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邂逅

 バリエンフェルト伯爵家の出迎えは、いつも以上に気合いが入っている。いつもなら執事の方が対応してくれる。だけど、今日は執事の方、メイドの方が玄関の両脇にずらりと並び、そして中央には笑顔のアルフォンス様がいた。貴族として紳士の礼をとるアルフォンス様の動きは、十歳とは思えない流麗さがある。


「本日は当家の茶会に参席頂きありがとう存じます」


 第一王子に対する敬意だとは分かる。だけど、今日はあくまでも男爵令嬢に誘われた友人という体だ。正式な紹介をしていないから、アルフォンス様は私の同伴者の身分を知らない恰好になる。


「出迎えありがとうございます」


 なので、私が答えることになるし、アルフォンス様も許可を得る前に頭を上げている。


「アルフォンス様、私の友人を紹介させて頂いても?」


「もちろん、ありがとうございます」


 滑稽な芝居を見ているみたいだな、と思う。こんな茶番じみたことも社交の一環と言えるのかしら。内心、嘆息する私の傍らで、ラッセが笑顔を浮かべる。


「ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラードだ。突然の参席となったが、今日はよろしく頼む」


「殿下の参席、心より歓迎致します」


 改めて礼をとるアルフォンス様に、ラッセはとりなすように告げる。


「本日は非公式な場だ。礼は省いてくれて構わない」


 離宮には手紙が届かなかったみたいだからね。でも、男爵令嬢のエスコートのためとはいえ、王家の馬車で正装して参席している以上、周囲は実質公式の場として受け取るのだろう。

 そんな場に、他に誰がいるのだろう。今日のお茶会にエステルは招待されていなかった。高位貴族だけなのか、そもそもいつものメンバーとは違うのか。それ次第でラッセの対応も変わってくる。

 アルフォンス様に案内されたのは、いつもの中庭ではなかった。秋になって外でするには少し肌寒いということもあるかもしれない。でも、秘密裡に会わせたい人がいるのかもしれない。

 そんな思いは、部屋に通された時、確信に変わった。


 暖かな日差しが彩る白い丸テーブルの脇に立つ少女。一瞬、ベアトリス様かと思った。いつものお茶会ではアルフォンス様に次ぐ高位貴族だから。でも、違った。初めて見る少女だ。だけど、どこか、懐かしい気がする。


「王国の若き星、ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラード殿下にご挨拶申し上げます。アールクヴィスト公爵が娘、アマンダにございます」


 ヨハンネスお兄様の娘。言われて納得する。あの柔和な瞳は、間違いなくヨハンネスお兄様譲りのものだ。

 なるほど、ハーティロニーが提供されている時点で覚悟しておくべきだったわ。アールクヴィスト家とバリエンフェルト家は思った以上に親密なのだ。


「カロリーナ・オリアン様もよろしくね」


 ぼんやり考えている内にラッセとの挨拶も終わってしまっていたようだ。


「挨拶が遅れ申し訳ございません。本日はよろしくお願い致します」


「そんなに硬くならないで? アマンダと気楽に呼んでくれたら嬉しいわ」


「ありがとうございます。私のこともカロリーナと是非お呼びください」


 公爵令嬢であることを鼻にかける素振りもなく、男爵令嬢を見下した様子もない。ヨハンネスお兄様の教育が行き届いていることを感じる。


「立ち話も何ですから、どうぞお掛けください」


 アルフォンス様のお声掛けで、ようやく着席するに至った。他に出席者はいないらしい。丸テーブルのお陰で、あまり席順を気にする必要がないのは助かる。普段の長テーブルだったら、一人離れたところに座ることになりそうだわ……。両隣にラッセとアルフォンス様、向かいにアマンダ様というのも、大分緊張するけど。


「改めて、本日は当家の茶会に参席頂きありがとうございます」


 主催と言っても伯爵家。本日のお茶会では私の次に家格が低い。アルフォンス様の言葉遣いも、いつもより丁寧に感じる。


「たった四人のお茶会ですもの。もっと気楽に話しましょう? いかがですか、殿下」


「ああ、構わない」


 アマンダ様はにこやかに柔らかに提案される。だから、ラッセの言葉の硬さが際立つ。アルフォンス様もアマンダ様も気にしていないようだ。普段のラッセを知っていないと、違和感はないのかもしれない。


「では、せっかくのお茶会です。まずはお茶を飲みましょう」


 アルフォンス様の言葉に合わせて、バリエンフェルト家のメイドたちが動きだす。相変わらず一糸乱れぬ軍隊のような動きだ。扉の傍に控えたマーヤ、パウル、アードルフをはじめとした近衛隊は空気のように静かだから、とても対照的に感じる。アマンダ様の侍女と思われる方も、傍にいることをまるで感じさせない。

 同時に、この部屋なら余程のことがない限り安全なんだろうな、と思えた。


「カロリーナの言っていた通り、柑橘系の香りがするね」


 アルフォンス様が一口飲んでから、カップを手に取ったラッセがつぶやくように言う。


「ええ、ほんのりとしますでしょう?」


 言ってから、先に口をつける。ラッセは小さく頷いてから飲んだ。わずかに目が細められたのを見て、気に入ったのかな、と思う。


「とても美味しい紅茶だね」


 こぼれ出た言葉にも実感がこもっている。


「当家の紅茶を気に入って頂けて嬉しいですわ」


「ああ、ハーティロニーと言ったか」


「ええ。当家自慢の紅茶です」


 はっきりと自慢と言い切れるアマンダ様は、強い方なのかもしれない。自分の中に確固たる自信があるのだろう。変な下心も感じさせない。ヴェロニカの名前を冠する紅茶を、呪い子と揶揄される第一王子に飲ませる。貴族的な迂遠な皮肉を滲ませたのか、と一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。

 ラッセも安堵しているように見える。今のこの部屋の状況で毒を盛るようなことはないだろうけど、それでも不安はあったと思う。軍隊のようなメイドたちを見ていると、アードルフでさえも制圧してしまいそうに見えるし。

 でも、アマンダ様はもちろん、ヨハンネスお兄様もラッセに敵意は持っていない。一方で打算はあるはずだ。何のメリットもなく、公爵令嬢が男爵令嬢を使ってまで第一王子を表舞台に引きずり出すはずがない。


 ハーティロニーを一緒に飲む意味。


 毒は入っていないはずなのに。何だか胃の辺りが痛くなりそうだ。余裕のある様子のアルフォンス様、そしてニコニコ笑顔のアマンダ様を見て、穏やかにお茶会を終えられるように祈った。


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