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伝統衣装

 お父様の言葉はいたって簡潔だった。


――バリエンフェルト伯爵家のお茶会に参加すれば、ラーシュ殿下の助力になる日も来るだろう。


 アールクヴィスト公爵家との繋がりについては言及されなかった。でも、ラッセについて、あえて触れられたようだった。ラッセの現状を知ったことがきっかけ、だったのかしら? だとすると発起人はお父様になるけど、男爵家に公爵家や伯爵家に働きかける力があるとは思えない。思えないのだけど……。

 十歳の令嬢には語れないことが、まだまだたくさんあるということだろう。


――ハーティロニーをまた飲める日を楽しみにしておりますわ。


 私の返事に、お父様は満足したように頷いていた。今はまず人脈作りから地道に進めていくしかない。その結果、レオナルド様の治世となった時に忠臣となるのか、逆臣となるのか決まるだろう。


「お嬢様、髪が整いました」


 マーヤに言われて、意識を目の前に向ける。鏡台には、ハーフアップにした髪を赤いリボンでまとめた令嬢が映っている。首回りが少し軽くなったような気がする。朝夕の気温は少し落ち着いてきたものの、日中は暑さが残っていることを考えると、丁度良いように思えた。


「ありがとう」


 返事を感謝にして伝えれば、マーヤも笑みを浮かべてくれる。続いて選ばれた服も動きやすさを重視したワンピースだ。

 部屋を出れば、マルクスを連れたダニエルがちょうど訪ねてくるところだった。


「お姉様、今日もお出掛けですか?」


 心なしか、しょんぼりしたように見える。いいえ、一緒に遊びましょう、と反射的に言いそうになるけど、ぐっと踏み止まる。


「ええ。孤児院に行く所よ。何か用事があった?」


「いえ、休憩時間になったので、少しお話したかっただけなので大丈夫です」


「そう? 少しお話するくらいなら時間あるわよ?」


 特に時間を指定して孤児院に訪ねているわけではない。休憩時間の間、話したとしても特に問題はない。だけど、ダニエルは首を横に振る。


「大丈夫です! また別の時にお話してください!」


 にっこり笑顔を見せてから早足で去っていく。マルクスも一礼してついていく。


「何だったのかしら?」


 マーヤに尋ねてみるけど、何も把握していないようだった。首を傾げつつも、パウルと合流して孤児院へ向かう。


 馬車から見える人々の服装も、一着羽織るものが増えている人がちらほらいて、季節が少しずつ進んでいることを実感する。日差しも少し柔らかくなった気がする。眠気を誘われるような、でも本当に眠ったら暑苦しいような、絶妙な気温だ。

 教会はそんな日々の変化から離れたところにあるように静謐さを保っていて、片や孤児院は世事へとぐんぐん踏み込んでいく力強さがあった。


 子供たちは、二ヶ月後の豊穣祭で開かれるバザーで売る小物作りに精を出していた。シラカンバの樹皮を用いた小さなカゴが、部屋の片隅に積み上げられている。裁縫の得意な子は、ハンカチに刺繍もしている。少ない色数でも見映えが良くなるよう工夫している様子が、見受けられる。みんな一生懸命で微笑ましい。

 だけど、十三人目の子供が目に入った瞬間、色々と物申したい気持ちをこらえるのに苦労した。眉間にほんの少し皺が入ったくらい許してほしい。


「ラッセ。何をしていますの?」


「何ってカゴ作りですよ」


「あなたは孤児院の一員ではないでしょう?」


「みんなに誘われたんです」


 屈託なく楽しそうな笑顔を浮かべられると、文句を言うのも場違いな気もしてしまう。ヴェロニカだった頃、刺繍を手伝ったりした記憶があるから余計に。

 それでも溜め息だけはこぼれ落ちた。ラッセはきょとんと首を傾げている。

 そんな私たちを見た女の子たちは頷き合ったかと思うと、笑顔で私に向き直る。


「カロリーナ様! カロリーナ様も一緒に作りませんか?」


「え? 私も?」


 手伝うくらい勿論構わない、と答えるよりも先に、彼女たちは楽し気な声を繰り出す。


「大丈夫です、薬屋さんは確かにかっこいいけど、付き合いたいわけじゃないんで!」


「日々の癒しみたいなものです!」


「むしろ美男美女の二人を眺めたいです!」


「だから安心してください!」


 代わる代わるに告げられる言葉に、私は頷くしかできなかった。彼女たちはカゴ作りの材料一式を手渡すと、ささっと部屋の片隅に移動した。視線はこちらに向けたまま。

 ……何か盛大な勘違いをされているような?

 あれ? 今、私、ラッセへの片思いを応援されている構図になっていない?

 違うわ、と否定しようとしたけど、孤児院の女の子たちに遠回しに振られた状態のラッセに、更に追い打ちをかけることになる気がした。誰にも想いを告げたわけでもないのに、それはさすがに不憫だわ。


「カゴの作り方が分からなければ、教えますよ」


 相変わらず平民の体で話すラッセに、陰りはない。何一つ察していない? あるいは自分に好意を向けられることなんてあり得ない、と微塵も疑っていないのか。

 今はまだそこまで踏み込める関係じゃないわ。私は、シラカンバの樹皮を一つ取って、ラッセの向かいに座った。


「教えてくださる?」


「もちろんです」


 女の子たちがにんまりと微笑んだ気配を感じたけど、気づかなかったふりをする。女の子たちは何歳でも恋の噂が好きなレディなのだ。そこに貴族も平民も関係ないのだと実感した。

 結局、カゴは三つ作った。ちょっと形が歪だけど、そういうのを気に入る人もいるのだと、神父様にフォローされた。カロリーナ様は手が小さいから作りづらいでしょう、とラッセもかばってくれた。でも、同い年の女の子が上手に作っているのを知っている。泣いていない。大丈夫だ。

 ちなみにラッセが作ったカゴは商品棚に並んでいそうな出来だった。


 孤児院を後にすると、より一層柔らかくなった日差しが、私の髪を照らす。茶色が透けて赤みが強くなる。赤い色のリボンと一体になって、風に揺れた。


「カロリーナは赤色が似合うね」


 馬車を置いている停留所までついて来るラッセが、ふんわりと微笑む。


「そうかしら? ありがとう」


 小物や差し色に使うには良いのだけど、赤いドレスを着ると服に自分が負けてしまう感じがあったので、ちょっと意外に思えた。


「ラッセはどんな服でも着こなしてしまいそうね」


 平民の恰好……いや、裕福な平民の恰好しか見たことないけど、王族の正装も難なく着こなすのだろう。今の恰好でも気品が滲んでいるのだから。そういう所に、孤児院の女の子たちは気後れする思いがあるのかもしれない。男爵令嬢という貴族相手でもラッセなら隣に並べると思えるような。実際は、ラッセは王族なので全く身分のつり合いは取れていないんだけどね。


「豊穣祭に平民が着る伝統衣装があるらしいけど、それも似合うかな?」


 豊穣祭は一年の実りを女神ヴィネア様に感謝し、冬を乗り越え春を迎えられるように祈りを捧げ、舞踊の奉納を神殿にて行ったのが起源だ。その奉納の際に人々が着たとされる衣装だ。贄としての側面もあって純潔を求められたことから、未婚の男女が着る衣装となっているらしい。現在では、転じて求婚者の目印にもなっている。婚約するとお揃いのリボンを身に着けるのだったか。

 貴族が贄になることはなかったこともあって、平民の間で広まったものだ。ヴェロニカだった頃に、妃教育で習ったので知っているが実際に触れたことはない。カロリーナになってからも、去年までは外に出られなかったので見ていないのよね。


「男性は白いシャツに黒のベスト、七分丈のズボンに刺繍をしたコートだったかしら」


 平民の経済状況を考えれば、伝統衣装は一張羅だろう。結婚式でも着ることがあると言うし。そんな服を着たラッセを想像してみる。


「何だか女神ヴィネア様に攫われそうなくらいに似合いそうですね」


「そうかな? エドヴァルドに頼んだら用意してもらえるかなぁ」


 ん? 豊穣祭に平民として参加するつもりでいらっしゃる……?


「あの、ラッセ。豊穣祭の時は王城にいなくて良いのですか?」


 周りに聞こえないように、小声で尋ねる。


「豊穣祭で役目を任ぜられたことはないから大丈夫だよ」


 事も無げに言われて言葉に窮する。それは夜会に出られる年齢に達していないからだろうか。でもレオナルド様は、十歳になる年から豊穣祭の挨拶には出席されていたし……。色んな意味で大丈夫じゃない気がする。


「もし時間が合うなら、カロリーナも伝統衣装を着て、一緒に豊穣祭に行かない?」


「え? 私もですか?」


 悩んでいる内に、予想外の誘いを受けてしまった。十歳になったから、豊穣祭を見て回る許可は下りると思う。でも、平民が着る伝統衣装は許されるだろうか。


「カロリーナは赤い色が似合うからね」


 ラッセの言葉に、女性は白いブラウスに紺のスカート、そして赤いベストと赤と白のストライプのエプロンを着るのだったと思い出す。ラッセはそんな恰好をした私を、今日ずっと思い描いていたのかしら。何だか気恥ずかしくて、すぐに言葉が出てこない。

 そんな私の隣に音もなくマーヤが並ぶ。


「お嬢様をお誘いするなら、正式に手紙をお送りくださいませ」


 つまり、当主の許可を取るのが先ということだ。もっともなマーヤの言葉に、ラッセは臆することはなかった。


「今度送る手紙にオリアン男爵宛てのものも同封しよう」


 二ヶ月も先の約束なのに、今からそわそわしてしまう。

 豊穣祭に友人と出掛けるのは、今世はもちろん前世でもなかったことだ。だから、落ち着かない気分になってしまうのだろう。友人は心臓に悪いものだわ。


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