招待状
男爵家から格上の伯爵家へコンタクトを取る場合、すでに何かしらの関係が構築されていることが望ましい。親交がない格下からの手紙など、断られるだけならまだしも、無視されることだって多々ある。
その点、学園というシステムは大変ありがたい存在だ。在学中は、上下間の身分もだいぶ緩くなる。卒業後の大きな伝手を作ることが可能なのだ。
本来、オリアン男爵家もバリエンフェルト伯爵家と繋がりができているはずだった。ところが、カスペルとブレンダと同学年であった長男は廃嫡。一つ下の次男とは関わりが薄かった。結果、縁は切れてしまっていた。
ラッセの状況改善のために、バリエンフェルト様と情報共有できれば良いとは思うものの、確実な連絡手段がなかった。
どうしたものか、と考えていたところに届いたのがお茶会の招待状だった。バリエンフェルト伯爵家の家紋の封蝋が、とても輝いて見える。
渡りに船だったし、格上からの招待を断るなんてあり得ないので、もちろん参加する。参加するのだけど……。
――一体全体、どういった理由で招待されたのか?
図書館での一件で縁ができたと考えるには、ちょっと心許ない。大した話はしていないし……。使用人同然と見ているであろう男爵令嬢と関係を構築する意味が、バリエンフェルト伯爵家にはあるのだろうか。
「それがあるのよ」
お茶会の準備をしつつ頭を悩ませていた私に、きっぱりと告げたのはエステルだ。
「あるの?」
思わず尋ね返した私に、エステルは大きく頷く。青い瞳は力強く、見ていると吸い込まれそうだ。庭を一望できる部屋だから日差しが強く、瞳をより輝かせているみたいだ。エステルはテーブルに置いていた手紙を、すっと掲げる。
バリエンフェルト家からの招待状。ただし宛名はオリアン男爵家じゃない。クロンヘイム子爵家だ。
「この招待状、どうやら十歳の子供がいる家に送られているみたいなのよ」
十歳。そう、バリエンフェルト様は同い年だったのだ。貴族年鑑を見直した時に驚いた。バリエンフェルト様は将来大男になりそうだ。
「調べたの?」
「当然よ」
胸をはるエステルは誇らしげだ。社交界を乗り切るには、情報が大事だ。エステルはその辺の教育をきちんと施されているらしい。先日の図書館の出会いに気を取られ過ぎていた私は、だいぶ視野が狭かったと理解する。
「婚約者を決める集まりということかしら?」
「それもあるだろうけど、男子のみの家にも届いているから、将来のための布石だってお父様が言っていたわ」
「布石……」
紅茶を一口飲んで喉を潤したエステルが、そっと顔を近づける。
「先代は騎士団長だったのに、今は文官の一人でしょう? 詳しいことは教えてもらえなかったけど、陛下の不興を買ったそうなの。だから伯爵家と言っても、今はあまり力がないんですって。盛り返すための一手だろうって」
クロンヘイム子爵は、十歳の娘に対して明け透けみたいだ。廃嫡の部分はぼかされたみたいだけど。これも貴族令嬢の教育の一環と言うべきか。
でも、お陰で状況はある程度見えてきた。
バリエンフェルト様は、おそらく伯父の死にまつわる事実について知った。図書館で新聞を確認したことで、確信しただろう。十歳の少年の心に、何かしらの傷を残したかもしれない。それが自身の家への不信になったか、将来への不安になったか。あまり明るい気持ちになるものではなかったはずだ。払拭するためには、現在の確かな人間関係が必要だった。文官としての地位を確固たるものにするのか、騎士復帰への道筋にするのか、そこはまだ分からないけど……。
だけど、そうなると、格下の子爵家や男爵家にも頼らざるを得ない状況にあるということで、バリエンフェルト伯爵家の危うさを垣間見る。ただ嫡男と言ってもまだ十歳。子供の一存で、同世代を集めたお茶会を開けるのかが、どうも腑に落ちない。
ラッセだけでなく、バリエンフェルト様とも関わりを持てば、お父様とお母様の心労を増やしてしまうかしら……。
ちらりと、そばに控えるマーヤに視線を送るけど、意思が返されることはない。現状、オリアン男爵家としてはバリエンフェルト伯爵家と関わることを避ける意向はなさそうだ。
「ところで! お茶会の日に着るドレスは決めた?」
「ドレス? まだ準備しているところよ」
夜会で着るものほどに気合を入れる必要はないけど、かと言って普段着のワンピースで参加するわけにもいかない。基盤が危うかろうと伯爵家は伯爵家。格上の家のお茶会に招待されたのだ。服装にも気を配る必要がある。
「エステルはもう決めているの?」
「私もまだよ。仕立てる時間はないから手持ちで対応するんだけど、他の家が分からないから困っているの」
「それでリサーチしにきたということね」
エステルの本題はバリエンフェルト伯爵家どうこうではなく、当日の服装の相談だったみたいだ。目の前には、着飾るのが好きな十歳の女の子がいた。
「そうなの。全然違うのもいいけど、従姉妹で揃えるのも楽しそうじゃない?」
「そうね。私の髪もお母様と同じ金髪だったら、よりお揃い感を出せたわね」
私もダニエルも髪色はお父様譲りの赤茶色だ。エステルとドレスを合わせた場合、どちらかが不似合いになる可能性が高い。
「小物の色をちょっと合わせるだけでも楽しいわよ」
「何だか私たちが恋人みたいね」
相手の瞳や髪色に合わせたものを身に着けたり、色を合わせたりするのは婚約者の証の一つでもあった。
「あら、バリエンフェルト様への牽制になりそうね!」
エステルは楽しそうに、くすくすと笑う。見た目はとても可憐な少女で、お茶会で一目惚れされそうだと思う。
「エステルは伯爵家に嫁ぐのは嫌なの?」
お父様の誕生日パーティーの際に婚約者のことを匂わせていたように思うのだけど、結局、何も進展は聞いてないのよね。子爵令嬢の婚約発表なら、それなりに盛大にされそうだけど……。
「伯爵家がどうのというか……もう! わざと話させようとしてるわね?」
にらみつけられるけど、どう見ても可愛いだけだ。そして、エステル自身も別に怒っているわけじゃない。
エステルの唇は楽しそうに、想い人であるところの護衛騎士について、つらつらと語り続ける。どうやらクロンヘイム子爵は、娘の情熱に父親として屈したようだ。まだ十歳だもの。焦る必要はないということもあるだろう。
なお、マーヤの隣に控える件の護衛騎士は大層気まずそうだった。年が十歳離れているそうだし、エステルの恋路はまだまだ先が長そうだ。少しだけ頬を赤くしていることに救いはあるのかどうか。私はエステルの話に耳を傾けて、見なかったことにした。