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下賜

 お茶会当日、オリアン家に現れた馬車は装飾が少なく、王族が公式に使用するものとしては地味な印象がある。その分、使い勝手が良い馬車でもある。あまりに豪奢な馬車は、相手を無駄に委縮させてしまうことがあるから。王家の威光を保つために必要なことでもあるので、ヴェロニカも否定はしない。ただ、よく使用したのは今、目の前にある馬車だ。

 そんな馬車に、呪い子と揶揄される第一王子が乗っていると知ったら、人々はどんな反応をするのだろう。ましてや、行先は男爵家を経由して、バリエンフェルト家のお茶会なのだ。雑多な噂が溢れることは、想像に難くない。

 それでも第一王子が王家の馬車を使用してお茶会に出席するという実績は、とても大きなものになるだろう。

 深いカーテシーをしてラッセを出迎えた私は、渦中に放り込まれていく感覚を覚える。


「王国の若き星、ラーシュ・シェーナ・フォン・スコーグラード殿下に、オリアン男爵が娘、カロリーナ・オリアンがご挨拶申し上げます」


「出迎えご苦労。顔を上げてくれ」


 言われて頭を上げれば、秋の柔らかな日差しを受けてきらめくプラチナブロンドの髪が、王族の威厳を強調していた。平民の恰好ではない。王族の、しかも正装したラッセは、確かに一国の王子殿下なのだと思う。サイズの合った服は、それだけでラッセの健康度が増して見える。


「オリアン男爵、本日はご令嬢へのエスコートの申し出を快諾頂き感謝する」


 ラッセは、私の隣に並ぶお父様とお母様に、にこやかな笑みを向ける。


「勿体なきお言葉でございます。本日はよろしくお願い致します」


 お父様も笑顔だ。王族に対する気後れも感じられない。お母様の微笑みも美しい。ダニエルはさすがに緊張しているようで、笑顔が硬い。だけど、八歳と考えたら充分合格点だ。

 ラッセも他家への公式な挨拶なんて、ほぼ初めてだろうに。そんな雰囲気は微塵も出していない。男爵家への対応としては過分なくらいだ。お父様と他愛無い貴族の会話を如才なくする姿は、十二歳には見えない。


「カロリーナ嬢、今日は一層美しいですね。エスコートできて嬉しく思います」


 お父様との会話を終えたラッセが、私に手を差し出してくる。

 第一王子のエスコートを受けるということで、私のドレスはいつもより気合いが入っている。ラッセが似合っていると言ってくださった赤色を基調としつつ、胸元で切り返した上品さを優先したドレスだ。


「ありがとうございます、殿下」


 そっと手を重ねれば、ぬくもりと、ほんの少しの手汗を感じる。緊張しているのだ。


――大丈夫ですわ。


 口には出さず、微笑んで伝えれば、ラッセも笑みを返してくれる。


「行って参ります」


 両親とダニエルに告げてから馬車に乗り込む。王族の馬車に乗るのは、ラッセと私だけだ。マーヤはオリアン家の馬車で後ろからついてくることになる。パウルとアードルフは馬で並走し、更にその周囲をオリアン家の私兵団と近衛隊が警護している。近衛隊は、湖の時と同じ三人だろうか。

 王族が正式に動く。その重みを実感する光景だ。貴族街においても、とても目立つ。一時間もしない内に、憶測が溢れかえるんだろうな。


「座り心地は大丈夫かな」


 向かいに座ったラッセは、馬車の外を気にする様子もなく、向かいに座る私を気にかけてくれる。


「ええ、大丈夫ですわ」


 見かけは地味でも王族が使用する馬車なのだ。素材は全て一級品だ。馬車の揺れを全く感じさせないのは、さすがとしか言えない。ヴェロニカの感覚で言えば、懐かしい感じがする。十二年も経っているのだから、座席は何度か張り直されていると思うのだけど……。賊から度々守ってくれた小さな要塞だから、安心感があるのかしらね。


「何だか不思議な感じがするよ」


 小さく笑みをこぼされる姿は、薬草を背負っている時と変わらない。


「普段は平民の恰好で薬草と戯れていますからね」


「この恰好で薬草摘みはできないなぁ」


 正装姿で泥まみれになったら、さすがに侍女も無関心な対応はできないだろうな。想像すると、ちょっとおかしい。


「本当に良かったですわ。お茶会に着ていく服が無事に用意できて」


「エドヴァルドとアードルフには感謝だね」


「でも、どうやって調達しましたの? 三週間では間に合いそうにありませんけど……」


 エドヴァルドにラッセのお茶会の服を相談したら、アードルフに一言、二言、伝言していた。だけど、その詳細は分からないのよね。

 ラッセの着る服は、とても丁寧に繊細に仕立てられている。ラッセのプラチナブロンドが映える深い紺色のジャケットの袖口には、金糸で刺繍が施されている。首に巻かれた白いジャボのレースも美しい。スラックスもサイズが合うと、ラッセの細身でも野暮ったさがない。洗練されたラッセの隣に並ぶのは、なかなかに勇気のいることだ。


「実は、陛下が幼少時に着用されていたものを手直ししたものなんだ」


 何だか今の一言で、勇気がいる所か、お傍にいるのもおこがましい気持ちになった。


「陛下から下賜されたものなのですね」


「アードルフが陛下に、私の服がないことを告げたら、こうなったんだ」


「エドヴァルドのアドバイスって……」


「うん、大胆だよね」


 陛下直属の近衛隊であれば、確かに直接お話する機会もあるだろうけど……現在の護衛対象であるラッセのことを報告するのも仕事の内と言えば、間違いではないのかもしれない。でも、こんな形で父である王太子殿下を飛び越えていくやり方は豪胆だ。


 結果、ラッセは陛下の庇護下にあると宣言することになっている。アードルフが傍にいることで察している人は、今までもいたとは思う。でも、これはその比じゃない。陛下に下賜された服を着て、ハーティロニーを出すバリエンフェルト家でお茶会デビューをする。きっと、今日を境にラッセの見方は大きく変わるのだろう。エドヴァルドは恐ろしい、と思う。できれば、ずっとラッセの味方でいてほしい。


「何だか緊張してきましたわ」


 思わずこぼれてしまった言葉に、ラッセも頷き返してくれる。


「もしも、これから話す機会が減っても、変わらず友人でいてくれる?」


 ラッセも、自分の立場が変わってしまう予感を覚えているのだろう。それが喜ばしいことと言い切れないのは、今までのラッセの状況を考えれば仕方ないことだ。


「もちろんですわ」


 だから、私は頷く。ラッセが安心できる場所であり続けられるように。


「ありがとう、私は幸せだ」


 微笑む顔はいつもと変わらないのに。王子殿下然とした恰好をしているからか、きらめきが増している。思わず目をそらしてしまう。


「カロリーナ?」


「すみません、ラッセがあまりにも眩しく見えてしまいまして」


 取り繕うことなく素直に告げた言葉に、ラッセは首を傾げる。


「それは、誉め言葉?」


「ええ。普段のラッセも親しみがあって良いですけど、今日は何だか照れてしまいます」


 きょとんとした後に、ラッセは頬を染めた。小さく、ありがとう、と返す姿に私の頬も熱くなった。私、友人に対して、突拍子もないことを言ってしまった気がする。

 バリエンフェルト伯爵家の要塞が見えるまでに気を落ち着かせるように、努めることになった。


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