冴えないお茶会
談話室があちこちにある学園で、本当に良かったと思う。
昼食もそこそこに、私たちは食堂のすぐ近くに併設されている談話室に移動していた。お昼時の食堂でラッセと堂々と話すには、まだちょっと勇気が足りない。
紅茶を並べて退出していく給仕たちを見届けてから、ゆっくりと口を開く。
「殿下」
呼びかけたものの、一瞬、怯む。ラッセの顔に曇りが見えたから。
「殿下、如何されましたか?」
「今は見知った者だけなのだから、名前で呼んでほしい」
ストレートに飛んで来た懇願に、更に怯んだ。確かに今はお互い学生という身分でもあるので、あまりに畏まるのも失礼かもしれないけど……。エステルとベアトリスに視線をやると、にっこりと笑みを向けられた。王族自らの願いなのだ、と自分を納得させた。
「では、ラーシュ様とお呼びしてよろしいですか?」
ラッセの瞳がきらりと瞬いた。
「もちろん。他の二人も気楽に呼んでくれ」
内心、安心した。一人だけ特別扱いなのは、無用の憶測を呼ぶからね。アマンダ様に言われた妃候補という言葉は、できるだけ遠ざけたい。まぁ、当の二人には戸惑いが見えるけども。
「ラーシュ様も学生としての日々をお過ごしなのですね」
「ああ。学生の間は必要以上に身分に拘ることなく見識を広めたいと思っているよ」
私の意図に気付いたらしく、ラッセは滑らかに返答してくれる。エステルとベアトリスは一瞬視線を交わせた後で、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。私たちもラーシュ様とお呼びさせて頂きます」
「私たちのことも呼びやすいようにお呼びくださいませ」
ふんわりと緊張感が和らいだように思う。カップを手に取る動作が四人揃った。食堂に併設されている談話室だからかしら。先日の談話室の給仕たちよりも、紅茶の淹れ方が一段上手いように思えた。昼食後なので遠慮したけど、何だか甘いものが欲しくなってしまうわ。
「それで、カロリーナ嬢が気になる意中の相手とは誰のことかな?」
紅茶でむせなかった自分は、まさに淑女の鑑だと思う。
「ラーシュ様、その言い方では語弊がある気がしますわ」
「語弊?」
「ええ。気になるとは申しましたが、思慕によるものではありませんわ」
ラーシュだけでなく、エステルとベアトリスまで瞳を瞬かせている。心外である。紅茶を一口飲んで、心を潤させる。
「じゃあ、どんな意味なの? 困惑しているって言っていたけど、好きな殿方の別の側面を見たからじゃないの?」
エステルは心底不思議そうな声音をしている。言い方が悪かったかしら。近くに人はいなかったとはいえ、人目のある食堂だからと気を遣ったのが裏目に出たみたい。
ちらりと周囲を念のために見てみるけど、給仕の人たちが戻ってくる様子はない。
「実はアマンダ様からケヴィン・カールソン様のことを予め聞いていたのよ」
「カールソン様のことを?」
ベアトリスは今ひとつ要領を得ない様子だった。ソールバルグ様のことや王太子妃候補の可能性の話は、ラッセの目の前でするのは気まずくて省いたせいかしら。でも、カールソン男爵家の話も微妙だったな。ラッセは顎に指を添えて、少し思案した様子を見せた。だけど、ここで話を止めたら食堂の時の補足にもならないわ。
「ええ。カールソン男爵家は王太子妃殿下の御生家でしょう? だから気に掛ける家としてアマンダ様が挙げられていたのよ」
「従兄弟が今学園にいると言われると、確かに気になるな」
ラッセは思案顔のまま肯定してくれたけど、その瞳は困惑に揺れていた。
「ただ、王太子妃殿下が今も生家と懇意にしているとは聞いたことがないな……。私自身、カールソン男爵とお会いしたことはないし」
「カールソン様もラーシュ様との血縁を喧伝される様子どころか、誰かと話されている所も見たことがないですわ」
「だからこそ気になる、と?」
ラッセの問いに私は首肯した。そんな私たちにエステルとベアトリスも視線を交わした。
「授業中以外は、教室内にそもそもいらっしゃらないような?」
「そうね、存在感が薄い方なので見落としているだけかと思ったけど……。私もお話したことがないわね」
アルフォンス様のお茶会でも率先して話題を提供する社交性の高さを見せていたベアトリス。そんなベアトリスでも話したことがないとなると、本当にクラスの誰とも話したことがないのかも。
「アマンダ様は何を気にされているのかしら」
誰とも関わらないスタンスを取るのは、ある意味無害と言える。人脈が大事な貴族としては微妙ではあるけど……。接したことがないので、カールソン様の思惑は全く見えなかった。
ヴェロニカの記憶を辿れば、カールソン男爵家は、アンナさんの生家であると同時に被害を受けた家とも言えるかもしれない。あの婚約破棄騒動が原因で、アンナさんのお兄様は婚約者と破談になっているのだ。アールクヴィスト公爵家は当時、絶大な権勢を誇っていたもの。カールソン男爵家と縁を繋ぎたくないと判断されるのも、致し方ないことだと思う。
ただ貴族年鑑を見る限り、アンナさんがアベニウス侯爵家の養女となった後、侯爵家の寄子である子爵家の娘と婚姻を結んでいるから、アンナさんと生家の関係は今も良好なのだと思っていたのだけど……。そう単純な話ではなさそうね。
「一度、ケヴィン・カールソンと話す機会を持ちたいな」
浮かない顔でラッセは呟くけど、下手に交流を持てば良からぬ噂を呼んでしまいそうだ。せめてカールソン様が社交的であれば良かったのだけど、没交渉のカールソン様が突然第一王子と交流を持つことになるとね。
「カールソン様は休み時間の度にどこに行かれているのかしら?」
エステルが首を傾げるけど、誰も答えを持ち合わせてはいなかった。行き先が分かれば、そこで話すこともできるだろうに。
四人とも揃って困惑の溜め息をこぼせば、喉を潤すために紅茶を飲んだ。
「一先ずアマンダ様に真意を確認してみましょう」
カールソン様に話を聞くのが難しいのなら、発端のアマンダ様に確認する方が無難だろう。公爵令嬢を問い質すような恰好になっちゃうのだけは、気が重い。もう一度溜め息をこぼし合って、お茶会は解散となった。
その気鬱さを読み取ったかのように、機会は予想外の所から訪れた。
「今から一週間後にある校外学習の班分けを行います!」
教卓で、教師がにこやかな笑みとともに告げたのだ。