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密会には用心

 マーヤに用意してもらった新しい服は、ごわついている感じがする。色味も茶色に加えて、白色というより薄いねずみ色。刺繍やレース、フリルの類は一切ない。髪は無造作に一つくくり。見かけは町娘といった出で立ちだ。


「あら、いい感じになったんじゃないかしら」


 街中に出かけた際に見た女の子たちは、確かにこんな感じだった。孤児院の子たちよりは手間がかけられている気はするけど……。貴族とは思われないはずだ。

 しかし、マーヤは思案顔だ。


「どうかした?」


「いえ、確かによくいる町娘の恰好ではあるのですが、気品は隠せませんね」


「え? そう?」


 姿見に映る自分を改めて見遣る。私からすると、どう見ても町娘なんだけどな。


「ええ。最近のお嬢様は男爵家の令嬢以上のマナーを身につけていらっしゃいます。それがどうしても滲み出てしまうのでしょう。肌も日焼け一つなく、白磁のように美しいですし」


 マーヤからすると、どうしても平民には見えないらしい。

 ラッセの恰好も私からするとどう見ても平民には見えないけど、本人は平民のつもりらしいし。これも、そんな感じなのかしら。自分のことは、存外、客観的に見られない。

 マナーについては、ヴェロニカの記憶が影響している部分が大きいけど、一度、私自身の経験として実践すると、前の状態にはなかなか戻れないのよね。感覚が上書きされてしまうというか……。平然と木登りしていた頃には、もう戻れないと思う。

 つまり、現状、これ以上の手の施しようがない。


「貴族には見えないでしょう?」


 問いかければ、マーヤは頷いた。今はそれで充分だ。ラッセも裕福な平民の恰好なのだし、傍目には釣り合って見えることだろう。

 そう、今日はラッセと二回目のお出掛けだ。前回は結果的に私に合わせたピクニックになった。だから、今回はラッセの当初の希望通り、普段の姿を見ることにしたのだ。ただし薬草摘みではなく、街中へのお出掛けとなった。


 季節はすっかり夏の盛りを迎えている。今回、恰好が恰好なので馬車に乗らないことにしたのだけど、平民の恰好では日傘も使えないので、じっとりとした暑さを感じる。一歩、門の外に出た瞬間に、汗がたらりとこめかみを伝う。人目につかないよう裏門から出たので、正門に比べれば日陰もあるのに。


「やはり、今からでも普段の恰好にされますか?」


 侍女の恰好ではなく、マーヤも町娘の姿だ。鍛錬の賜物か、慣れているのか、汗一つない。マーヤの隣にいるパウルは影から護衛するので、普段と変わらない恰好だ。剣は重いだろうに、やはり涼しい顔だ。


「大丈夫よ、行きましょう」


 何事もまずは慣れることだ。一歩目から挫けていては、成長はない。

 ラッセとの待ち合わせ場所は、大通りの中央にある噴水広場だ。王都の中でも中心街とあって、人通りも多い。ぼんやりしていると、マーヤとはぐれてしまいそうだ。噴水広場の周辺では、商人たちが屋台を並べ、そこに人々が集い、活気に溢れている。肝心の噴水の辺りはベンチや噴水に腰掛ける人はいるけど、意外と人は少ない。隣から隣へと、渡り歩くように流れていく人が多いからかな。

 そんな噴水の影に隠れるような所に、もう見慣れた茶髪があった。


「ラッセ、こんにちは」


 意識して、町娘っぽい挨拶をする。すっかりカーテシーが染みついているから、うっかりすると危険だ。


「こんにちは、カロリーナ」


「待たせたかしら?」


「全然」


 言葉の通り、元気いっぱいの笑顔を見せてくれる。今日は背負い籠がないので、随分と身軽な印象を受ける。


「マーヤさん……マーヤ姉さん? こんにちは」


「呼び捨てで構いません」


 さくっと返しているけど、内心慌てているんだろうな。挨拶を返せていないもの。


「じゃあ、マーヤ。迷惑かけちゃうけど、今日もよろしくね」


「はい、気遣い頂かなくても大丈夫です」


 うん、このまま二人が会話を続けると、不自然さが目立っちゃうわね。初対面の時は平然と手当てをしているように見えたのに。会話となると別なのかな。


「ところで、ラッセ。今日はどこに行きますの?」


「普段、カロリーナは平民街の方で買い物したりする?」


 十歳になって出掛けることは出来るようになったけど、貴族街からあまりに離れた所にはなかなか行かない。一番遠くても教会と孤児院だと思う。


「行ったことがありませんわ」


 強いて言うなら、ラッセを追いかけて裏通りに入った時くらいだ。


「じゃあ、今日はそっち方面を案内するね!」


「分かったわ」


 マーヤが口を挟んでくることはない。町娘の恰好をした時から、想定内のことだったのだろう。

 そして、当然のように平民街について詳しい様子の第一王子殿下。統治者が持つべき情報ではあるのだけど、ラッセの場合、異なった立場で見えてしまう。将来の住処を見る者の目というべきか。

 ……今、ここで考えても仕方ない。

 気持ちを切り替えてラッセについていく。足取りに迷いはなく、本当に歩き慣れている場所なのだと実感する。


「平民街には大通りからでも、すぐに行けるんだよ」


 賑わう大通りには平民の姿が圧倒的に多い。馬車に乗って移動する貴族の姿は、意外と少ないものだ。人口比を考えれば、当然のことでもあるのだけど。

 大通りから一本、横道にそれると人口密度はぐっと下がり、体感気温も下がったように感じる。それでも商売人たちの逞しい声は響いていて、それほど移動していないのだと分かる。ただ屋台が中心だった噴水広場の辺りと異なり、店舗を構える通りになるので雰囲気も違って見える。


「この辺りはよく来るの?」


「うん、薬もよく買ってくれたりもするんだ」


「エドヴァルドのお店では販売していないの?」


「販売はしているけど……裏通りは遠いから」


 濁された感がある。紋章は出ていなくても、ブローロース商会の店と認識している人は、やはり多いのだろう。第一王子殿下が出入りしている隠し通路と繋がっていることを考えると、人の目が少ないのは良いのかもしれない。


「あ、カロリーナ、この花屋、見ていかない?」


 薬草摘みをしていると、植物全般が気になるようになるのかな。


「もちろん、構わないわ」


 軒先に色とりどりの花が並んでいる。グラジオラスにダリアにキキョウと、夏が咲き誇っている。なんとなく平民は花を愛でる時間なんてない気がしていたけど、日々の癒しに求める人も多いのだろうか。


「どれも綺麗ね」


「うん、つい薬として見てしまうんだけどね」


「え? 普通の花じゃないの?」


「例えばグラジオラスの球根には傷薬の効能もあるんだよ」


 言われて、ついまじまじと見てしまう。すらりと伸びた花穂は赤色が並び、目を引く美しさがある。薬草には見えない。


「おめぇは……」


 不意に低い声がして、花から目を離す。白髪が目立つ年嵩の男性が、すぐ近くに立っていた。店員の人だろうか? マーヤがさり気なくすぐに動き出せる位置取りをしている。


「あ、おじさん、こんにちは」


 ラッセは顔見知りなのか、気さくに挨拶をしているけど、店員と思しき男性の眉間には、深い皺が寄っている。ラッセも普段と態度が異なると思ったのか、笑顔を引っ込めた。

 変な緊張感が増す。


「……おめぇは、本当に茶髪か?」


「え?」


 思わず言い淀んだ。瞬間、男性の腕がラッセの両肩をがっしりと捕まえていた。


「本当に呪い子なのか! てめぇは!」


 血走った目に、怒鳴り声に、全てが突然のことすぎて、思考が停止する。その間に男性の手が、ラッセの髪を掴もうとする。


「子供を捕まえて何をするのです!」


 マーヤのきっぱりした声に、私の身体も動き出す。


「そ、そうよ! ラッセを離しなさい!」


「黙ってろ! 髪を見りゃ全てはっきりと――」


 更に声を荒げようとした男性の頭に、スパンと平手打ちが飛んだ。私じゃない。マーヤでもない。え、誰?

 恰幅のいいエプロンをした女性がいた。


「まったく、何してんだい、あんたは!」


「だ、だってよ!」


 頭を叩かれたことで気が削がれたのか、冷静になったのか、血走っていた目は、白く戻っている。それでも剣幕は変わらない。でも女性は気にした風もなく、もう一度、男性の頭を叩いている。割と容赦なく叩いたのか、言葉を発せずにいる。


「薬を融通してもらった恩も忘れたのかい、あんたは!」


 叩かれた上にガツンと言われると、男性はもう何も言えないようだった。女性は溜め息一つついて、ラッセに向き直る。


「ごめんよ。ラッセ。あんたの髪色が本当は違うって、最近この人煩くってさ」


「い、いえ、大丈夫です」


 何とか笑顔を浮かべている。だけど、きっと女性も察しているのだろう。一度視線を逸らして小さく頷いてから、柔らかな声を出す。


「今日はこんなんだからアレだけど、またパン買いに来てくれよ」


 女性は、どうやらお隣のパン屋のおかみさんのようだ。


「はい、もちろんです」


 返事はしている。だけど、動揺している様子は隠せていない。私は、そっとラッセの手を握る。震えていた。かける言葉が分からない。だから、せめて、強く握りしめた。


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