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懐かしい制服

 姿見の前で、ひらりとスカートを翻す。

 ひざ下のスカートは、普段のものよりも大分短く感じて少し心許ない。紺色単色なのは地味で重く見える。だけど、懐かしい気持ちにもなる。

 王立フルユース学園の制服。

 ヴェロニカが学生だった頃から十六年経っている。その間に制服のデザインが変わることはなかったみたいだ。シンプルかつ機能性に優れ、平民から王族までが着る服のデザインとなると、新たに作るのも難しいのだろうな、と思う。


 学生鞄を手に取り室内を振り返れば、まだ馴染まない学生寮の一室が一望できる。ベッドや机など必要なものは揃っているが、貴族令嬢の部屋としては広いとは言えない。それでも応接用のソファを置くスペースはあるのだから、充分だ。

 六年間、お世話になる部屋なのだ。大切にしたい。

 寮を出れば、春の日差しが降り注いでいる。


「カロリーナ、おはよう」


「あら、エステル、おはよう」


 呼びかけられて振り返れば、同じ制服を着たエステルがいた。金髪だと紺色の制服も映えるわね。赤茶色の髪が少し恨めしくなる。


「どうしたの? 朝から浮かない表情ね」


「少し金髪が羨ましくなっただけよ」


 素直に告げたけど、エステルはピンとこなかったようで、自身の毛先をつまんで首を傾げている。


「よく分からないけれど、今度金髪のかつらでもつけてみる?」


「そこまでは必要ないわ」


「カロリーナのふんわりした髪だって素敵よ」


 他愛無い話をしながら、入学式が行われる講堂へ歩き出す。

 寮と校舎は、歩いて五分とかからない距離だけど、全校生徒を収容できる講堂は少し離れている。馬車を必要とする距離ではないけど、それでもフルユース学園の規模が大きいことを実感する。

 並木道を通り抜ければ、まばらだった学生の数もぐっと増えた。今日は入学式しかないから、新入生以外は基本的に休みだ。つまりは、目の前にいるのはみんな同級生だよね、きっと。アルフォンス様のお茶会を通して知り合った人はいたけど、こうして見ると知らない人の方が圧倒的に多いのだと、当たり前のことに気付かされる。


「みんな向かう先は一緒だから、迷いそうにないわね」


「本当ね」


 エステルの言葉に頷きながら、ヴェロニカの記憶から構内が変化していないことに、ほっと安心している自分がいる。

 講堂は、演劇やオーケストラによる演奏も行われる場所というだけあって、構内の独立した建物の中でも、際立って大きい。男子寮、女子寮、食堂がすっぽり入って余るくらいの面積を有している。


「エステル、カロリーナ、二人とも早いのねぇ」


 講堂に入ろうとした所で、知った声に呼びかけられた。


「ベアトリス! おはよう」


 私とエステルの声が綺麗に重なった。


「ええ。おはよう。二人は相変わらず仲が良いわね。羨ましいわ」


「あら、つれないことを言うのね。ベアトリスだって、友達よ?」


「置いてけぼりにされたのが辛くて……くすん」


 大袈裟に品を作るベアトリスに、友達と言い切ったエステルも苦笑いだ。


「明日からは三人で行きましょう?」


 そっと提案すれば、ベアトリスはからりとした笑顔を見せる。


「ありがとう。でも、無理のない範囲でね」


 この三年で、すっかり気安い関係になってしまったけど、第三者から見れば分からないことだ。伯爵令嬢であるベアトリスが、子爵令嬢と男爵令嬢を無理矢理従わせていると思われたくはないのだろう。


「講堂の入り口で何をしているんだ、お前たちは」


 不意に呆れたような声を漏らすのは、アルフォンス様。この三年ですくすく身長が伸びて、パッと見は上級生みたいだ。


「女子たちの語らいですわ」


 物怖じする様子のないベアトリスは、気安さよりも気品が前面に出ている。どこかいたずらっ子の雰囲気があるせいか、アルフォンス様は肩をすくめただけだ。


「早くしないと遅刻するぞ」


 付け足された言葉もどこか投げやりで、初対面の時のことを思えば、打ち解けたと言えるだろう。異性であるが故に呼び捨てにすることはできないけれども。


 入学式が行われるのは講堂の中でも最も大きい大ホール。太陽の間だ。

 貴族の子息に加えて、騎士爵等の準貴族、大きな商会の子たちもいるので、新入生のみと言っても百五十人程いるのだろうか。貴族の子は、三分の一に届くかどうかという所だろう。男爵の身分も相対的に高く見えてしまうわね。平民の子からすれば、騎士爵も貴族と変わらなく見えるだろうから、随分肩身が狭い思いをしているかもしれない。


 入学式が学園長の祝辞とともに始まる。学問の前には皆平等とにこやかに告げるけど、現実はそう簡単でもないのよね。

 学園長に続いて、在校生代表として檀上に上がったのは、ラッセ。

 思わず目を見開いてしまう。

 先日頂いた手紙でも、在校生の代表を務める旨が書かれていたので、それ自体に驚きはない。在校生に王族がいるなら半分義務みたいなものだし。学園長の話とは矛盾するようだけど、身分を完全に切り離せられるはずもない。

 私が驚いたのは、ラッセの身長。そして声。


 この三年、私的な理由では会っていない。学園は王族も貴族も平民も寮に入るのが原則だ。そして、社交も学園内で行われるのが基本になる。同年代の貴族はみんな学園内にいるんだから、当然よね。ラッセの誕生祭、陛下の誕生祭、そして豊穣祭くらいでしか学外で公的に見る機会はなかった。挨拶はできるけど、わずかな時間だ。男爵令嬢という立場で考えれば、それでも破格の待遇だ。王族はとても遠い存在なのだと実感させられる。


 その豊穣祭からわずか四ヶ月ほどで、ラッセの身長はぐっと伸びて、声は一段と低くなっていた。少年は青年になっていた。

 知らぬ間にラッセが成長していくことに寂しさを覚えるのは、何故だろう。

 ラッセとまた気楽に話せる時間を持てたらいいのに、と欲がちらつく。同じ学生になったと言っても、現実的には難しいと分かっているんだけどね。

 分かっているんだけど……?


「カロリーナ嬢、入学おめでとう」


 入学式を終えた直後に、ラッセににこやかに声をかけられているのは何故かな?

 私の周りには伯爵令息、伯爵令嬢、子爵令嬢と、より高位の方々がいるのですが……。三人はにこやかな笑顔のまま、私から視線を逸らした。


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