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変化

 ラッセにエスコートされてアマンダ様たちとお茶会をしてからというもの、日に日に招待状の数が増えた。もし全ての招待状に応えていたら、それこそ毎日お茶会の日々になっていただろう。公爵令嬢であった時ならまだしも、男爵令嬢の身分ではただ断るというのも難しい。だからと言って毎日お茶会なんて、どうしたってドレスが足りない。

 参加しなければ高位の家を蔑ろにしたと詰られ、参加すればどこそこの家のお茶会と一緒のドレスを着ているなんてと揶揄される。

 無駄に疲弊することは、火を見るより明らか。


 なので元凶と言えるアルフォンス様に丸投げすることにした。

 つまり、一つ一つの招待に応じるのは難しいので、バリエンフェルト家のお茶会で皆様一斉にお会いしましょ? とした訳である。家格が下の家からの提案は不躾な所はあるけど、このタイミングでお茶会に招待してくる家なんて、オリアン家が王族、高位貴族とどんな社交をしているか知りたいだけなので、相手側としても問題はないのだ。男爵家や子爵家からすれば、アールクヴィスト公爵家と繋がりが持てるかもしれないまたとない機会だから、万々歳と言えるだろう。


 そして、派閥の拡大を狙うバリエンフェルト家としては狙い通りという所だ。正直、良いように使われた感は拭えない。でも、お茶会の手配を一手に引き受けてくれたのだから、お相子かもしれない。


「それでも疲れますわ」


 思わず漏れた愚痴を、扇の裏に抑え込む。それでも、隣にいるエステルには聞こえていたようだ。


「淑女としてはしたないですわよ」


「駆けっこ大好きカロリーナですから」


「冗談が言えるくらいなら大丈夫ね」


 にんまりとした笑みを扇で覆うエステルには、だけど感謝しかない。

 バリエンフェルト家で開かれたお茶会は、普段の数倍の規模になっていた。中庭や客間、テラスでは当然収容できないので、本日は大広間で開かれている。もはやお茶会というよりパーティーだ。立食形式になっているし。

 そんな人数が私の一挙手一投足を気にかけ、隙を見てはあれこれと挨拶をしてくる。友好的なものであれば良いのだけど、大体は値踏みしてくるし、威圧的な高位貴族の子も多い。ヴェロニカの記憶がなかったら、正直捌ききれずにパニックになっていただろう。

 そんな私の傍らで、あれこれ会話のフォローをしてくれているのがエステルだ。


「エステル、今日はありがとう」


「突然、どうしたの?」


「エステルだって、本当はもっと気楽にお茶を飲みたいでしょ? それなのに傍にいてくれるんだもの」


 エステルは、私がラッセのエスコートを受けたことも、アマンダ様と会ったことも、深くは聞いてこなかった。ラッセと友人だと言えば、そう、と軽く頷き、アマンダ様と約束があった訳じゃないと言えば、でしょうね、としたり顔で頷く。

 前世もいなかったから分からなかったけど、エステルは女友達と言える関係、なのかな。面と向かっては気恥ずかしくて聞けないけど。


「役割分担みたいなものだから、あんまり気にすることないわよ」


 ちらりと周囲を見渡したエステルの視線に釣られて、大広間を見遣る。


 一番、目立つのはやはりアマンダ様だろう。王都では、王家主催のものでしか姿を見せなかったアールクヴィスト公爵家の令嬢が、今目の前にいるのだ。我先にと繋がりを持とうとする家が後を絶たない。ハーティロニーよりも、派閥拡大に余程効果がありそうだ。


 次いで、主催をされたアルフォンス様。廃嫡されたとはいえ伯父が罪人なのだ。本来なら関わりを持つのにも躊躇する所だ。でも、変わらぬ武力の要と公爵家との繋がりを思えば無碍にできる訳もない。加えて本人の外見も、令嬢を惹きつける要因になっているのだろう。


 他にもブレンダ様を始めとしたいつものメンバーが、社交の名の下に出席者の対応を買って出てくれている。いつものメンバーには、私以外に男爵家はいなかった。子爵以上の家で固められていた。それは、今の事態を予め想定していたからなのかな。上位貴族たちに手厚く守られているみたいで、変な気分だ。

 アルフォンス様は、一目見ただけでラッセがラーシュ第一王子殿下だと分かっていた。つまり、以前にも街中で見かけたことがあれば、その時も気づいていておかしくないはずだ。もしかしたら私とラッセの交流を把握していた……?

 何だか全てが仕組まれていたことのように思えてくるわね。図書館でのことは偶然だと思いたい。


「それにしても、第一王子殿下はお出ましにならないのかしら?」


 周囲を観察していると、そんな不満をまとわせた声が聞こえた。ひそひそと内緒話、という感じではないわね。扇からはみ出た目は、私を確実に見ていた。

 そう、今回のお茶会にラッセにエスコートは依頼していない。ラッセが社交の経験をすることは大事だ。だけど、それが常に男爵令嬢の付き添いとなれば、私がラッセの弱点になってしまう。社交界において、男爵令嬢なんて末端も良いところだ。


「そもそも、たかが男爵令嬢ごときが会えるものなのかしら?」


「まぁ、殿下にエスコートして頂いたのは嘘だとおっしゃるの?」


「それは不敬ではなくて?」


 姦しく話すのは伯爵家の令嬢三人。私はもちろん、エステルも気軽に文句を言える相手じゃない。

 まぁ、多数の家を招けば、対立する派閥の家も一つや二ついるのは仕方ないことだ。アルフォンス様たちの話術がいかに優れていたとしても、全員取り込めるものでもないだろう。ただ、アマンダ様もいる場でそんな発言ができるのは、蛮勇でしかない。ラッセが私をエスコートしたことは、アマンダ様も認めていることだというのに。


「大体――」


 令嬢たちの声は収まるどころか、どんどん増長していくみたいだ。不敬という言葉をそっくりそのまま返したい。家格は相手が上。だけど、放っておく訳にもいかない。幼稚な言葉の重なりは騒音でしかない。エステルが嘆息したのが見えたけど、私の歩みを止めることなく随行してくれた。


「何だか賑やかに話されていますのね」


 周りにも聞こえているぞ、と一先ず牽制する。でも、お嬢様方は気にした様子もなかった。


「あら、オリアン様じゃない。初めましてかしら?」


「今日は殿下はご一緒じゃありませんの?」


「お隣にいるのは女性に見えましてよ?」


 うーん、親は一体どんな教育をしているのだろう。三人とも初めて会うのに、まともな挨拶をする人がいない。


「お初にお目にかかります。オリアン男爵が娘、カロリーナにございます。不躾にお声がけしたこと、どうかご容赦くださいませ」


 男爵家からすれば伯爵家は雲の上のような存在。淑女の礼もきっちりとこなす。エステルも続いて挨拶をしてくれるけど、相手からは挨拶が返ってこない。


「……まぁ、挨拶をするところは見所がありますわね」


「え、ええ、仲良くしてあげてもよろしくってよ?」


「そう、殿下もご一緒に、ね?」


 ほほほ、と笑う声は、大広間にもよく響く。彼女たちは周囲から注目を受けていることに気付いていないのだろうか。

 大広間の扉が開いて、周囲が一瞬ざわめく。私の目も思わず見開かれた。それにも気付かず、彼女たちは言葉を止めない。


「呪い子なんて言われていますけど、触れなきゃ平気でしょ。私、仲良くしてあげられますわよ」


 そんな彼女の脇を背後からプラチナブロンドが、するりと通り抜ける。


「せっかくの誘いだが、お断りしますね」


 私の隣に並んだ彼は、絶対零度のロイヤルスマイルを浮かべた。

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