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届いた手紙

 とある商会から私宛に手紙が届いた。ブローロース商会ではない。

 中身はもちろんラッセからのものだった。商会に伝手があるとおっしゃっていたし、そちらに協力して頂いたのかしら。ともかく、王家から直接送られてこなくて良かった、と安堵した。だけど、お父様とお母様は渋い顔。


「まさかブローロース商会を通じて手紙を送られてくるとは……」


 執務室のソファに私と向かい合って座るお父様の溜め息。

 え? ブローロース商会?

 隣に座るお母様は、封筒をじっと見つめている。ペーパーナイフで上部を開封したので、封蝋は残っている。ブローロース商会のものではないはずなんだけど……。


「あの、これはブローロース商会なのですか?」


 直接、疑問をぶつけることにしてみた。お父様は静かに頷かれる。


「ブローロース商会はヴェロニカ様が身罷られたことに関わりがあると、一時噂があった商会でね。疑いが晴れた後も、実質国内での営業がほぼできない状態なんだ」


 その辺りは、当事者であるエドヴァルドに聞いた話と同じね。


「だから、今はいくつかの商会の名前を使い分けて営業しているんだ」


 なるほど、と頷く。言われて思い返してみれば、訪れた店にもブローロース商会の紋章は見当たらなかった。エドヴァルドによる苦肉の策なのかしら。お父様のように把握されている方も多そうだし、功を奏している感じはあまりないけど……。


「ブローロース商会と関わることは避けた方が良いのでしょうか?」


 当主としてのカスペル・オリアン男爵に伺いを立てる。真面目な気持ちが伝わったようで、お父様も居住まいを正される。


「そうだな。一度や二度なら、単なる営業の手紙として処理できるだろう。ただ、それ以上となれば、あらぬ憶測を生むことになり得る」


「ご迷惑をお掛けします」


「構わないよ。殿下から連絡を受けるのならば、こういった事態も想定しておくべきだった。こちらの落ち度だ」


 先日、ラーシュ殿下と友人として関わっていくことを報告した際にも、あっさり了承が下りて驚いたけど、こんな風にお父様に非があるような態度をされると困惑してしまう。


「あの、お父様。もし無理されているのであればおっしゃってくださいね?」


 ラーシュ殿下のことが気がかりではあるけど、オリアン男爵家に迷惑をかけたいわけではない。


「おや、カロリーナも気遣いを覚えたようだね」


「まぁ、お父様ったら!」


 こちらは真面目に話しているというのに。お母様も、微笑ましいものを見たと言いたげな目をされているし。二人にとって、私はただの十歳の娘なのだなと思う。


「そうだな、連絡手段については殿下と、きちんと話し合ってごらん」


「結果、王家から直接手紙が届くことになっても?」


「男爵家では後ろ盾にはなり得ないからな。おそらく捨て置かれるだけだろう。もし王太子殿下が関心を持つというのであれば、むしろ第一王子殿下としての道を開く可能性に繋がるだろう」


 お父様は、私たちが関わることで国の行く末を判断しようとされているのだろうか。なかなかに大胆だ。それに娘を駒の一つとして見る思考を、ちゃんとお持ちだったのね。感情豊かなお父様の貴族としての一面に感心していると、くすくすと楽しそうな笑みが聞こえてくる。


「親公認の秘密の逢瀬みたいねぇ」


 お母様?


「あくまでも友人としてだ」


 お父様?


「何だか学生の頃を思い出すわねぇ。お父様に認めて頂くまでは、カスペルとも暗号文でやり取りしたものねぇ」


 暗号文?


「……だがカロリーナと殿下は友人関係だ」


 暗号文の否定はされないんですね?


「あら、そんなの分かりませんよ? 秘密の共有をするってドキドキするものだもの。親密になるかもしれませんわねぇ」


 娘本人の前で何を言っているんです? そんなことになったら、レオナルド様がラッセに関心を持つかどうか以前に、私の首がぶっ飛ぶかもしれませんよ?


「いや、二人は友人関係止まりだ」


 頑なに友人を強調されるお父様に、何だか胸の奥がくすぐられる。貴族的な一面があったとしても、お父様はお父様なのだ。思わず笑みが落ちると、お母様が私の髪を優しく撫でられる。温かな手のひらだ。


「ともかく今後も何かあれば、すぐ相談なさい」


 気を取り直したように咳払いされて告げられた言葉は、父親の声だった。


「はい。では、まず参考までに暗号文について――」


「それは秘密だ」


 食い気味に言われた言葉に、笑い声を上げてしまった。だって、夫婦二人だけの秘密だと言われたみたいなんだもの。カスペルとブレンダ。二人の学生時代の姿が、甘酸っぱく色づいた。

 ちなみにお祖父様、ブレンダのお父様が娘を溺愛しているのは、一度会えば察せるものだった。そんな愛娘を、自分の失敗で格下の男爵家に政略で嫁がせることになり、しかも相手は貴族としては感情豊かなカスペルだったものだから、父親としては複雑だったのだろう。感情豊かという点では同族嫌悪していた感もある。お祖父様は二人の暗号について把握されていたのかしら。今度会ったら聞いてみたい。

 それから私は真面目な顔つきに戻って告げた。


「お父様、これ以上、護衛は増やさなくても大丈夫ですからね」


「……うむ」


 返事に間があった。きちんと先手を打てたことに安堵した。


 執務室を退室した私は、自室に戻って改めて手紙を確認する。前世、今世を通じて初めての友人からの手紙だ。

 便箋を開くと、年齢の割に流麗な文章が並んでいる。季節の挨拶から始まり、詩歌を引用した教養の滲む文章が続き、かと思えば硬くなりすぎないように冗談をはさむウィットさもある。

 十二歳の文章としては完成されすぎているし、貴族、王族としては模範すぎる手紙とも言えた。ヴェロニカが懐かしんでいる気がする。

 ただ、手紙の主題が……。


「薬草摘みへの誘い?」


 男爵家とはいえ貴族令嬢。それにも関わらず初めてのお誘いが、薬草摘み。ラッセの教養の偏りを垣間見る。


「ピクニックへのお誘いですね」


 私のつぶやきを拾ったマーヤが、言葉を言い換える。確かにピクニックと言えないこともないのかもしれない。うん、そう考えれば全然有りな気がしてくる。


「じゃあ、お弁当も用意した方が良いかしら」


 弾んだ声に、マーヤも嬉しそうに頷いてくれる。

 当日も今日みたいに晴れるといいわね。夏の青空が、ずっと遠くまで続いているように見えた。


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