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二人の関係

 ラーシュ殿下と私がどうやら知り合いらしい、と察した神父様が話せる場を提供してくれた。教会の応接室は、貴族が寄付に訪れることもあるだろうに、控えめで質素な印象だ。ただ、貴族が直接触れることになるソファには気を遣っているようで、場に似合わないくらい座り心地が良い。うっかり寛いでしまいそうになるけど、気持ちを律して正面に向き直る。


「殿下」


「あ、ここではラッセで構わないよ」


 呼びかけると、さくっと訂正が入った。この部屋には、私たち以外にはマーヤとパウルしかいない。無理に平民として接する必要もないのだけど……。誰かに聞かれることを警戒しているのかしら。


「では、ラッセ、聞きたいことがあります」


「何でしょう?」


「神父様はラッセのことを把握していないのですか?」


 神父様の態度はラーシュ殿下に対して気安いもので、むしろ私の方が敬われているようだった。


「はい、身分のことは打ち明けていません。明かしたら薬の販売も難しいでしょうから」


 それは王族の身分だからか、それとも呪い子と言われていることを気にしているのか。身分を隠されている今の状態で尋ねるのは、賢明ではないだろう。代わりに、別の疑問を提示する。


「何故、その薬の訪問販売をされているのです?」


「教会、孤児院は常に人手が足りていませんからね。その上、子供は病気も怪我も多いですから。必要なものが足りるようにと出向いています」


 王族に敬語で話されることに、気まずいような、むずむずする気持ちがある。でも、それ以上に違和感があるのは……。


――一国の王子が! 平民の恰好をして! 物を売り歩いている! ってことよ!


「ラッセ、教会に薬が必要だということは、私にも分かります。でも、何故わざわざあなたが行商の真似事をする必要があるのです?」


 ラーシュ殿下は、きょとんとされている。私、おかしなこと言ってないよね? マーヤとパウルに視線を送ると、小さく頷いてくれた。そばに控える者として表情には出していないけど、二人も相当困惑している様子だ。

 少し思案した様子で、だけど、力ない様子でラーシュ殿下は口を開く。


「私にできることは限られていますから……」


「できること、ですか?」


「生まれた場所を考えれば、もっと他にやりようはあるのだろうけど……。私にはその力も権限もありません」


 第一王子殿下と言っても、まだ十二歳。表舞台に出るには早い年齢ではある。加えて王太子殿下に存在を無視され、呪い子と呼ばれる環境では、発言権がほぼないことは想像に難くない。


「だけど、生まれてきた者として、少しでも民に還元できるようにしたかったから」


 つまり、王族としての義務を果たしたいと考えられたのだろうか。


「その心掛けは立派なものだと存じます。ただ、それはもう少し環境が整ってから行われても良いのではないですか?」


 王城内での第一王子殿下としての立場を確固たるものにしてからの方が、もっと抜本的に行えることも増えるだろう。より多くの困窮した民を救うことにもなるはずだ。


「……私には、その機会がくるか分かりませんから」


 あ、失言だった。

 ラーシュ殿下は自身の立ち位置を理解されている方だ。薬草摘みは身を守るためでもあると認められていた。命の危険を感じたのは、きっと一度や二度じゃない。


「失礼致しました」


 頭を下げると、慌てた声が頭上から降ってくる。


「き、気にしないで! それに、これは自分のためでもありますから!」


 自分のため? 薬草が手元にあれば自身の助けにもなるだろうけど……。


「売り歩くことが自分のためになるのですか?」

 

 思わず首を傾げた私に、ラーシュ殿下は照れたように頬をかく。


「その、売った額の二割は自分の収入になるから、将来の生活の貯蓄にあてている……です」


 え? 将来の生活? 貯蓄?

 二割? 格安で売った薬の二割って多いの? 薬草摘みで一割、薬売りで一割、合わせて二割とかいう雑な計算じゃないよね? 調合もできるようになったら収入は増えるものなの? そういう話じゃない?

 混乱して言葉を発せない私の態度に不安になったのか、ラーシュ殿下はまくしたてるように更に言葉を重ねる。


「あの、もちろん、最初は収入を得るなんて、って思ったよ? すでに民の血税を得ている身で烏滸がましいことだと! でも、その、無料で配るって言ったら同業者からの報復があるって言われて! それに働いた分には対価が必要って言われたら、そうなのかもって思っちゃって……ごめん!」


 うん、慌てている人に相対すると、かえって自分は落ち着くものよね。

 とりあえず、ラーシュ殿下にきちんと諭してくれる人がいるのは良かった。話の内容からすればエドヴァルドだろうか。二人は思った以上に親密なのかもしれない。


「ラッセ、落ち着いてください。ラッセが収入を得ることについて怒ってはいませんわ」


「……そう?」


「ええ。むしろ心配になった方です」


 呪い子と言われようとも第一王子殿下だ。そんな人物が、わずか十二歳で薬を売り歩き収入を得て将来の貯蓄をしているなんて……平民の子供と変わらないじゃないか。

 平民の子供は教会で簡単な読み書きと計算を習った後、仕事場に入ることになる。早ければ十歳、遅くとも十五歳までには職を得ると聞いている。

 もちろん、ラーシュ殿下が受けている教育は平民のものとは段違いのレベルだろう。王族としての義務も、すでに理解されておられる。そんな方が、わずかばかりの収入で将来の安堵を得ているという状況。この国の行く末に不安を覚えずにはいられない。

 そして、ラーシュ殿下自身の心根についても。王族と平民。その感覚が絶妙なバランスで成立しているけど、いつ崩れて捻じれてもおかしくない。

 かと言って公爵令嬢ならいざ知らず、男爵令嬢である私に何ができるだろう。


「……心配」


 ぽつりと呟かれた言葉に、ラーシュ殿下を見遣ると、何か考え込んでいる様子だった。


「ラッセ?」


 呼びかけると、かちりと私の瞳と視線が重なる。ラーシュ殿下の瞳は、不安そうに、でも期待するように揺れている。


「護衛でも大人でもない君が、私の心配をするのは……」


 ん? 何を言おうとしているの?


「オリアン嬢にとって、私は友人だからだろうか?」


 ラッセではなく、ラーシュ殿下として発せられた問いかけに、私はすぐに言葉を返せなかった。

 ヴェロニカの頃、多くの者と交流をした。慕われてはいただろうけど、友人と呼べる間柄ではなかった。同級生であったり、取り巻きであったり、一定の距離があった。

 今世はどうかと言えば、友達と呼べるほどの交流がまだない。エステルとは親しく話せているけど、それが親戚付き合いの範疇なのか、友情の域に達しているのかが、分からない。

 ……私、今まで友人だとはっきりと言える人がいなかったんだ。

 友人。初めての友人。それも男子。しかも王族。正しい返しが咄嗟に出てこなかった結果、正直な言葉がこぼれ出ていた。


「今まで友人がいなかったので、定義が分かりません」


 ラーシュ殿下はぱちくりと瞬きをして、それからこらえ切れなかったように破顔された。


「では、友情とはどういうものか二人で実験していくのはどうだろうか?」


 予想外の提案に再び固まり、そして今更ながらにテーブルにある紅茶に気付いて、一口喉を潤した。自然と頷いていた。


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