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無知なる子 4

 教育係がついて一年が過ぎた頃から、勉学の進みが遅くなった。

 四科目のみなので、元々詰め込んでいる訳でもなかった。だけど、私は新しく知ることが楽しくて、授業を終えた後の午後を予習にあてていたのだ。結果、勉学一年目はかなりハイペースに進んだらしい。教師の方々にも褒めて頂けた。

 その進度に歯止めをかけたのは、おそらく王太子殿下だ。六歳の誕生日に一年振りに会った王太子殿下は、ちょうど予習していた私の教科書を見て、苦虫を嚙み潰したような顔をされていたから。そして、それからは予習していても次の時間で教えます、となって進みが悪くなった。


 時間を持て余してしまった。

 話し相手でもいれば良かったけど、メイドたちは気づくと見慣れない人がついていて、親しくなることもないままだ。ノロイと囁かれることもなくなったけど……。一定の距離を置かれるのは、王族だから仕方ないのかもしれない、と思うことにしていた。


 予習に励むことも、会話に花を咲かせることもできない私は、隠し通路のことが気になり始めていた。

 教養の一環で、王城の全体図を見る機会があったことも関係している。離宮の私の部屋から陛下の執務室へ隠し通路を使って辿り着けたけど、王城の全体図を見る限り、繋がっているようには見えなかったから。執務室は王宮にあり、同じ王城の敷地内とはいえ離宮は当然離れている。

 それに離宮にある私の部屋は三階だ。王宮と離宮が地下で繋がっていたとして、そこまで階段を上り下りした記憶はない。あの時は逃げたい一心で無我夢中だったし、感覚が曖昧になっていたのかな。


――気になる……。


 言葉が漏れ出たら、もう確かめる以外に選択肢はなくなっていた。

 メイドたちは夕食時にならなければ部屋に現れない。六歳の王子が一人で放置されているのは、よく考えたら異常なのだけど、当時の私は都合が良いとしか考えていなかった。

 早速、衣装部屋へと足を踏み入れる。ドアノブに楽に手が届くくらいには身長も伸びていた。しかし、吊るされている服はサイズがまちまちだ。一応、新しく用意されてはいる。でも、きちんと測って仕立てられたものはない。そのことをおかしく思うこともなく、私は汚れても目立たなさそうな色味の上着を適当に選んで、隠し通路を作動させていた。

 なお、目立たなかろうが汚れはつくので、後でメイドにしかめ面をされたのは言うまでもない。普段着が綺麗なら大丈夫なんてことは勿論ない。よもや探検していたとは思われなかったようで、その後も隠し通路は使えたけども。


 隠し通路を進むにあたって、まず王城の全体図を思い浮かべる。教養を学ぶ中で、隠し通路を使って陛下に遭遇するのはあまり良いことではない、という認識はあった。あと王太子殿下と王太子妃殿下に会うのは避けたい気持ちがあった。

 となると王宮とは別方向に進むのが無難……。


――隠し通路の出口って、執務室以外にもあるのかな?


 首を傾げつつ、分かれ道もあったんだからきっと大丈夫、と思い直して歩き出す。

 薄暗い道。先が見えないわけじゃないけど、次回はランプも用意した方がいいかもしれない。全体図の写しがもらえないか先生に聞いてみよう。水も用意できたらしておきたいな。食料は……やめておこう。

 探検を始めてから必要なものが思い浮かんでくる。行動するには計画性が大切なのだと、幼いながらに理解した。それでも足を止めることなく歩き続きたのは、好奇心が勝ったからだろう。


 自室に戻れなくなっては困るので、分かれ道に来たら、全て右に曲がるようにする。歩くことに集中できるようになると、緩やかな坂道になっていることに気付いた。階段の上り下りは存外足の負担になる。走ることにも慣れていない王族や貴族の令嬢なら、尚のことだろう。でも、これだと何階分移動したか分かりにくくなる……。

 とりあえず、最初に遭遇した扉から一度外に出てみることに決めた。


 そうして、見つけた扉は何故か天井にあった。目の前の壁は行き止まりだ。天井に届く階段があるので出ることは出来るけど……。首を傾げつつグッと扉を押すと、六歳児の力でも簡単に開いた。

 周囲に誰もいないか気にしつつ外に出てみたものの、どうやら建物の中のようで、人がいる様子はない。隙間風はないが自室に比べれば大分質素な雰囲気で、これが小屋というものだろうか、とぼんやりと考えていた。初めて見るものばかりがあって、何の用途の小屋なのかも分からない。


――王城の外に出た?


 ぽつりとつぶやいた言葉は、漠然とした不安を呼ぶ。小屋の外に出ても大丈夫なのかな。引き返した方がいいのかな。

 ためらいつつも、足は小屋の扉へと動き出す。その段階になって、小屋には窓があり、カーテンが閉められていることに気付いた。いきなり外に出るより、窓から様子を窺った方が良いかもしれない。

 そっとカーテンを開けた瞬間、目を奪われた。たくさんの植物があった。教養の先生に見せてもらった図鑑に載っていた花が色とりどりに咲いている。王城には庭園があり、そこには植物が植えられていると聞いていた。


――これが庭園?


 初めて見る庭園から目が離せない。近くで見てもいいのかな。触れてみたい。

 興味惹かれるものの、一歩踏み出せずにいた所で、ノックの音が響いた。驚いてカーテンを閉めていた。心臓が大きく跳ねて、激しく脈打つ。


――殿下、いらっしゃいますか。


 潜めるような落ち着いた男の声。それは以前、隠し通路を使った時にも聞こえた声だ。


――……陛下の護衛?


――さようにございます。


 確認するように問いかければ、肯定して扉を開けられた。入ってきたのは、確かにあの時の男だ。でも、今回は剣を握ってはいない。代わりに、その手でそっと抱きかかえられた。


――失礼致します、殿下。陛下の所までご案内致します。


――歩けるよ?


――体力がおありなのですな。しかし無理はいけませぬ。


 言われてみると、足の裏に痛みを感じた。探検するには体力が足りないと痛感する。

 陛下は庭園の四阿あずまやにいらっしゃった。護衛は地面に優しく下ろしてくれた。


――王国の偉大なる太陽、陛下にご挨拶申し上げます。


 授業で習ったことを思い出して挨拶すれば、陛下は鷹揚に頷かれた後で、どこか呆れたような溜め息をつかれた。


――久方ぶりに抜け出したかと思えば、はるばる春の庭園まで移動し、それでいて慌てることもなく挨拶をしてくるとはな。


 一体誰に似たのか、と、こぼす表情は、だけどどこか楽しげだった。

 私はと言えば、何故バレたのか原因が分からず、内心首を捻っていた。そんな、陛下を目の前にしても余計なことを考えていられる態度が面白かったのか、特に咎められることもなかった。


 実は、王城内の隠し通路が作動した時点で執務室に通知が行く仕掛けが施されていると知ったのは、十二歳の豊穣祭を終えた後のことだった。

 隠し通路は王族の命綱であると同時に、急所にもなり得る。故に初めて隠し通路を使った時は、離宮で存在を知っている者がいないはずだった上に執務室に向かっていたので警戒されたが、今回は私が使用していると分かっていたので対応が緩くなったのもあったようだ。一応、警戒はしていたと思われるが……。


 次こそバレないようにしよう、と浅はかに計画していた私は、この日以降、毎日のように隠し通路に挑戦した。無意味に遠い距離を歩いたり、あちらこちらへと迂回してみたりしていたのだけど、全ては徒労であった。陛下と護衛に遭遇すると、必ずお茶菓子が用意されるようになっていた時点で気付くべきだった。


――また会ったな、ラーシュ。


 そう、にこやかに話される陛下から嫌悪の気持ちは感じられず、出し抜けなかった残念な思いとは別に、むず痒い気持ちが心の奥にあった。陛下とのお茶会は、マナーを実践する良い機会にもなった。


 もちろん誰にも会わずに自室に戻れることもあったけど、それは単純に陛下が執務室から離れられなかっただけで、護衛が遠くから見守っていたのだろうと、今なら分かる。何せ王都内まで抜け出した時もアードルフはいたのだから。

 毎日隠し通路の通知が行くのは、執務の妨害になっていただろう。でも、ある意味陛下への生存報告の代わりにもなっていたのではないかと思う。


 陛下は確かに私を王族の一人として扱ってくださっていた。一方で、王太子殿下も王族として接するようにされていたのだ。信頼度を落としながらも。そうでなければ、もっと早くに私の生活に深く介入されていただろう。

 王族は国を繋いでいく存在。次代の育成も重要な責務の一つだということ。王太子殿下がきちんと理解して行動していれば、陛下の決断も変わっていたはずだ。

 そんな陛下の苦慮に思いはせることなく、隠し通路で体力をつけた私は、とうとう王城の外へと繋がる出口に辿り着いていた。


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