候補
アマンダ様に相談してみよう、と思ったものの、存外タイミングが難しい。内容が内容だけに、人目はできるだけ少なくしたいと思うと……。どうしたって寮に帰ってからになるし、それも新入生がいきなり公爵令嬢の部屋を訪れるというのは、悪目立ちするわ。元々交流があると言ってもね……。
ヴェロニカの記憶に尋ねてみれば、まずは手紙でお伺いを立てるのが無難かしら。
いきなり訪ねて来られるのって、やっぱりあまり良い気分ではなかったもの。いや、友人ではなく取り巻きだったからかも? うん、所構わず話しかける子もいたわね。あれは相談の体をとった悪口でしかなかったわ。そりゃ気分も悪くなる。
悪口の中には、アンナさんに関するものも多かった。婚約者だったヴェロニカが少しでも不快を示せば、みんな水を得た魚のように口が軽くなった。パクパク、パクパクと。水と言うより餌を得ようとしていたのかしら。
思い返してみれば、とても滑稽だ。
そして、そんな中でもレオナルド様との運命の愛を勝ち取ったアンナさんに関しては、ある意味尊敬する。とても私には真似できない。
そんな訳で、寮に帰ると早速アマンダ様にお伺いの手紙を書いた。同じ寮内で手間にも思えるけど、公爵家と男爵家の格差はとても大きいのだ。
寮監に預けた手紙は、一時間もしない内に返事が届いた。
『今からいらっしゃいな』
と、柔らかな筆致で書かれていた。
相談の提案をしてくれたエステルとベアトリスには、今から相談に行く旨を一応言付けてもらった。
寮の部屋は、平民や騎士だと相部屋の者も多いそうだけど、その分、学費が少し安いらしい。しかし貴族は見栄もあって、相部屋を選ぶ者はほぼいない。だから、男爵令嬢も公爵令嬢も同じ間取りの部屋に住んでいるはずなのだけど……。アマンダ様の部屋は、私の部屋よりも数段高貴かつ豪奢に見えた。調度品を持ち込むこと自体は禁止されていないからね。
柔らかそうなソファにゆったりと座られるアマンダ様は、さながら王妃殿下のような貫禄がある。
「新入生で最初に訪ねてくるのがカロリーナ様になるとは、これも縁かしらね」
「訪問を許可頂き感謝致します」
「そう硬くならないで? わたくし、喜んでいますのよ」
「ありがとうございます」
一口、紅茶を飲んで喉を潤す。アマンダ様はにっこりと微笑みを浮かべられた。
「カロリーナ様がわたくしの部屋を訪れたと知ったら、ラーシュ様に嫉妬されるかもしれませんわね」
「まさか、そんな」
異性間で寮の行き来をするのは禁則事項だ。嫉妬するしない以前のことだと思う。
「あら、カロリーナ様は殿方の情に初心でいらっしゃるのね」
ころころと楽しそうに笑われているけど……私と一歳しか変わらないよね? 誕生月で言えば半年も変わらないはず。お兄様は娘に一体どんな教育をしているのだろう。一抹の不安を感じた。
「まぁ悋気は男も女も怖いものですからね。これからも手紙の橋渡しくらいは致しますから、安心なさいな」
「それは、ありがとうございます」
男爵令嬢が一国の王子に手紙を渡すのは、平等を謳う学園内でもリスクが高いので、素直にありがたいと思うし安心する自分がいる。連絡できるのは嬉しいから。公爵令嬢を使うことになるのは、精神的負担が大きくはあるけれども。この一年で、ある程度慣れはしたのだ、一応。
「それは……? 相談事は別のことだったかしら?」
首を傾げるアマンダ様の瞳をまっすぐに見つめる。
「はい。実は、ソールバルグ様に何故だか興味を持たれているようなのですが、私自身には心当たりがなく困惑しているのです。アマンダ様は何かご存知でしょうか?」
アマンダ様の首が反対側に傾く。けれど、瞳は私から離れることはなく、言葉の意味を吟味されているようだった。言葉通りに受け取るなら、隣国の公爵令息に一目惚れされた、と告げているようなものだ。大分、自意識過剰なんじゃないか、と少し居心地が悪くなる。
「クリスティアン様は何と仰っているのかしら?」
「星が秘す赤薔薇の君を知りたい、と」
その赤薔薇の君が私らしいんです、とはちょっと言いにくい。アマンダ様の方が余程赤薔薇が似合うもの。
「赤薔薇の君、ね。なるほど」
「どういった意味なのでしょう?」
「単刀直入に言うと、将来の王太子妃候補に探りを入れてきたということかしらね」
王太子妃候補……?
一瞬、上手く言葉が入ってこなかった。私の中のヴェロニカが拒絶したと言ってもいい。だけど、アマンダ様にからかうような様子は微塵もない。
「あの、私の家は男爵家なのですが……?」
否定しかけて、あまり説得力のない言葉だったな、と口が止まる。現王太子妃殿下が元男爵令嬢なのだ。言いようによっては不敬になってしまう。
「現状、ラーシュ様が親しくされている令嬢はカロリーナ様くらいですからね。親のこともあって、家格を歯牙にもかけない血筋と判断されているのかもしれませんわ」
親しくて、かつ家格も釣り合う令嬢が目の前にいるんだけどな、という無言の視線に気付いたらしく、アマンダ様はおかしそうな笑みをこぼされる。
「わたくしはあり得ませんわよ? アールクヴィスト公爵家は直近で王太子妃を出している上に、あのようなことになったんですもの。公爵家としては拒否一択ですし、現王家としてもこの件で王命など絶対に出せないでしょうね」
言われてみれば、その通りである。心情的な面は勿論、貴族のパワーバランス的にも難しいよね。それ以前にレオナルド様は全力で嫌悪して拒否しそうだ。
となると、本当に私が王太子妃候補に挙がることがあるんだろうか? 実感は湧かない。ラッセとは友人でいたい。でも、その望みが育っていけば友人の枠からはみ出したいと願ってしまうのだろうか。
恋は、まだ、分からない。
「まぁ、何にせよ、学園は人が集まる場所ですもの。色んな思惑や視線があることは理解して行動した方が良いでしょうね」
「ご忠告、痛み入ります」
ソールバルグ様がどういった意図で探りを入れてきているのか、そこはアマンダ様もまだ確信を持てることはないそうだ。バルグリング王国に不安定さは今の所見えていないらしいけど……。それ故に隣国の動きを注視しているとも言えるかもしれない。
社交は学生の内から始まっているのだと思うと、少し気が重くなる。
「あ、そうだわ。国外は元より、まずは国内を気にかけた方が良いかもしれないわ」
それは勿論、と頷きかけた所で、思わず目を見開いてしまった。
「今年はカールソン男爵家の嫡男も入学しているのよ」
それはアンナさんの生まれた家だった。こぼれ落ちそうになった溜め息をぐっとこらえた。