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祭祀

 豊穣祭の朝は早い。

 貴族にとっての豊穣祭は、神聖な王家主催の行事の一つだ。緑溢れるスコーグラード王国は、豊かな自然で国力を保っているとも言える。工業面や軍事面では、周辺国より遅れているのが現実だ。故に国を挙げての行事になっている。豊穣祭の後の舞踏会をもって今年の社交シーズンも終わりを迎え、冬の訪れに備えるので、一年の大きな節目でもあった。

 そんな日に普段着という訳にはいかない。故に、朝から湯浴みを済まし、ドレスに髪に化粧にと、気合いの入った夜会と同様の手入れが必要になる。マーヤたちも一苦労だ。

 神殿で開かれる女神ヴィネア様に捧げる祭祀は、十歳を迎えた長子または後継も同伴を許されるため、今年と少なくとも来年は私も参加することになる。ダニエルが十歳になった後は、お留守番することになるのかしら。その辺は当主の裁量次第なのよね。


「お姉様、きれいです!」


 準備を終えて玄関に顔を出せば、待っていたダニエルが早速褒めてくれる。


「ありがとう。普段着ない色合いだから、少し気恥ずかしいわ」


 神殿、女神ヴィネア様に対して嘘偽りは許されない。潔白であることを示すため、白いドレスを着る。ただデビュタントのようなスカートがふんわり広がるボールガウンではなく、すっきり細身のマーメイドラインのものを着る。ワンピースタイプで、肌の露出もほとんどない。シンプルなデザインで、みんな似たようなものを着るので、自身のスタイルがものを言う衣装でもあるのよね……。ヴェロニカの頃に比べれば平凡な顔立ちなので、ちょっと気後れしてしまう。


「もっと自信をお持ちなさいな」


「そうだぞ、可愛いぞ」


 お母様とお父様も励まして下さるけど、身内の言葉だ。話半分くらいがちょうど良いだろう。お母様は密かにスタイルが良いし、きっと数年すれば私も自信を持てると思いたい。

 それにしても女性は全身真っ白になるのに、男性はクラバットを白くするくらいで、後は自由だから誤魔化しもしやすくて楽よね。ちょっと羨ましい。


「さて、あまりのんびりしていると遅れてしまう。そろそろ行こうか」


 お父様の仕切り直した声に頷き、ダニエルやマーヤ、執事たちに見送られて馬車に乗る。御者をパウルと騎士の二人が務めてくれるけど、他は護衛もつかない。豊穣祭のために街は警備が敷かれていることもあるけど、王家主催かつ神殿で開催のために入場できる者も限られるためだ。

 だから、全ての貴族が揃うと言っても過言ではないのに、神殿の大広間は意外とゆとりがある。大広間の祭壇後ろには、巨大な女神ヴィネア様の像が鎮座しているため、やや圧迫感があるのだけど……。高窓から降り注ぐ秋の日差しが、緩和してくれているようにも思う。


 爵位順に席が定められているので、エステルとも離れている。かろうじて頭部が見えているけど、声をかけられる距離じゃない。アルフォンス様、ベアトリス様は爵位が離れすぎていて、いらしているかどうかの確認もできないわね。アマンダ様はどうかしら。長子ではないからいらしていないかもしれない。代理で来ている可能性はあるのか。そもそもヨハンネスお兄様が、この場にいらしているのかどうか。王家主催の行事には顔を出していらっしゃるとのことだったけど。

 スコーグラード王国の貴族も何だかんだで多いのだ。人探しには向かない場所だと思う。


「落ち着かない様子だね。どうかしたのかい?」


 お父様から注意されてしまったわ。


「見知った方がいらっしゃるかと思って……。失礼しました」


「今は祭祀に集中なさい」


 お父様の言葉に、はい、と頷き返す。高位貴族だけでなく神官も集まる場だ。下位貴族が目立っても良いことはないだろう。それでなくても、最近は関わる人が高位の方が多くて、色々悪目立ちしている感があるし。


 やがて檀上の袖から、神官を取りまとめる司教である猊下が現れた。ヴィネア様の巨大像を背にする姿は、神に仕える者としての静謐さと威厳さがある。祭服は当然白い。金糸で縫われた刺繍が、神々しくさえある。

 けれども、そんな金糸さえ霞んでしまうのが、続いて檀上に現れた王族のプラチナブロンドかもしれない。


――レオナルド様。


 今世になって初めて見るその姿は、確かに高貴なのだろう。隣に並ぶアンナさんも、王太子妃として過不足ない礼儀が身についているように見える。案外、落ち着いて見ていられるものだな。というか、今の今まで今日、二人を見る可能性をまるで気にしていなかった。私にとっては勿論、わたくしにとってもただの過去でしかないのだ。

 それよりも、どうしてかしら。二人が年齢以上にくたびれて見える。エドヴァルドは童顔だから横に置くにしても、お父様とお母様とも同い年には見えない。

 老いし太陽、の一節が過った。何故かしら……。


 そんな疑問は、次の瞬間に吹き飛んだ。

 続いてラッセが現れたから。国王陛下と王妃殿下と共に。レオナルド様の比ではないプラチナブロンドの輝き。

 ざわめきが静かに、確実に会場に広がる。檀上には猊下の右手側に王太子夫妻、左手側に国王陛下と王妃殿下、そしてラッセが並ぶ形になっている。

 公式行事に第一王子が姿を見せたことだけでも驚きなのに、立ち位置が国王陛下により近い場所。動揺するなという方が無理かもしれない。そんな中でもお父様とお母様は変わりない様子だ。多分、アルフォンス様たちも落ち着いていらっしゃるんだろうな。


「静粛に」


 猊下も心動かした様子はない。貴族たちのざわめきが落ち着き出せば、粛々と祝詞を語り出す。決して張り上げるような声ではないのに、神殿全体に届くような温かみのある声だ。

 それからレオナルド様、国王陛下の話に移る。さすがにラッセも話すということはなさそうだ。だけど、貴族たちの関心は確実にラッセに向いていることを感じる。レオナルド様の言葉は右から左に素通りした感がある。

 実の所、私も記憶に残っていない。あぁ、文官に書かせた当たり障りない文章を頑張って暗記したんですね、なんて思ったくらいだ。


――暗愚。


 エドヴァルドの言った言葉は、確実な予言なのかもしれない。そんな状況だから、尚のことラッセに注目が集まるのかもしれない。


――呪い子。


 その言葉は、思念は、ラッセをいつまで縛り続けることができるだろうか。

 ラッセは、ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラード殿下。星が太陽の輝きをまとう日は、存外遠くないのかもしれない。檀上のラッセは、確かに王族だった。

 友人として、私は笑みを向けた。

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