弟たち
伝統衣装を仕立てることに関して、お母様とお父様は意外なことに乗り気だった。
「あの衣装可愛いわよねぇ。私も子供の頃、着てみたかったわ」
「我が娘なら、どんな服でも着こなしてしまうんだろうな」
忌避感を一切感じさせなかった。説得する手間が省けて良かったけど……。
「しかし、第一王子殿下とデートか……デート……うーむ」
ラッセからの手紙を睨みつけるように見るお父様の目は、ちょっと怖い。お忍びについていくために自分たちの服まで仕立ててしまいそう。あの服は平民でも未婚の男女が着るものよ……。
そして、マーヤとパウル、あとアードルフもついてくるはずだから、多分デートではないわ。多分。
「そうだ! ダニエルの服も作れば!」
比較的、まだマシな考えに至ったようだけど、お父様はダニエルの外出許可を出してしまう勢いだ。
「お父様、ダニエルはまだ八歳ですよ」
「そうです、外に出るには早いです」
意外なことに、ダニエル自身も否定的な意見を出した。せっかくの外出できる機会だし、一緒について行きたいと言うかと思った。ダニエルの顔に後悔はなさそう。でも、少し元気がないように見える。
「ダニエル、何か心配事でもあるの?」
「え? いいえ、特にはないです……」
「そう?」
どうも先日から距離があるような気がする。男の子だし、いつまでもお姉ちゃんにくっついてくるってこともないのかもしれない。だけど、もし悩んでいることがあるのなら、と思ったけど、尋ねても大丈夫の答えが返るばかり。お父様とお母様も気にされた様子を見せる。でも、無理に口を割らすつもりはなさそうだ。
後でこっそりマルクスにも確認してみたけど、今はお待ちください、と言われるだけだった。
「――という訳で、最近、悶々としているのです」
数日待っても状況が変わることはなく、エドヴァルドの店の調合室で私は愚痴っていた。
今日も何やら薬を作っているラッセは、作業中にも関わらず邪見にすることなく聞いてくれている。
「病気とかではないんだよね?」
「ええ。食事はきちんと食べていますし、隈もないので睡眠もとっているはずですわ」
「では、何か悩み事があるということかな」
その悩み事が分からない。マルクスは把握しているようだから、一人で抱え込んでいることはなさそうだけど、やっぱり心配だ。マーヤとも情報共有されているのかと思うけど、扉の傍にパウルと共に控えるマーヤは涼しい顔で何も読めない。
「カロリーナは優しい姉なんだね」
「え? 普通では?」
あの天使のように愛らしい子を気に掛けない人が、この世にいるのだろうか?
「当然のことだと思えている時点で、カロリーナは優しいんだよ」
何だか引っ掛かる言い方だ。ラッセは何でもないように話しているけど、少し声のトーンが下がっている気もする。
「ラッセも悩み事ですの?」
「悩みというほどのことではないんだけどね」
「その言い方は余計に気になってしまいますわ」
唇を尖らせば、ラッセは苦笑の吐息を漏らす。不快に思った訳ではないのだろうけど、作業の手が完全に止まっている。少し考えたようだけど、結局口を開いてくれていた。
「私にも弟がいるんだけど、知っているかな?」
「ルーカス殿下のことでしょうか。確かダニエルと同い年でしたわね」
まだ八歳なので当然会ったことはないし、知っていると言っても貴族年鑑に載っている内容くらいだ。
「うん、そのルーカスなんだけどね、最近私のことを知ったみたいで、何だか興味を持たれたようなんだよね」
最近……最近知った……。この部分はスルーすべきですわよね。
「ラッセのことが心配なのかしら?」
「どうだろう? 突然目の前に駆けてきたかと思えば、お前は誰だと言って去って行ったりするからね」
「兄としては認知していらっしゃらない……?」
ルーカス殿下は、どういった経緯でラッセの存在を知ったのだろう。その状況でだいぶ印象の変わるやり取りの気がする。
「どうだろう? 私もアードルフに聞いてルーカスだと分かったくらいだからね」
同じ王族にも関わらず八年も会わずに済む環境。王城はラッセにとって冷たい場所なのだと、改めて実感する。
「城内で年の近い子供も他にいないでしょうから、気になるのかもしれませんわね」
「三日置きに来るからそうなのかな? あ、でもルーカスには乳兄弟の子もいたはずなんだけど、誰だったかな」
乳兄弟と言っても八歳なら城内には住んでいないと思う。ラッセ自身も城内の人間関係にあまり興味がないのかしら。
あとラッセが城を抜け出している頻度を考えたら、ルーカス殿下は毎日離宮を訪れている可能性がありますわよ。会えていないだけで。
「ラッセは弟君との接し方に悩んでいらっしゃるの?」
「いや、私と関わったことで、不慮の事故に遭う可能性が気掛かりなんだ」
「不慮の事故?」
何だか思ってもみない言葉が出てきた。でも、ラッセは当然だという顔をしている。
「うっかり命を落とすことになっても、呪い子のせいだと言えるからね」
とても非現実的な言葉なのに、すごく現実的な言葉。ラッセの瞳は冷めているようでいて、憂いて見える。
「ラッセは優しいのね」
「え?」
「弟君のことが心配なのでしょう? ほとんど会ったこともないのに」
「そう、なのかな」
瞳を瞬かせるラッセは、自分の抱える感情を理解していないのかもしれない。ラッセの過ごしてきた孤独な時間は、気持ちを鈍感にさせてしまったのだ。私と過ごすことで少しでも感情を知って欲しいと思うけど、思い上がった気持ちかしら。
少なくとも、今は周りに人がいるのだと知って欲しい。だから私は微笑む。
「ラッセ、エドヴァルドに話術を学んでみてはいかがかしら?」
「話術?」
「ええ、弟君とどう接するにしても、まずは話してみないことには始まりませんわ。その点、エドヴァルドの話術は巧みだと思いますのよ」
喜々として告げれば、背後で溜め息が聞こえた。
「オリアン嬢、それは誉め言葉でしょうか?」
タイミング良く登場したエドヴァルドに、立ち聞きでもしていたのかしら、と思ってしまう。そんな私の考えも見透かしたようで、再度溜め息をつかれてしまった。
「もちろん、誉め言葉でしてよ?」
王族や高位貴族とも渡り合ってきた能力なのだ。きっとラッセの助けにもなる。
「まぁ、良いでしょう。殿下も話術を磨く必要はあるでしょうから」
エドヴァルドもその点は同じ気持ちらしい。
私もエドヴァルドに話術を学んだら、ダニエルの気持ちももっとうまく汲み取れるようになれるかしら。師事するべきか、とエドヴァルドをじっと見てると思い出したように、そうそう、と口を開いた。
「今年の豊穣祭は警備が強化されるそうですね」
「え? そうなの?」
全然思ってないことを言われて驚く。何か例年と異なる危険なことがあるのかしら。
「ええ、殿下の伝統衣装を仕立てるために情報を集めていたんですけどね、何でも今年は貴族の子息子女がこぞって伝統衣装の仕立てを依頼しているとか」
第一王子の伝統衣装を作るなら情報収集及び統制も大事だと思う。でも、一体どこから情報を集めているんだろう。ブローロース商会の情報網は健在なのだとしみじみ実感する。
「豊穣祭では予想外の出会いがあるかもしれませんね」
楽しそうに微笑むエドヴァルド。話術は学んでも心根は素直なままでいてほしい、とラッセの無垢なる顔を見て思った。