計略の予感
スコーンにクッキーにパイ。
四人のお茶会と考えると、盛りに盛ったお菓子たち。きっと食べきることは出来ないんだろうなぁ。なんて、つい意識を飛ばしそうになる。
「このスコーン、ハーティロニーに合いますわね」
アマンダ様が一言告げれば、自然と視線が吸い寄せられてしまう。場の空気を作りだし中心になる華やかさは、持って生まれた気品だけでなく、教育された賜物だと分かる。
「私も頂こうかしら」
会話に乗れば、ふんわりとした笑みを向けられる。その視線の動き、首を傾ける角度、その全てが儚さと柔らかさと芯の強さを宿した貴族令嬢を形作る。かつてのわたくし、ヴェロニカの十一歳だった頃を思い出させる。彼女は、本当にアールクヴィスト公爵家の娘なのだな、と見入ってしまう。
「そんなに見つめられると照れてしまいますわ」
「失礼しました」
うっかり視線が固定されてしまっていたみたいだ。取り繕うように弱った笑みを浮かべれば、アマンダ様の瞳がきらりと輝く。
「カロリーナ様って、かわいらしい方なのね」
「勿体ないお言葉ですわ」
アマンダ様と話していると、表情がついヴェロニカ仕様になってしまう。前世で会うことはできなかったけど、彼女の仕草は姪であることを如実に語るから。そのせいか、アマンダ様にも親近感を覚えられている気がする。
「殿下も、そう思いませんこと?」
「そうだな。カロリーナは……かわいらしい所もあるが、勇ましい令嬢でもあるな」
言葉に詰まるなんて、かわいらしいのはラッセの方よ、と思ったのも束の間。勇ましいって、一体どこを見て思ったんです?
「ふむ、確かに今のカロリーナ嬢の顔は勇ましいな」
アルフォンス様は、笑いをこらえるような態度だ。カロリーナの表情筋は相変わらず柔らかいらしい。私は小さく息を整える。
「失礼しました」
「構わない。カロリーナはありのままでいてくれたら嬉しい」
器の広い態度を見せるラッセだけど、彼の中でのありのままの私って、一体どんなイメージなのか気になる所だ。アルフォンス様とアマンダ様の目の前で、ラッセに突っ込んでいく勇気はさすがにないけども。
初めてのお茶会でも、ラッセは落ち着いた様子を見せている。緊張も解けてきているのだろうか。言葉遣いは硬いままだけど、きっとこれが王族としての姿なのだ。
存外、穏やかな時間がゆるりと流れていく。メンバーの中で家格が一番下だけど、気後れさせない配慮があるお陰だと思う。ラッセとアマンダ様はもちろん、アルフォンス様も会話に気配りがあった。男爵令嬢のエスコートを第一王子がしている時点で、序列はめちゃくちゃなのかもしれない。
秋の柔らかな日差しがゆっくりと傾き出す頃、アマンダ様は思い出したように尋ねた。
「殿下とカロリーナ様は、今度の豊穣祭でお忍びされるんですの?」
まるで天気の話をするかのように、何でもない口調で。
「まぁ、そんな話をどこで聞かれたんですか?」
思わず尋ね返してしまっていた。これでは肯定したも同然だ。アマンダ様はにっこりと微笑んで、アルフォンス様に視線を投げかける。ああ、そうでしたね、そもそも今日のお茶会がセッティングされたのは、仕立屋の前でアルフォンス様に会ったからでしたね。アマンダ様にも伝わっていて当然だった。
「おや、この話は秘密でしたか」
悪びれずに情報源だと明かすアルフォンス様は、楽しげだ。
「いや、当日に支障が出ないのであれば構わない」
ラッセは鷹揚に頷いているけど、要は噂が広まって支障が出るような事態にするな、と釘を刺しているのだ。アルフォンス様は心得た様子で頷いている。
そこで、ふとした疑問が沸いて来る。
「アルフォンス様は、あの時、どうして殿下と一緒だと分かったんですの?」
ラッセは茶髪のかつらをつけていたし、恰好も商家の息子風だったし、言動にも王子然としたものはなかったはずだ。対するアルフォンス様の答えはシンプルだった。
「顔だな」
「顔?」
「ああ、王太子殿下の幼少の頃に、よく似ておいでだろう」
確かにラッセにはレオナルド様の面影はある。だけど、表情は全く異なると言っていい。一目見ただけで確信できるものなのだろうか。というか何故知っているのだろう。
「アルフォンス様は、王太子殿下の幼少時のお姿をどこで拝見されたのですか?」
「王宮だ。父は出仕している文官だからな。父を訪ねることがあった際に、姿絵を拝見させて頂いたのだ」
確かに王宮には王族の絵が飾られた廊下がある。王宮の少し奥まった所にあるものの、通行を制限されている場所ではない。
「似ていると面と向かって言われたことはないので、不思議な感じだな」
ラッセは少し戸惑っている様子だ。レオナルド様のラッセに対する処遇を思えば、離宮であえて口にできる者はいなかったのだろう。王族の顔をまともに見る機会のない平民であれば、髪色さえ気をつければ大丈夫だったのだ。
「では、豊穣祭の折には、化粧もされた方が良いかもしれませんわね」
アマンダ様は、お忍びがもう確定事項であることを前提に話されている。ここで否定しても意味はないと分かる。
「化粧、ですか?」
「ええ、目元を変えるだけでも印象が変わると思いますわ」
アマンダ様は十一歳にして、化粧の心得もあるらしい。
「助言感謝する」
頷いたラッセにたいして、アマンダ様は、でも、と言葉を続ける。
「化粧は顔が分かる範囲でお願いしとうございますわ」
「え?」
「だって、当日、見つけられないと困りますもの」
当日? 見つける?
「あの、アマンダ様も豊穣祭に伝統衣装で参加されるのですか?」
アマンダ様は少し首を傾げられる。そうよね、公爵令嬢が平民の恰好をする訳がないものね。だけど、アマンダ様はにっこりと微笑まれた。
「もちろん参加するわ」
一瞬意味が分からなかった。ぱちくりと瞬きする間も、視線を外せない。すでに完成されたアールクヴィスト家の微笑が崩れる様子はない。
「では、当日はアマンダ嬢に会うのかもしれないのだな」
お忍びに慣れ過ぎたラッセは、特に違和感がなかったのか、さっくりと会話を返している。
「むしろ、当日は是非会って頂きたいと思いますわ」
「それは理由を教えてもらえるだろうか?」
ラッセは慎重に尋ねていた。これがラッセの婚約者を狙ってのことだったら、分かりやすかった。だけど、アマンダ様の瞳にその熱量は見られない。
「今はまだ詳しくは……。でも、殿下の将来に繋がることだとお考えくださいませ」
誰かと引き合わせたいと考えているのだろうか。アマンダ様と繋がりのある一番の権力者は、もちろんヨハンネスお兄様だ。だけど、アマンダ様とアルフォンス様と繋がりがあったように、想像できない繋がりがある可能性もある。アマンダ様に悪意は感じられないけど、心配な要素はある。
ラッセの瞳が一瞬、アードルフを捉えた。それから笑顔を覗かせた。
「検討しよう」
「待ち合わせ場所は改めてご連絡致しますわ」
アマンダ様はラッセ、私の順に笑顔を向けられる。どうやら手紙はオリアン家に届くらしい。うん、私も誰かしらと会わなければならないらしい。
「当日が楽しみだな」
不敵な笑みを浮かべるアルフォンス様も、やっぱり伝統衣装を着られるんですか、とは何となく聞いてはいけない気がした。とりあえず、エドヴァルドが言っていた豊穣祭の警備強化の原因をしっかりと認識させられていた。
「せっかくのデートを邪魔するようでごめんなさいね」
さらりと謝罪された言葉に、違います! と反射的に返しかけて、あれ、お父様もデートだと言っていたし、これはデートになるの? 護衛付きでも? と混乱した。ちらりとラッセの顔を見る。頬も耳も赤くなっていて、何も言えなくなった。そっと扇で私の頬を隠した。
きっと何もかも夕焼けのせいよ。