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文通

 ラッセから最初の手紙が届いたのは、湖に出かけてから三日後だった。近衛隊であるアードルフからオリアン家私兵団長のパウル宛に届いた手紙。それだけでも周囲が少しざわついた。近衛隊と男爵家は、随分と遠い関係なのだと実感した。けど、中身が第一王子からの手紙だと知ったら、オリアン家は上へ下への騒ぎになるんだろうな。その場合、お父様とお母様が上手くコントロールしてくれると思うんだけど。

 手紙の内容はシンプルに湖での出来事に対する感謝と感想だった。だから、私も同じように返事を書いた。


「ところでパウル」


 手紙を預けるタイミングで声をかけると、パウルは静かに聞く体勢に入った。


「湖に出かけた際に、ラッセの護衛は何人いたのかしら」


 少し思案する様子が見られた。私に変に心配をかけたくないと考えているのかな。大丈夫だと伝えるために言葉を足す。


「誰もいなかった?」


「……いえ、三人いました」


「お父様がつけたわが家の護衛は一個分隊なのかしら」


「はい」


 影から守るのに一個小隊では多すぎるから、妥当なのだろう。それでもオリアン男爵家の護衛として十人前後いたことになる。王族の護衛が男爵家の護衛の三分の一程度しかいなかったという事実。アードルフ一人よりはマシだけど……。


「ただ、三人とも近衛隊だったようです」


「全員? よく分かったわね」


 近衛隊なら戦力としては充分だったとも言える。騎士の中でもエリートの集団だから。


「はい、貴族の三男、四男でしたので」


 一枚の紙がテーブルに置かれる。名前が家名つきで並んでいる。


「なるほど」


 顔と家名が分かれば、所属を割り出すのも簡単ということね。家督を継ぐことのない三男、四男とはいえ、騎士になる前は夜会などにも顔を出していたはずだから。とは言え、それは公爵家の感覚で、男爵家の情報網で把握していると考えると、オリアン家もなかなか侮りがたい。建国時から受け継がれているものがあるのかもしれない。他家に嫁ぐであろう私が知る機会はないだろうけども。


「ラッセの環境は、アードルフと面識を持つことで良くなっていると言えるのかしら」


「おそらくは」


 パウルの回答も歯切れが悪い。それは仕方ない。

 アードルフ以外の三人の護衛は、まだ年若い。アードルフの直属の部下と思われる。ラッセに最低限でも護衛がついていると分かったのは良かった。同時にラッセ専属の護衛がいないという事実は、憂慮すべきことだ。アードルフたちが、このまま近衛隊から配置転換される可能性もあるものの……。陛下がラッセに対してどう思われているのか分かれば良いのだけど、依然不明瞭なままだ。

 王太子妃であったなら、側妃の子供の保護にも動けたのだろう。現王太子妃、かつ実母であるアンナさんは何を考えているのか。分からないわね。今の私では探る術もない。

 できることと言えば、手紙を書いて、味方であると伝えるだけだ。

 王宮での孤独は、付け入る隙をつくる。ラッセには、ヴェロニカのような最期を迎えて欲しくはない。


「手紙、よろしくね」


「かしこまりました」


 パウルは深々と頭を下げて、部屋を後にした。



 それから週に一度、手紙のやり取りをしている。アードルフとパウルは、オリアン家においてすっかり親友の認識になっている。実際はまだ一回しか会っていないのに。何だか申し訳ない。

 そう、最初が薬草摘みへの誘いだったので、またすぐに一緒に出かけることになるのかと思ったけど、それはなかった。


 手紙によれば、今は乗馬を習い始めた所で、きちんと乗りこなせたら会いたいと書いてあった。何だか私がご褒美扱いになっているのは気のせいだろうか。ご褒美ではなく、友人のはずなのに。

 手元には薬草摘みへの誘いの手紙に加えて、五通の手紙。つまり、もう一ヶ月ほど会えていない。教会や街中で遭遇することもなかった。裏通りの方へ行けば会えるかもしれないけど、約束があるわけじゃない。不確定な状態で行動して、護衛に負担をかけるのは避けたい。

 思わず、溜め息が一つこぼれた。


「お嬢様、いかがされました?」


 そばに控えていたマーヤが、すかさず声をかけてくる。私はソファに座ったまま、顔だけマーヤに向ける。


「大したことではないのよ」


「お手紙が何か?」


 話を適当に切ろうとしたら、ストレートパンチがカウンターで届いた。


「……そうとも言えるかしら」


「悩みがあるのなら、そのことを手紙に書いてみてはいかがですか?」


「迷惑だわ」


「ご友人なのでしょう?」


 友人、なら何でも話したり書いたりするものなのかしら。

 護衛の件、乗馬の件、会えていない件……。考えてみたら、言いたいことも伝えたいことも言葉にせずに押しとどめている気がする。ラッセに送った手紙も当たり障りがなかっただろうか。これじゃあ友人として、味方とは言えないかもしれない。王太子妃として、公爵令嬢として、模範となる態度で周囲と接していた時は、それでも地位に周囲がついてきていた。逆に下手に親しく接すれば、落とし穴に繋がるものだと思っていた。


 私、存外、前世の記憶に支配されているのかもしれない。


 王族や目上の人と接する時に、ヴェロニカの記憶は正直助かる。だけど、それに頼りすぎたらカロリーナではいられなくなる気がする。

 それは怖いわ。

 私は、まだ十歳の男爵令嬢。友人にわがままを言っても許されるかな。


「少しわがままになってみようかしら」


 確認するようにこぼせば、マーヤはにっこり微笑んで頷いた。何だか照れ臭くて直視できずに、視線を目の前のテーブルに落とす。

 不意にノックの音がした。


「パウルでございます」


「入ってちょうだい」


 パウルの手には、新しい手紙がある。中身を確認する前から、返事の内容は決まっていた。

 会いたい、と書こう。


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