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連絡手段

 十歳と十二歳の子供がお腹を空かしていたとしても、食べられる量には限りがある。そして外で食べると言っても、行軍の時のような保存食をメインにした料理ではない。


「残りもので申し訳ないのだけど、是非食してほしいわ」


 だから、マーヤとパウルはもちろん、アードルフにも食事を勧めていた。ラッセと半分こして食べたお陰で量は減っているものの、食べさしの印象は薄いと思う。なので、大丈夫かな、と思ったのだけど、アードルフは戸惑った顔をする。もう一声促そうとした時、マーヤがさっと動いた。


「ありがとうございます」


「感謝致します」


 続いてパウルも礼を述べる。二人とも私と過ごす中で、慣れてきている気がするわね。結果、アードルフも追随することになった。


「たくさんの人と一緒に食事するのも楽しいものだね」


 ラッセがぽつりとこぼす。憧憬を滲ませているように感じるのは気のせいだろうか。離宮での食事風景は、どうしたって孤独な想像になってしまう。


「そうですわね」


 野暮なことは聞かずに頷くに留めた。

 今だって、一緒にと言っても、護衛が三人同時に食べるわけにはいかないから、一人は見張りに立っている状態だ。簡単な願いのようでいて、ラッセの立場では存外難しい。学園に通い始めれば機会も増えるのかしら。王族だから、呪い子だから、と避けられてしまうのかしら。

 同い年だったら良かったのに、と、つい詮無いことを考えてしまう。せめて愚痴りたくなった時に、聞ける耳を用意しておきたいわね。


「あ、忘れていましたわ」


 つらつらと考えていたら、思わず言葉になってしまっていた。


「どうかしたの? カロリーナ」


「馬車の中で話していたことを確認するのを忘れていたのですわ」


「連絡手段のこと?」


 すぐに察してくれるラッセに、にっこりと頷く。


「ええ。私とラッセがやり取りする際にブローロース商会を通すと、厄介ごとが発生する可能性がありますの。よりスムーズに連絡する方法はないかしら?」


 マーヤ、パウル、アードルフの顔を確認するように見回しながら尋ねる。三人は思わず顔を見合わせていた。


「できるだけ護衛の負担もかからないと良いのだけど……」


 気遣うように言いながらも、口に出している時点で三人を利用する気満々にしか見えないだろうな、と思う。


「騎士団の連絡手段であれば、伝書鳩を利用することはありますが……」


 最初に提案したのは、意外なことにアードルフだ。黙してそばに控える印象が強かったけど、きちんと自分から言うこともあるのね。ただ、その提案は、マーヤがすぐに難色を示した。


「伝書鳩は存外、使用人の目に留まるものです。離宮で度々目撃されればあらぬ誤解を生む可能性があります」


 確かに。そもそもご自身の食事もままならないラッセが、鳩の飼育もするのは現実的じゃない。騎士団を通しても、余計な誤解を生む可能性は変わらない。遊びましょ、という気楽な連絡に使うには重い。そして、王族の悩みをのせるには軽い。


「他の手紙と一緒に信頼できる第三者に送るのが、無難でしょうか?」


 これも騎士団でよく使う手法なのだろうか。パウルが思案しつつ提案しているけど、アードルフも納得した様子だ。マーヤも反対する様子はないけど……。


「問題は誰と誰がやり取りするかよね」


 ブローロース商会を避けるとなると、必然的に選択肢は絞られてくる。ラッセはもちろん私だって交遊関係は広くない。というかラッセの方はほぼ確定している。


「アードルフ、頼みがありますわ」


 当人もパウルの案を聞いた時点で分かっていたのだろう。護衛の職務外のことが増えてしまう気はするけど……そうね、本人も楽しめるといいわね。


「マーヤと偽の恋人を演じるのと、パウルと師弟関係みたいになるのと、どっちが良いかしら?」


 選択肢の幅を持たせた方が良いだろうと提案してみたら、三人からぎょっとした顔を向けられた。


「その、仮の関係性を作る必要はあるの?」


 ラッセからも疑問の声が上がってしまう。


「私のお父様とお母様は学生時代、暗号文で秘密のやり取りをしていたそうなの。プライベートな関係って、気持ちを盛り上げてくれると思うのです。仮でも、そんな風にできたらアードルフも楽しめるかなって」


 義務的なやり取りを繰り返すのは忍耐を必要とする。気持ちの上だけでも負担を減らせたらと考えたけど、どうしたって増えることは避けられないかな。


「なるほど……?」


 ラッセはいまいち納得いっていないようだ。秘密の関係というか暗号文、楽しそうなんだけどな。いっそ私が暗号文を使えるようになれば、こんな回りくどいことしなくてもいいのかな。


「私と師弟関係の方が良いかと」


 熟考に入りかけたタイミングで、パウルが声を上げる。


「そう? ありがとう。ところで二人は今までにも会ったことはあるの?」


「いいえ。ただ近衛隊のアードルフ殿は有名でしたので、もちろん存じ上げておりました」


「まぁ。憧れから剣の指南を受けに行ったことがあるのね!」


 つるりと仮の関係性を追加すると、アードルフとパウルに苦笑いされた。うん、感覚も似ているみたいだし、職務抜きにしても良い関係になれるんじゃないかしら。年も近いし。近衛隊の騎士と男爵家の侍女の秘密の逢瀬より現実味はありそうだ。


「その、迷惑をかけるけど、よろしく」


「とんでもないお言葉でございます」


 アードルフのラッセに対する言葉は、きちんと敬意を感じられる。本当に良い関係を築いていけそうね。

 それから受け渡し方法や場所について話していると、そろそろ帰らなければならない時間になっていた。夏になって日中は長くなったけど、陽が落ちれば湖の辺りは真っ暗だ。早い目に帰路に就くに越したことはない。


「今日は本当にありがとう」


 湖からの去り際にラッセから告げられた感謝には、王族の重みはなかった。柔らかな笑みは、気負っていない自然なものだったから。

 私はラッセと一緒の年には学園に入学できない。私の手紙がどれ程の意味を持つかは、まだ分からない。だけど、ラッセの笑顔が曇りそうな時に、味方がいるのだと伝えられるものであれば、と思う。

 夏の風が、ふわりとプラチナブランドを揺らし、陽にきらめく。緑と湖を背に、それはとても映えていた。


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