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ひとりぼっち

 学生生活も二週目を過ぎる頃には、周囲にも慣れた雰囲気が漂ってくる。張りつめた緊張感が緩んだ気がする。教室内を見回しても、友人同士で語らう人が増えたと思う。


――だけど、いないわね。


 今日も今日とて。首を傾げる私の耳に、溜め息が聞こえる。


「髪型、いまいちな気がしますわ」


 ベアトリスは納得のいかない顔をしている。うん、高位貴族家出身者にとっては、お世話されない生活は、まだまだ慣れないらしい。


「ゆるく巻かれているのが上品で合っているわ」


「ほつれもなく綺麗にまとまっていると思うわよ?」


 私に続いてエステルもフォローすれば、そうかしら、と一応納得している。男爵家はもちろん子爵家も、将来は高位貴族の家に雇われる可能性があるので、世話する側の教養も教え込まれているのだ。そんな私とエステルの言葉はベアトリスにとって、安心材料になるようだ。

 しかし、ベアトリスは私の顔を見遣ると、眉尻が下がる。


「カロリーナのレベルにはまだまだ程遠いわね……」


「今度、気になる部分のコツを教えるわ」


 笑顔で請け負えば、ありがとう、とお礼を言ってくれる。


「私も新しい髪型を研究したいのよねぇ」


 エステルはエステルで、どこかしら不満があるようだ。エステルも学生生活が初めてであることには変わりないものね。私はヴェロニカの記憶のお陰で学生生活に慣れがあるし、何より王太子妃付の侍女たちの熟練の技術を間近で見ていた経験は大きい。今度、三人で髪型の研究することを約束したタイミングで、先生が教室にやってきた。途端に全員真面目な顔に切り替わるのは、教育を受けることに慣れた貴族だからかしら。


 一年生の授業は、家庭教師に習ったことのおさらいの意味合いが強い。家庭教師の質によって勉学の進度と深度は異なるので、足りない分を補強して全体の底上げをする期間でもある。だから、平等を謳っている学園の割に、クラスは貴族、騎士、平民できっちり分けられていたりする。入学時点での教養の習熟度は、身分でまるで異なるのが現実だから。

 国や要人を守ることの多い騎士は歴史に強く、商人の家が多い平民は数字に強い。地理に至っては全く別の科目だ。騎士にとっては地形を把握して戦略を練る授業であるし、平民にとっては特産物や気候を把握して商機を知るための授業である。貴族は全体を習うけど、その分、広く浅くで突出するものがなかったりするのよね。


 まぁ、この国の最高峰の教育を受けた記憶がある私からすると、本当にただのおさらいでしかない。結果、意識は授業からついつい離れてしまうのだけど……。

 視線は教室の片隅に、一人でぽつんと座る男子生徒に向く。


――ちゃんと、いるわ。


 ケヴィン・カールソン。

 アンナさんの生家であるカールソン男爵家の嫡男。

 だけど、アマンダ様に予め言われていなかったら、その存在を把握することは出来なかっただろう。それくらいに存在感が希薄だ。授業が終わるといつの間にかいなくなっているのに、気付くと端の席に座っている。

 長い前髪で表情がよく見えないせいだろうか。くすんだ茶髪に加えて、その隙間から見える瞳は落ち着いた黒ということもあって、どうしても地味な印象を拭えないせいかしら。

 血縁上、アンナさんの甥であり、ラッセの従兄弟でもある。髪型を整えるだけでも、印象が変わりそうな予感はする。でも現状まるで目立たない。制服は皺なく綺麗に整えられており、清潔感はあるんだけどな。

 そもそもカールソン様に目立つ意志がないように見える。


 この二週間である程度、派閥が形成されつつある。大小様々で、消えたり融合したり、まだまだ不安定ではあるけど。貴族同士の交流が活発と思えば、そこまで悪いことじゃない。私自身は、ラッセを支持するアールクヴィスト公爵家の傘下に位置している。それは数年前から変わることはなく、ハーティロニーの繋がりは思いのほか強いのだと思う。

 他にも公爵家や侯爵家を中心とした大きな派閥があるけど、カールソン様が交流されている様子はない。商人との繋がりの方を重く見ているのかと思いきや、そちらと繋がる様子もなく、騎士爵の方々とは言わずもがな。

 本当に独りぼっちで学生生活を過ごしているのだ。


――おかしいわね……。


 もやもやした気持ちを抱えたまま授業を終えてしまった。全然集中できていなかったわ。いや、ある意味、集中していたんだけど。先生には申し訳ないことをしたわ。


「何、悩んでいるの?」


「え?」


「唸り声、漏れてるわよ」


 エステルの指摘に思わず口を覆う。淑女にあるまじき失態を犯してしまったようだ。

 そっと周囲を見回してみるけど、授業終わりのざわめきで埋もれたのか、こちらを気にしている様子はなかった。良かった。


「じゃあ、お昼はお悩み相談会ね」


 くすりと笑みを落とすベアトリスは、髪型で悩んでいた様子はもう微塵も感じさせない。まるで年上のお姉さんみたいね。


「悩みというほど大袈裟なものじゃないのだけど……ありがとう」


 気遣ってくれる友達がいる有難みを感じる。

 三人並んで食堂に向かえば、紅茶で一息つく間もなく、エステルが口を開く。


「それで、カロリーナは一体、何を悩んでいるの?」


 他の人の目もある食堂で話すような内容ではないかも、と今更ながらに心配になったけど、お昼になってすぐだからかまだ混んでいない。両サイドも空席のままだ。向かいに座るエステルとベアトリス以外に、近くに人はいない。


「カールソン様のことが、その、ちょっと気になって……」


 それでも私の声は抑えたものになった。何だか気軽な相談の雰囲気じゃなくなった気もする。


「え? カールソン様?」


 エステルは予想外の話だったのか、きょとんとしている。


「えっと、気になるというのは……?」


 ベアトリスも少し困惑している気がする。

 私からするとカールソン様の状況には大分違和感があるのだけど、二人は気にならないのだろうか。アマンダ様との会話は細かく伝えていなかったから、気にも留めていなかったのかも? でも、現王太子妃殿下の近しい縁戚者なのだ。アマンダ様の注進がなくても、みんな、それなりに気に掛けるものと思っていたのだけど……。アンナさんがアベニウス侯爵家の養女になった時点で、縁が切れていると考えられているのかしら。

 カールソン様自身ももしかして……?


「そうね、何というか、つい目で追ってしまうというか?」


 ヴェロニカの頃だったら、もっと上手く人となりを観察できたと思うのだけど、今の私だとどうしてかあからさまになってしまうのよ。


「それは、その、どういった意味で?」


 エステルの言葉の歯切れが悪い。どういった意味って……。


「うーん、想像していたのと違うから、困惑しているというか、考えてしまうのよ」


 話している途中で、二人の唇がぴたりと縫い合わされたように閉じる。あれ? と思った瞬間、紅茶に影が差していることに気付く。


「やぁ、カロリーナ嬢。何だか楽しそうな話をしているね?」


 ご機嫌よう、と気楽には言えない雰囲気のラッセが、いつの間にか背後にいた。


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