。
「オリアンお嬢様! お会いできて嬉しいですー! グリーニング商会のノア・グリーニングです! いつも御贔屓にして頂いて、ありがとうございますー!」
うん、確かにグリーニング商会はオリアン男爵家が贔屓にしている商会だ。しかし、私の記憶違いでなければ彼は三男であり、私との面識はまだなかったはずだ。三男の彼が入学するという話も聞かされていなかったんだけどな。にっこりと笑みを浮かべてはいるものの、戸惑いは漏れていたかもしれない。
「カールソン様も今後は御贔屓にしてくださいませー」
「え? あ、うん」
カールソン様は完全に飲まれている。
この班で本当に大丈夫なのかしら……。不安が過った時、不意に辺りが静かになった。あれ、と思って静寂の元を辿れば目が点になった。
「班員は無事に揃っているみたいだね。今回、同行することになる三年のラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラードだ。よろしく」
ええ、よく存知ていますけれども。
三年生が一年生の監督・補佐するために三人同行することも存知ていますけれども。
この班分け、本当に無作為なのかしら?
ラーシュに続いて挨拶する残り二人の言葉は、するりと思考の上を通り過ぎてしまったのだった。