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開宴

 お父様の誕生日パーティーはタウンハウスの大広間で開かれる。普段は何もない空き室みたいな部屋だけど、本日はテーブルに料理に花飾りに、と随分と華やかだ。朝からメイドや執事たちが、慌ただしく準備の仕上げをしていた。

 本日、参席される人数は五十人程度と聞いている。パーティーとしては小規模だけど、男爵家で開かれるものと考えると、充分とも言える。これ以上の人数となれば、どこか別の場所を借りないといけないし。五十人規模とはいえ、収容できる大広間があるだけ、男爵家のタウンハウスとしては大きいのだ。

 うん、数百人規模のパーティーを開ける別宮がタウンハウスにある公爵家が、規格外だったんだ……。

 常識は育った環境で培われるのだと、しみじみ思う。


「お姉様!」


 主催側の扉の前で待機している私にかけられる可愛らしい声。


「ダニエル、準備は終わったの?」


 振り向いた瞬間、時が止まった。あまりに可憐な天使がいたから。正装姿のダニエルは、神々しく眩しい。ふわふわの赤茶色の髪が、ライトグレーのジャケットと落ち着いた雰囲気の中で華やかさを際立たせる。普段の半ズボンと異なるスラックスが、大人であるかのような、それでもやっぱり子供らしさを伴った雰囲気を作り出していて、魅力倍増だ。

 服に着られているのではない。きちんと着こなしいているのだ。

 これでまだ八歳……末恐ろしい子! 私はこの先も天使の成長を見守り続けていけるかしら……?


「お姉様?」


 おっと、いけない、いけない。凝視したまま無言だったわ。


「ダニエル、とっても素敵よ。見惚れて言葉を失ってしまったわ」


「お姉様もいつも以上に美しいです!」


 まぁ、褒めテクニックもすでに習得しているの? これは、今日のパーティーで変な虫がつかないように見張らないとダメね? 姉としての最重要任務だわ。


「ありがとう、ダニエル。マーヤたちがとても頑張ってくれたお陰よ」


 本当に。技術だけで言えば、公爵家の侍女にも見劣りしないんじゃないかしら。

 十歳というのは、お茶会デビューできる年齢だけど、夜会には本来出席できない。大人に入りかけつつも、まだまだ子供。その危うさをはらむアンバランスな魅力を、レモンイエローを基調にしたドレスを軸に、ふんわりと閉じ込めてくれている。


「あら、ダニエル、眠いの?」


 あくびをこらえるように目をしばたたかせるダニエルの頬に、そっと触れる。


「ううん、大丈夫」


「疲れたらお姉様にすぐ言うのよ?」


 本日のパーティーは子供も参席するとあって、比較的早い夕方に開始する。その分、支度も朝から分刻みのスケジュールだった。パーティーに慣れていないダニエルには負担も大きいことだろう。


「うん」


 素直に頷くダニエルは元気な様子だけど、気にかけておこう。そばに控えるマルクスにも目配せしておく。首肯してくれたので、大丈夫だろう。

 やがて支度を終えたお父様とお母様も現れる。ヴェロニカの記憶を思い出した後に見る二人のドレスアップした姿は、何だか郷愁に駆られる。学生の頃から二人は仲良しだった。もし今も生きていたら、ヴェロニカもカスペルの誕生日パーティーに参席したかしら。王太子妃が男爵家のパーティーに現れたりしたら、かなりのサプライズになりそうよね。

 ありえることのない未来に、小さな笑みを落とした時、扉が開いた。


 大広間は、すでに色とりどりのドレスと洒落た正装で満たされていた。一段高くなった檀上へと進むお父様とお母様の後へと続く。ダニエルのエスコートは緊張のためか少しぎこちない。それさえも愛らしい気持ちになるのだけども。


「本日は、当家のパーティーにお越し頂きありがとうございます」


 ダニエルに見惚れている間に、お父様の挨拶が始まっていた。この辺の挨拶は公爵家も男爵家もそう変わらないわね。誕生日という名目で集まっているけど、結局のところ、そこが主題ではない。つらつらと流れるように語られていく言葉に、軽さを覚えるのは仕方のないことだ。


「今日が皆さまとの更なるえにしとなることを願っております」


 そう、締めの言葉こそが一番伝えたいことだろう。本日は縁戚者に加え、お父様の仕事繋がりの家や、お母様の社交関係の家も多く参席している。建国時から存在するオリアン家だけど、男爵家の基盤が脆いことに変わりはない。パーティーはより盤石な関係を築くために開かれるものなのだ。


 挨拶の後、楽団の演奏が始まり、お父様とお母様が中央に進み出る。ファーストダンスは主催が行い、参席者をもてなす。パートナーとして熟練の域にある二人のダンスは、二人で一人なのだと思えるような、息の合ったものだ。とても安定感があって、それはオリアン家の未来を指し示すもののようだ。

 二人のダンスが終わると、パーティーの本格的な幕開けとなる。ダンスに興じるもの、食事に舌鼓をうつもの、その合間を縫うようにお父様とお母様が挨拶に回る。後継となるダニエルに付き添う形で私もついて回るのだけど、まぁ小さな子供からしたら疲れるだけよね。大人の会話はやたら長い。


「お父様、ダニエルを休ませてもよろしいでしょうか」


 本日の主要な相手への挨拶を終えたところで声をかける。こういう時、ヴェロニカの記憶が役に立つ。ヴェロニカの記憶にすべての人物のデータがあるわけではない。ただ、その人の振る舞いから立ち位置を見抜くことに長けているのだ。


「ああ、そうだね。そろそろ子供たちのお茶会の方へ行くといい」


 お父様も異存はないようで、笑顔で頷いてくれる。

 子供たちのお茶会。そう、誕生日パーティーは、その名目上、パートナー以外の家族を連れて参席する家も多い夜会だ。中にはデビュタント前の子供もいる。その子供たちは、夜会ではなく同時開催されているお茶会に顔を出しているというていを取るわけだ。

 更に後継の男子がいる場合、お茶会デビュー前でも参加が許されているのだから、色々と緩い。家族の祝いの場、という免罪符のもとに。


 子供たちのお茶会は、大広間と繋がる部屋で開催されている。部屋の大きさは少し狭いものの、装飾の類は見劣りしない。お酒がないことを除けば、料理にも手抜かりはない。

 私たちが部屋に入ると、子供たちは会話を止めて、そっと礼儀を示す。


「皆様、お待たせいたしました。今日は父の祝いの席にお越し頂きありがとうございます。この場ではごゆるりと過ごして下さいませ」


 お父様の挨拶はあったけど、一応私からも簡単に挨拶はする。カーテシーをする隣で、ダニエルも胸に右手をあてて礼を取っている。後二年もすれば、こういった挨拶もダニエルがすることになるのでしょうね。

 伏していた視線を上げれば、お茶会が再開する。本会場同様、立食形式なのでみんな思い思いに楽しんでくれている。雰囲気としてはお茶会よりも夜会に近い。将来の予行演習にもなっているのだ。


「ダニエル、少し食事もしましょう?」


「はい、お姉様」


 会話の合間に果実水を飲んではいたけど、食べ物は全く口にしていない。せっかく料理人が腕によりをかけてくれたのだ。きちんと堪能したい。

 食事が盛られたテーブルに辿り着くと、マルクスがサッと寄ってくる。会場内での世話をしてくれるのも執事たちの仕事なのだ。一方、侍女やメイドは会場外で動く完全な裏方になるので、マーヤがいないのが残念ね。


「カロリーナ、やっといらっしゃったのね」


 一息ついていると、軽やかな声が聞こえた。金髪碧眼が映える淡いピンクのドレスをまとった令嬢がいた。


「エステル! 久しぶりね」


 お母様の実家、クロンヘイム子爵家の長女。近しい縁戚者で、同い年でもあるので、会う機会が最も多い令嬢でもある。


「ええ、前回のお茶会以来だから、一ヶ月ぶりかしら」


 ふわりと微笑むエステルの瞳が、私の隣を捉える。


「ダニエルも久しぶりね」


「はい、エステルお姉様、ご無沙汰しております」


 ダニエル、きちんと返事ができて素敵よ。

 でも、そう、エステル、お姉様、ね。私にとって近しい縁戚者なら、当然ダニエルにも近しいのよね。未来の嫁候補として観察する必要がある……?

 姉の直感がピンと強く張りつめた。

※2022/03/07

デビュタント前の子供たちも夜会に参席している理由を加筆しました。

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