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無知なる子 9

 目を覚ますと、もう見慣れた天井。首を横に向ければ、カーテン越しでも日が差していることが見て取れた。

 今日も朝が来た。

 ベッドから起き上がりカーテンを開ければ、思った以上に明るくなる。王族ということで、学生寮の中でも日当たりの良い部屋が与えられているということもある。学園の名を表したような部屋だとは思う。

 王立フルユース学園。

 果たして私の未来も光あふれたものとなるだろうか。


 部屋に備え付けられた机の上に、無造作に置かれた手紙。王太子妃殿下からのくだらない手紙。学園の長期休暇を一ヶ月後に控えて、王城にはいつ帰ってくるのか、いつ会えるのか、などと白々しい文章が並んでいる。その前に豊穣祭の祭祀があるのだから、わざわざ手紙でやり取りする必要などない内容だ。王太子妃殿下は、私自身に興味があるわけじゃない。だから、手紙に認めるようなことが思いつかないのだろう。

 溜め息を一つこぼしてから、昨晩の内に書いておいた便箋を無地の封筒に封する。ちなみに、祭祀の時までに決めておきます、という内容だけではさすがに差し障りがあるので、無駄に詩歌の引用をして埋めてある。

 食堂に行く道すがら寮監に手紙を渡せば、出しときますねぇ、と慣れた様子の返事があった。王太子妃殿下宛ての手紙に対する態度としては軽い。封筒の厚みが明らかに違う手紙のやり取りを何度も仲介すれば、さすがに察することもあるだろう。


 男子寮と女子寮の間に位置する食堂は、渡り廊下で繋がっている。全校生徒が利用するとあって、かなり大きな建物だ。寮の各階にもお茶の用意ができる程度の簡易のキッチンがあるので、朝食は部屋で済ますという者も一定数いるが、それでもちゃんとした食事を望む生徒の方が多い。

 食堂に指定席はない。

 ないのだが、一階が子爵家以下、二階が伯爵家以上の爵位のものが利用することが、暗黙の了解になっていた。更に二階の半分個室のようになった奥まった場所は、公爵家と王族が利用するのが定番になっていた。別に男爵家の者や騎士爵の者が座っていても問題ないじゃないか、と思うが、身分に敏感な者はどこにだっている。無用なトラブルはない方が良い。


 注文した料理は、料理人から対面で直接受け取ることになる。その後ろでは、多くのコック帽が忙しなく動いているのが見える。

 ああ、今日も安心して食べられる。

 安堵の気持ちで半ば指定席になっているテーブルに向かえば、見知った顔があった。


「おはよう、ラーシュ」


「ご機嫌麗しゅう、ラーシュ様」


 ヴィンセントとアマンダ。アールクヴィスト公爵家の兄妹だ。


「おはよう、二人とも」


 産まれた時から貴族としての教育を叩き込まれている二人だが、年が近いということもあってか、王族の私にも気さくに接してくれる貴重な人物だ。


「何だかまだ眠そうだな。夜更かしでもしたのか?」


 自分ではそんな意識はなかったのだが……。この二年、朝に夕に過ごすことの多いヴィンセントからすると、違和感があるのだろうか。


「特に寝不足ということはないけど……懐かしい夢を見たからかな。寝足りないのかもしれない」


 夢にカロリーナが出てきたことは、ぼんやりと覚えている。出会った頃のことだったろうか。瞬きする度に、内容は判然としなくなっていく。


「懐かしい夢? 虫の知らせかもしれませんわね」


 アマンダはにっこりと微笑むと、どこに隠し持っていたのか、するりと封筒を取り出す。オリアン男爵家の封蝋が押されている。

 ドキリと胸が高鳴った。


「……分かりやすいな」


 ヴィンセントのつぶやきは聞かなかったことにする。自分でも分かっていることだ。


「昨日、届いておりましたのよ」


 それなら昨日の内に渡してほしかった、とつい恨みがましい眼差しになってしまう。


「学年が違う上に男女で分かれている故に、渡す機会が限られているのは困ったものですわね」


 言葉と裏腹に、楽しそうにコロコロと笑い声をこぼしている。そんな事情はこの二年で嫌というほどに分かっている。カロリーナから直接手紙を受け取れるアマンダが、ただ羨ましいだけだ。学園に通うようになってからも、カロリーナと手紙のやり取りができる窓口を確保できただけでも良しと思うしかない。


「アマンダにはいつも感謝しているよ」


 だから、その手紙を早く渡してほしい。


「まぁ……何だか餌を待ちきれないワンちゃんのようですわ。確か東の国には王をワンと発音するところがあったような?」


「さすがに不敬だぞ。犬に見えるのは事実だが」


 この兄妹は、本当に遠慮がない。無論、不敬などと言うことはない。


「アマンダ、私への手紙を渡してくれるかな」


 意識して落ち着いた鷹揚な声を心掛ける。ふんわりとしたスマイルを添えることも忘れない。


「まぁ、仕方ありませんわね。被害者を増やす訳にもいきませんし」


「被害者?」


 意味が分からず首を傾げれば、近くの席で咳き込むような声が聞こえた。ちらりと視線を周囲にやれば、頬を染めたような令嬢がちらほらいる。人前で咳き込むのは貴族令嬢のマナーとしては微妙だから、気恥ずかしかったのかな。


「……ラーシュが自身の見目を正しく認識するのはいつになるんだろうな」


「二年経っても自己肯定感はいまいち上がりませんのよね。何故かしら」


 アールクヴィスト兄妹から、何だか憐みの目を向けられている気がする。見目については王太子殿下譲りなので整っている方だとは思うが、街の人々の声を聞く限り肯定的な意見は少ないし、私自身は呪い子だ。心から懸想する人などいない。

 ただ、カロリーナだけは例外になってくれたなら嬉しい。


 アマンダから手紙を受け取る。今すぐ中身を確認したい衝動に駆られるけど、今はぐっとこらえる。ワンちゃん扱いは不本意だからな。ちゃんと待ては出来る。

 それでもカロリーナの筆跡で書かれた封筒に触れるだけで、温かな気持ちが溢れてくる。目の前では溜め息がこぼれ、周囲ではカトラリーの落ちる音がしたが、そんなことは些末な気持ちになる。

 来年になれば、カロリーナが学園に入学してくる。

 温かな未来に想いを馳せた。


これにて幕間は終了です。

次回から第2幕開始となります。

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