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プレゼント

 誕生日パーティーは、夜が深まる前、普段の夕食を終える頃にお開きとなった。小さな子供も参席することを考慮した毎年のことだ。それでも普段参加しているお茶会よりも遅い時間だし、会場にいた時間も長い。大人たちはダンスにも興じていたことを考えると、地味に体力のいるイベントだ。

 それに何より精神的負担が大きい。子供たちのお茶会は、あの一件以外は穏やかなものだった。私の態度を見た後で、更に騒げるような不作法な子はいなかったとも言える。でも、お父様とお母様の方は大丈夫だったかしら。


 ちょっと心配ね……。


 今回のパーティーに、そこまで家格差のある家は呼ばれていない。一番上でも縁戚者であるエステルのクロンヘイム家と同じ子爵だ。しかも、カスペルとブレンダが結婚したきっかけは、クロンヘイム子爵家が事業で失敗した際にオリアン男爵家が援助したことだ。当時、繋がりのなかった両家の関係を強固にするための結婚だった。その経緯と建国時から存在することから、オリアン家は、実質、子爵家と同等の力はあるのよね。

 だから、男爵家とはいえ我が家から忠言したとして、何かしらの報復を受けるようなことはないと思うけど……。

 何といっても王族への侮辱と取れる不敬が発端なわけだし。レオナルド様とアンナさんは、それでもラーシュ殿下のことだからと放置するのかしら。陛下は黙っていないと思いたいわね。


「お姉様、何か心配事ですか?」


 考え事に没頭しすぎたみたいだ。隣にダニエルがいるというのに。何という失態!


「大丈夫よ」


 オリアン家の立ち位置をきちんと把握すれば、対処できる範囲のことのはずだから。


「お父様とお母様のことを考えていただけよ」


「プレゼント、喜んでもらえるかな?」


「お父様なら気に入ってくださるはずだわ」


 パーティーを終えた後は家族だけの晩餐だ。オリアン家では、誕生日の夜は家族で過ごす習慣がある。王家はもちろんアールクヴィスト公爵家でもなかったことだ。このために早めの時間にパーティーが開催されるというのもあるのだろう。

 しばらく席に座って待っていると、明るい空気を伴って扉が開かれた。


「やあ、待たせてすまないね」


 お父様は上機嫌そうだ。一緒に入ってきたお母様の表情にも、憂いは感じられない。お客様のお見送りまで滞りなく終わったようで、何よりだわ。


 二人が席に座ると、テーブルに料理が運ばれてくる。スープに野菜サラダに、と全体にお腹に優しそうなメニューだ。パーティーの間は、ほとんどお酒しか飲めていないことを料理長が考慮してくれたのだろう。量も控えめだ。だけど、盛り付けのバランスや色味のお陰でお祝いの席らしい華やかさもある。腕の良い料理人を雇っているのだと分かる。

 お父様とお母様の席にはワインが注がれる。年代ものの、なかなかのお値段のはったものだ。けれどお父様は、使用人たちにも同じボトルのワインを振る舞うよう言づけている。今日は主人の誕生日とあって、使用人の食事も普段より豪勢になる。そこに、労いとしてワインが加わる。こうした気遣いが使用人との関係構築に繋がっているのだろう。間近で見ているダニエルにも、良い影響になっているといいな。


「誕生日、おめでとうございます」


 テーブルが整った所で、お母様が声をかける。続いて私とダニエルが、おめでとうございます、と伝えれば、お父様の顔がほころぶ。そうして始まった家族の晩餐は、穏やかで優しい。


 カスペルとブレンダ。二人は幸せになったのね。ヴェロニカの記憶で見た二人は、そこまで目立つ存在じゃなかった。ただ政略で結ばれた婚約でも、思いやりを持つことができるのだな、と見ていた。高位の貴族令嬢として生まれ、幼い頃から妃教育を受けた身では、結婚に愛は伴わないと刷り込まれていたから、何だか不思議だった。そして、きっと、羨んでいた。

 だから、二人の娘として転生したのかしら、と思ったりする。


 デザートが運ばれてくる段階になって、ダニエルが訴えてくるような目をする。待ちきれない、その様子が可愛らしい。ブルーベリーのパイは、甘やかで口当たりも優しい。

 そうして、食後の紅茶が用意された時点で、私は後ろに控えていたマーヤに目配せする。マーヤは一旦そばを離れると、お盆にラッピングされた箱を載せて戻ってくる。


「ありがとう」


 礼を伝えると、マーヤは静かに後ろに控え直す。一連の流れを微笑ましく眺めるお父様は、もう察しているわよね。その顔が喜びに満ちてくれると嬉しいわ。

 ダニエルと頷き合って、一緒に席から立ち、お父様の傍に寄る。


「お父様、誕生日おめでとうございます」


「お姉様と選んだものです。どうか受け取って下さい!」


 お父様の顔は、すでに破顔している。幸せいっぱいで、嬉しくなる。


「ありがとう」


 恭しく受け取ると、丁寧にリボンをほどき、包装が破れないよう細心の注意をはらった手つきで開いていく。


「おや、カフリンクスだね」


 お父様の瞳が、ペリドットの輝きを放つ。本当にカフリンクスとお揃いみたい。


「お父様、つけてみて下さい!」


 ダニエルが、逸る気持ちを抑えられずに言い募る。ダニエルが犬だったなら、尻尾をぶんぶん振っているのでしょうね。そんな愛らしい息子の様子に逆らえるお父様ではない。ほころんだ顔のままにカフリンクスの台座に触れ、おや、という顔をする。台座を取っ手のようにして持つと、パカリと底が持ち上がる。二重底になっていた箱には、折り畳んだ二通の手紙を入れておいた。


「これは……」


 箱をテーブルに置いて、手紙を開いたお父様の瞳が、見る間に潤んでいく。


「お、お父様?」


 喜びの声が上がると思っていたダニエルは、お父様の涙に動揺している。私も少し驚いている。

 呆けたようにお父様の顔を注視していると、不意に腕が伸びてきて私とダニエルを抱き込む。そして、優しく、優しく髪を撫でられる。


「ありがとう。とても嬉しいよ」


 シンプルな言葉。でも、震える声音が、お父様の気持ちをダイレクトに伝えてくれる。


「何だか妬けちゃうわねぇ」


 ひとしきり撫でられたところで、お母様の声がぽつりと落ちる。言葉とは裏腹にとても嬉しそうな顔だ。


「これはもはや家宝だからな」


「まぁ!」


 お父様は誇らしげで、お母様は拗ねたように唇を尖らせるけど、二人の愛情がぶれることはない。ダニエルと顔を見合わせ、お母様の誕生日にも手紙を書こうとアイコンタクトする。

 幸せだ。この幸福がずっと続けばいいと、願う。


――父上とも母上とも誕生日の際に儀礼的な挨拶はするけど、他に会うことはない。


 不意にラーシュ殿下の言葉が過った。ラーシュ殿下はこの温かな気持ちを知らないまま過ごされているのだろうか。それが寂しいことだと感じることもなく。

 ダメね。私、やっぱり傲慢だわ。たかが男爵令嬢の立場で、ラーシュ殿下にこの幸福を分けて差し上げたいなんて考えている。

 幸福がこぼれ落ちないように、お父様の手をぎゅっと握った。


※2022/04/03

カスペルとブレンダの結婚の経緯を加筆しました。

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