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白金と獣

 アルフォンス様は従者を一人連れているだけだ。がっしりとした体格の男性で、護衛を兼ねているのだと分かる。パウルに比べれば随分と年若いけど、次期伯爵を守れる力量があるのだろう。

 そんな存在感のある従者も、アルフォンス様にとっては空気と同じようなものなのだろうか。従者の立ち位置を気にした様子もなく、私たちの方へと歩いて来る。


「こんな所で会うとは珍しいな」


 貴族が仕立屋まで出向くというのは、あまりあることではない。伯爵家なら尚のことだ。


「ええ、そうですね。今日はたまたま用事がありましたの」


 アルフォンス様もベルタの店で服を仕立てているのかしら。今までここで会ったことなんてないけど、ベルタの顧客リストまではさすがに把握していないから、分からないわね。


「今日は服を仕立てに?」


「ええ、豊穣祭に向けて準備するものがありましたの」


 答えてから、具体的に伝えるべきじゃなかったかも、と思ったけど遅かった。


「本当に伝統衣装を仕立てるのか」


 愉快そうに、笑みを滲ませた声が届く。


「ご想像にお任せしますわ」


「当日を楽しみにしているよ」


 当日、ね。神殿で会うのは仕方ないにしても、その後も会っちゃったら気まずいわ。


「お会いできるのを、私も楽しみにしています」


 あまり会話が長引くと色々とボロがでそうだ。すでに手遅れ感はあるけど。早々に会話を切り上げて離れようと思ったのに、アルフォンス様の視線が、またラッセを捉えていることに気付く。


「その少年は初めて見るな」


 ぽつりと告げられた言葉に、目を見張ってしまう。

 アルフォンス様はマーヤとパウルを把握されているのかしら。侍女や護衛なんて路傍の石のように扱っていらっしゃるのに。確かにマーヤはお茶会の席でも後ろに控えているし、パウルは護衛として馬車に並走してついてきていた。まさか個別に認識されていたとは思わなかった……。


「オリアン家で新しく雇い入れたのか?」


 ここで頷いてしまうと、後々トラブルになる気がする。


「いいえ、彼は友人ですの」


 幸い、私もラッセも商家の子供風の恰好だ。そこまで違和感はないよね?


「ふぅーん、お忍び仲間ということか?」


「そんなところですわ」


 にっこり笑顔を浮かべる。


 今、傍から見れば商家の四人家族に、貴族のお坊ちゃんが難癖つけているような構図に見えているはずよ。会話を長引かせれば、アルフォンス様にとって不利益な噂が流れるかもしれませんわよ! と目力で訴えかけてみるのだけど、アルフォンス様は余裕の表情のままだ。周囲の平民の視線なんて、それこそ本当に路傍の石らしい。


「バリエンフェルト伯爵が一子、アルフォンスと申します」


 ふわりと笑みを浮かべて、ラッセに名乗ってくる。

 ここで第一王子と名乗り返すのは、リスクが高すぎる。周囲には行き交う人の目も耳もある。うっかり聞こえてしまえば、また呪い子と糾弾されるかもしれない。それじゃあ、わざわざ商家の恰好をしている意味もない。


「私はラッセと申します。今はお忍びの身故、家名はご容赦ください」


 私の不安をよそに、ラッセはそつなく答えていた。だけど、アルフォンス様は、何か察したようだった。


「配慮が足りず申し訳ございません、ラッセ様」


 ためらいなく頭を下げ、謝罪の言葉を述べている。


「わが家の茶会にご参加の機会を頂ければ幸甚に存じます。お詫びも兼ねて心よりおもてなしさせて頂きます」


 さらりとお茶会へのお誘いまでしている。その言葉遣いから、ラッセが誰なのか本当に理解しているのだと分かる。

 何故? ラッセと私の交流なんて、他家に喧伝したことなどない。今はプラチナブロンドの髪だって、ちゃんと隠れている。何故、確信を持った対応ができるの?


「……検討しよう」


 ラッセは明言を避けるに留めたようだ。けれど、頭を上げたアルフォンス様は、とても爽やかな笑みを浮かべられた。言質を取ったと言わんばかりに。


「その際は、カロリーナ嬢も是非ご参加ください」


「ええ、是非」


 万が一、ラッセがお茶会に参加することになった場合、一人にすることなんてできない。ましてや、相手はアルフォンス様。ラッセの細腕では、まともに張り合えないように思えた。いや、お茶会で決闘するわけがないんだけども。


「楽しみにしているよ」


 とても穏やかな口調なのに、アルフォンス様の瞳は獰猛な獣のように見えた。選択を誤ったかもしれないと、ちょっと後悔した。

 それからアルフォンス様は長居することなく、一礼して従者を連れて歩き出した。ベルタの店に寄る訳ではなかったらしい。


「私たちも帰りましょうか」


 どっと疲れたような声が漏れた。それはラッセも同じようだ。


「ラッセって名乗ったのはまずかったかな」


 愛称のような偽名。それだけで正体を察したとは思えないけど……。


「私が第一王子だって分かっているみたいだったよね」


「多分」


 とぼとぼと歩き出せば、周りの視線が離れていくのを感じる。思ったより耳目を集めていたようだ。呪い子と罵声が飛ばなかっただけ良しとしよう。


「でも、どうやってお茶会の招待状を送るんだろうね?」


「え?」


「離宮に手紙が届いたことって、一度もないんだけど」


「ん?」


「そもそも招待されても着ていける服がないしね」


「へ?」


 検討しようって、その段階からなの? 社交ができないように徹底的に隔離されているのだと思い知る。だけど、来年になれば学園に入ることになる。そうなれば、他家との交流は必然的に発生すると思うのだけど……。レオナルド様とアンナさんの考えが分からないわ。今、社交を遮断するメリットが思い浮かばない。むしろ、積極的に参加する方が、呪い子の噂の払拭にも繋がるように思う。今は噂が一人歩きしている状態だもの。


「ともかく一度、エドヴァルドに相談してみましょう」


 ベルタに伝統衣装と一緒に手配することになるのか。王族の正式な衣装なら別の店の方が良いのか。今のラッセの環境では判断が難しい。でもラッセのことで頼めるのは、エドヴァルドしか思いつかないのは確かだ。

 それに、エドヴァルドの店に行けばアードルフも姿を見せられるだろう。正直、今の王室にラッセの世話の期待はできないけど、全く耳に入らないよりは良い。


 そんなふうに慌てたものの、アルフォンス様からお茶会の誘いが届いたのは二週間も経ってからだった。お茶会はさらにその一週間後。


――先日のご友人もお誘い合わせの上、是非。


 と一文を添えて。

 うん、伯爵家とはいえ、第一王子への取り次ぎは上手くいかなかったんだな、と察せられた。ラッセの言う通りなら、離宮に手紙は届かないそうだし。


「だからって、男爵令嬢を第一王子の窓口にするってどうなの!」


 いや、頻繁に会ってはいますけどね? こんな裏ルートみたいな誘い方って有りなのかしら。先日、第一王子とは名乗っていなかったから、ギリ許される範囲……なんだろうか。

 なりふり構わないアルフォンス様のやり口に、狙い定めた獲物を逃がさない獣の意志を感じた。


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